約束の日
次の日、ドタバタと騒がしい音に目がさめる。
「あら、もう起きたの?」
重い瞼を上げ、部屋の中を見る。
すると、部屋の至る所に服が広げられていた。
「今日が楽しみってわけじゃないんだけど。自分で着ていく服を選んどこうと思って」
そう言いつつ、弾んだ声は隠せていなかった。
壁に掛かっている時計を確認すると、まだ五時だった。
(リリア、どれだけ楽しみにしていたんですの!?)
「リアはどれがいいと思う?」
(……普通の犬は服なんて選べませんのよ!?)
そう心の中で呟きながらも、部屋中の服を見渡す。
——やはりどれも個性的だった。
私はなるべく似合いそうな服の前に行き、
「わん!」
と言ってみたが、リリアは
「リアはこれがいいの?
……これだと、地味すぎない?」
などと呟いていた。
気がつくと六時を過ぎていた。
毎朝起こしにくる侍女が、部屋の中を見て、絶句していた。
「リリア様!? どうなさったのですか!?」
「どうもしていないわ。たまには自分で服を選んでみようと思っただけ。それと今日の昼は出掛けるから、食事はいらないわ」
「ですが、本日の昼にはマナーの授業が入っています」
「そんなの断っておいて。それよりも、この服を着ていくから支度してちょうだい」
侍女の顔が引きつる。
真っ赤なワンピースに緑のヒラヒラなカーディガンであった。
「……どちらにお出掛けですか?」
「市場よ」
「誠に言いづらいのですが、そちらのお洋服ですと、目立ちすぎてしまいます。もう少し控えめの方がよろしいかと」
そう淡々とリリアにアドバイスする。
「……そう。わかったわ。じゃあ貴方にお任せするわ。よろしく」
侍女の目がこれでもかというほど見開く。
私がここに来てから数週間経つが、このようにやわらかく話すリリアは見たことがなかった。
「どうしたの?」
「失礼いたしました。では、支度させていただきます」
侍女はすぐにいつも通りテキパキと支度をはじめていった。
「ふーん。いいじゃない」
《私の選んだものと何でこんなに違うの!? さっきよりも、はるかに可愛く見えるわ!》
「ありがとうございます」
落ち着いたデザインの白のワンピースに、ゆるふわな編み下ろし。
(リリア、可愛いですわ!)
鏡越しににやけるリリアの顔が見える。
私はベッドから飛び降り、侍女の足元に近づいていった。
侍女のスカートの裾に体をグリグリ擦り付ける。
そして、潤んだ瞳で見つめてみた。
すると、侍女は驚いた様子だったが、そっと撫でてくれた。
十一時五十分。
約束の広場に到着する。
お昼時だからか、噴水の周りでご飯を食べている人がちらほら見える。
「ふん、これで一勝ですわ」
リリアは近くのベンチに腰掛けた。
しかし、十二時になってもレオは現れなかった。
「怖気付いたのかしら?」
そう言いつつも、リリアの視線は辺りを彷徨っている。
それから一時間経っても、一向に姿が見えない。
コツコツ。
人が近づいてくるたびリリアは期待のこもった顔を上げるが、レオでないとわかるとまた下を向く。
その繰り返しだった。
気がつくと、噴水の周りに人がいなくなっていた。
辺りも赤く色づき始めていた。
「くぅーん。わん!」
(リリア、落ち込まないでくださいまし。きっと何か用事が入ったのですわ。それかもしかしたら、またあの暴漢に……)
リリアは、
「別に待っていませんの。ただ噴水をながめているだけですわ」
と小さく呟いた。
その横顔から、何を考えているのかはわからなかった。
「リリア様、そろそろ」
護衛騎士がそう声をかける。
ようやくリリアはベンチから立ち上がった。
馬車の中、リリアは窓の外をずっと見ていた。
私はリリアの向かいの席に座っていたが、いつの間にか寝てしまっていた。
屋敷へ戻ると、朝の支度をしてくれた侍女が
「お帰りなさいませ」
と言った。
しかし、リリアのあまりに暗い顔に、それ以上は詮索してこなかった。
ご飯を食べている間も、お風呂に入っている時も、いつもなら私を可愛がってくれるのに、どこか上の空だった。
そうこうしているうちに、就寝時間になっていた。
リリアは先にベッドに入っている。
急いで潜り込む。
隣を見ると、声を押し殺してリリアが泣いていた。
私は慌てて頬に伝っている涙を拭う。
「うう……。私との約束など、社交辞令だったのよ。それを真に受けて、バカみたい」
(そんなことありませんわ! 完全にレオが悪いですわ!)
「わん! わん、わん!」
「慰めてくれてるの? ……ありがとう。
レオは私と話していても、ビクビクしたり、バカにしてきたりしてこなかった。いつもはそれでも平気だと思ってたんだけど、本当は誰かと気軽に話したり、悩みを相談したりしたかったみたい。今更気づくなんて馬鹿みたい」
リリアは、途切れ途切れに思いを吐露する。
(今からだって遅くないですわ! だって私がいますもの)
「わん!」
私はリリアをまっすぐ見つめた。
「ふふっ、そうだった。リアがいるものね」
リリアは涙が伝う頬を持ち上げ、ふわっと笑った。
「本当は分かっているのよ、この話し方がいけないって」
涙を拭きながら、リリアは自分に言い聞かせるように呟いている。
乾ききっていないリリアの目は、天井を見つめていた。
それからは空が明るくなるまで、リリアは私をひたすらスリスリしていた。
翌日。
リリアのパンパンに腫れ上がった目を見ても、侍女は何も言わなかった。
洗面器を黙々と用意している。
リリアはその様子を目で追っていた。
そして、小さく息を吸う。
侍女がリリアの方を振り返る。
その瞬間、リリアは勢いよく頭を下げた。
「ミリー、今までごめんなさい。あなたには、いつも辛くあたってしまってて。でも、よくないって気がついたの。自分がやられたら嫌だって。これからは気をつけるから」
ミリーは一瞬驚いた表情をしたが、すぐにいつもの無表情に戻る。
「いいえ、リリア様はなんだかんだ暴力などは振るいませんし、慣れれば優しかったですよ」
「や、優しい!? そんなはずないわ」
リリアは信じられないという表情だった。
侍女はそれを見て言った。
「ふふっ、そういうところです」
それからリリアは、屋敷の使用人一人一人に頭を下げに回った。
謝罪に対する使用人の態度はまちまちだった。
リリアに頭を下げられ、動揺する人、信じていない人、今更謝られたところでと怒りを感じている人……。
最初の三日くらいはみんな様子をうかがっていたが、リリアの本心が感じられる行動に、ピリピリしていた屋敷の雰囲気が和やかになっていった。
「そういえば、ミリーは皆私の専属を辞めていく中、なんで三年も働いてくれてたの?」
ミリーが用意してくれた紅茶を飲みながら、リリアは尋ねる。
「それは、リリア様がお優しい方だからですよ」
そう言って、ポケットから何かを取り出す。
赤いガーベラの押し花が入った栞だった。
「私はあの日のお嬢様の優しさに救われたのですよ。そこから何があっても、お嬢様についていくと決めていたのです」
いつも無表情のミリーだが、栞を見つめる視線は、陽だまりのようだった。
「そんな昔のことを覚えているなんて! なんでまだ持ってるのよ!! 早く捨ててちょうだい」
リリアの耳が真っ赤に染まっていた。
それを見たミリーの口元は、小さく笑って見えた。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます!
今回は、リリアにとって少し切ないお話でした。
レオとの約束を楽しみにしていたリリアですが、待っている間の様子を見ると、本人が思っている以上に楽しみにしていたのかもしれません。
そして、リアの存在がリリアにとって少しずつ大きなものになっているようです。
次回は9月15日21:30に更新予定です。
また読んでいただけると嬉しいです!




