届かない言葉
「これは高熱ですね」
先ほど部屋を飛び出したミリーは一人の男を連れてきた。
白衣を羽織り、分厚いメガネをかけた優しそうな表情の医者だった。
男の手には、重そうな茶色の革のバッグが握られている。
ツンとした薬剤のような香りが鼻先を掠める。
医者はベッドに近づき、リリアの脈を確認し始めた。
そして、バッグから次々と銀色の道具を取り出して、リリアに当てていく。
私は診察の様子が気になり、医者の方にトコトコ歩いていった。
その様子に気がついた医者は、リリアの診察の手はとめずに、
「ステイ!」
と強めの声で告げた。
(この私に向かってステイ!? 今まで言われたことありませんわ!!)
心の中で毒づく。
しかしどこか緊迫したその声に、おとなしく従うことにした。
「この状態になったのは、いつからです?」
「今朝の朝食に行かれるまでは普通でした。しかし、授業のためにお声がけしようとした際に、高熱があると気づきまして」
「じゃあ、急に症状があらわれたと」
(違いますわ!! リリアは両親との食事会の後、いつもより笑顔に疲れが滲んでいましたわ!)
「わん!! わん!」
私は異変を伝えようとした。
「静かに!!」
医者は私を一瞥する。
吠えるなという圧に、私は粛々とお座りをした。
(べ、別にビビってなどいませんわ。今まで、誰にも言われたことがなくて、驚いただけですわ)
ふとミリーを見ると、ひたすらリリアに目を向けていた。
その瞳は、暗くかげっていた。
(ミリー……。 自分が一番近くにいたのに、症状に気づけなかったと思っているんですわね)
私は体を起こし、そっとミリーの足元に近づく。
そして、ミリーの足にぴったりと寄り添うように丸まって座った。
(きっと大丈夫ですわ)
それまで強張っていた顔が、私の温もりを感じたのか、少し柔らかくなった。
医者は診察を終え、何かを考えていたが、ようやく重い口を開いた。
「現段階では、魔法の無茶な使用と多大なストレスが重なって高熱になったと判断できます」
「そんなことありません! お嬢様は、まだ八歳ですよ! 十歳までは魔法は使えないと先生もご存知でしょう!?」
ミリーの目は驚きに染まっていた。
「しかし、実際に無理矢理魔法を使用した痕跡が残っていますね。暴走して身体が破裂しなかったのが幸いでしょうか。
それで、いつ魔法を使ったかによって処方する薬の効果が異なるのですが、間違った薬だと余計に悪化する可能性がありましてね……」
(魔法は使用してはいけない)
私は一瞬何を言われているのか、わからなかった。
(でも、あの時、普通に使っていましたわ)
私は記憶の糸を必死に手繰り寄せる。
(そういえば撫でてくれた時、いつもより手が熱かったですわ。炎の魔法を使ったからだと思っていたので気にしていませんでしたけど。それに、走って駆けつけてくれたにしては、呼吸も荒すぎたような)
頭の中のピースがカチッとはまった気がした。
(リリアは、確かに魔法を使っていましたわ!!)
私はどうにかして、ミリー達に状況を伝えようと、机に飛び乗り、乗っていたペンを口に咥える。
机の上に散乱していた紙に炎の絵を描こうとした。
視線が低くて全体像が見えず、なかなか上手く書けない。
放心状態だったミリーだったが、私の突飛な行動に、瞳に光が灯る。
焦ったように私に近づき、咥えていたペンを取ろうとした。
私は必死に抵抗する。
「これは、お嬢様の大切な課題では! リア、何やってるの!?」
ミリーは上擦った声を上げる。
ついに、ひったくられるようにペンが回収された。
「こんなにぐちゃぐちゃにして……。今はそれどころじゃないんだから、大人しくしていなさい」
ミリーは私に、見たことのないような温度のない視線を向けた。
(でも、リリアは、私のために無茶をしたんですわ!!)
「わん!! わん!!」
私は気づいて欲しくて必死に紙に向かって吠える。
しかし、もうミリーが紙を見ることはなかった。
(このままでは、リリアが死んじゃいますわ)
私の言葉が伝わらない。
今まで助けてくれたのに。
私のために体を張ってくれたのに。
助けることができない。
(なんでこんな体なんですの)
今まで助けてくれたたくさんの恩を返したいのに、それさえも許されない。
目が熱くなってくる。
時計のチクタクという音が、やけにゆっくりと響き渡っていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
今回は、リリアが高熱を出してしまいました。
そして、レイラはその原因に気づくことができたものの、伝えることができません。
助けてもらった恩を返したいのに、言葉が届かない。
レイラにとって、とても苦しい場面だったと思います。
次回は9月22日21時30分に更新予定です!
ぜひ読んでいただけたら嬉しいです。




