初ミッション、始動!
「わんっ。わん、わん」
(さっきから、犬の鳴き声がうるさいですわね)
目を開けると、嬉しそうに尻尾を振っている犬がいた。
(ここはどこなのかしら?)
「わん、わんわん?」
(っ、ん?)
なぜか思うように口が動かない。
それどころか、ヘッ、ヘッと息をする音が自分から聞こえてくる。
まっ、まさか……?
辺りを見渡すと、銀色の鉄格子に囲まれていた。
急いで近くに置いてあった水入れを覗き込む。
……そこには、白くてふわふわな犬が映っていた。
(犬に転生してるー!?)
「わぉーん!?」
——数時間前。
「初めての任務だろうから、なるべく丁寧に説明するよ。これから君には、剣と魔法の王国、アウェールにいってもらう」
「アウェール? 聞き覚えがありますわ」
「そうかもしれないね。君の世界では、そこを舞台にした小説が流行っていたみたいだから」
「っ、まさか! その小説は、『あの星に誓って』ではありませんこと?」
「確かそんな名前だった気がするよ」
(『あの星に誓って』
幼い頃、療養のためにヒロインの故郷を訪れた王子が、身分を隠しながらヒロインと一夏を過ごし愛を育んでいく。その後成長した2人が再会し、様々な困難に立ち向かうストーリーだったはずですわ)
「よく知ってるね! じゃあどういう世界か説明しなくても大丈夫そうだ」
「私、何も言ってませんわよ?」
「ごほん。
今回君にサポートしてもらいたい人物は、その小説に登場しているリリア・サルテール。世界の歪みが原因で、彼女の中に異世界人が入り込んでしまったんだ」
「リリア・サルテール!? とんでもない悪女として有名ではありませんか! 侍女達がよく噂していましたわ」
(……生前の君がモデルと聞いたことがあるけどね)
神様はなぜか生暖かい目を向けてきた。
「君の仕事は、彼女が入り込むまでの間、周囲に味方を増やすこと。そして入り込んだ後は、彼女が幸せに暮らせるよう、どんな方法でもいいからサポートすること。
簡単だろう? それじゃ、応援してるよ」
「待ってくだ……」
言い終わる前に意識を失い、気がつくとここに飛ばされていた。
(犬がどうやって、キューピットするんですの!? あのポンコツ神ー!!)
「わんわんわん!? わうーん!!」
(どうしましょう。このままでは任務失敗、地獄行き!ですわ……)
周りには自分と同じように檻の中に入れられた犬がたくさんいる。
檻の柵は太く、脱走するのは難しそうだった。
(落ち着くのよ、レイラ。話をよく思い出してみませんと。
……犬なんて登場していたかしら?)
悪女、リリア・サルテール。
彼女の幼少期はわがまま放題だった。
デビュタントの日に王子に一目惚れし、両親に頼み込んで婚約者の座を手に入れる。
しかし心までは手に入れられず、王子の想い人だったヒロインを虐め抜く……。
(ちょっと待ってくださいまし。
確かヒロインを虐めるために、リリアはヒロインが可愛がっていた犬を殺していたような…。白くてふわふわな毛並みと書いてあった気がしますの。一度でいいから、会ってみたいとよく思っていましたわ。
っ、まさか……)
嫌な予感が脳裏を横切る。
(まずいですわ! このままでは何もできず、殺されますわ。なんとかして、それまでにリリアに会いませんと……)
ちょうどその時、部屋のドアが開き、ガタイの良い男と可愛らしい女の子が入ってくる。
暗くてよく見えないが、女の子は嬉しそうにあちこちの檻を覗き込んでいる。
(これは、逃げ出すチャンスですわ)
私はその子が来るのをじっと待った。
ついに檻の外に人の気配を感じた。
「わぁ!」
(輝くような金色の髪に、エメラルドグリーンの瞳、目の下のホクロ……。
ヒロインですわ! 今日が拾われる日でしたのね。良かった、きっとこれで脱出できますわ)
しかし、ヒロインは一瞥しただけで、そのまま通り過ぎようとしていた。
(っ、なぜですの!? この中で、モチモチフワフワボディの私が1番可愛いはず!
——でも、ここで選ばれなかったら任務失敗待ったなしですわ。くっ、ここはとっておきの……)
「くぅーん。」
上目遣いでアピールする。
ヒロインはやはりちらっと見ただけで、次の檻に行こうとしている。
(待ちなさいよ!
——っ、仕方ありませんわ)
「わん!」
お腹をゴロンと向ける。
(ふふん。これで一撃ですわ!)
「えっ、可愛い!! おじさん、この子触ってみたい!」
(なんですって!? 私はそんな気軽に触れられるわけには……)
しかしここで失敗すれば、地獄行き。
私はおとなしく触られるしかなかった。
「おじさん。私この子に決めたわ!」
散々撫で回され、自尊心はもう粉々だった。
それでも、脱出する足掛かりはなんとか掴めた。
リードをつけられ、外に出る。
(この私が、四つん這いで外を歩く日がくるなんて……)
もう何も考えないようにしよう。
(それよりも、このままでは一生悪女に出会えませんわ……)
ヒロインはお忍びだったのだろう。
1人の侍女しか連れていなかった。
しばらく街の中を歩いていると、おいしそうな串焼きが売っているのが見えた。
「美味しそう……」
ヒロインのリードを持つ手が僅かに緩む。
(今ですわ!)
私は全速力で走り出す。
リードがヒロインの手から外れ、ポトっと地面に落ちた。
「わんちゃん? 待ってーーー!」
(私はわんちゃんではなく、レイラですわーー!)
「誰かその子を捕まえてください!」
侍女が必死な顔で追いかけてくる。
街ゆく人々も状況を理解し、捕まえようと手を伸ばしてくる。
しかし、私も捕まるわけにはいかない。
薄暗い裏路地に飛び込み、走って、走って、走り抜けた。
(はぁ、はぁ。
ようやく巻くことができましたわ)
捕まらない事に安堵した私は、自分が大通りの真ん中にいつの間にか飛び出していたことに気づかなかった。
ふっ、と頭上が暗くなる。
「危ない!」
キキーーッ!
けたたましいブレーキ音が耳元で響く。
ボキッ!
強い衝撃が身体中に走る。
全身の骨が砕け散ったようだった。
気づくと体が宙に投げ出されていた。
(また、です……の)
そこで意識が途切れた。
ツンツン。
(……誰ですの?)
ツン、ツン。
「っ、しつこいですわ!」
小突いてくる指を振り払おうとする。
「……私喋れていますわ!」
思い通りに口を動かせていることに気づき、慌てて飛び起きる。
ゴンッ!
「痛いですわ!」
「痛っ!」
声の主を辿ってみる。
すると私を覗き込んでいたのだろう、おでこを抑えながら悶えている男がいた。
「ちょっと、なんで犬に転生しているんですの!?」
見覚えのあるシルエットに思わず胸ぐらを掴み、ガンガン揺らした。
「ゲホッ、ゲホッ。苦しい……。
ちょっと離して」
あまりに辛そうな顔だったため、大人しく手を離した。
「……君、ちょっと石頭すぎない?」
「そんな事ありませんわ。言われたことありませんもの」
ジトっとした視線を感じる。
「それよりも、転生先が犬だなんて聞いていませんわ!」
「そうだったっけ? でも僕、転生先が人間だなんて一言も言ってないよ?」
「それは……。
っでも、犬では何もできませんわ!」
「そんなことないさ。君は現にヒロインに会っているじゃないか。必死に媚を売って。ククッ、君そんなことできたんだね」
「馬鹿にしていますの?
はっ!丸め込まれるところでしたわ。ところで、ここにいるということは、私また死にましたの?」
(チッ。めんどくさいなぁ)
しかしそんな素振りは一切見せず、神様は貼り付けたような表情を浮かべる。
「いいや、まだ死んでいない。だけど死にかけているから、ここに来れたんだろうね」
「まっまっまさか、もう地獄行きとはいいませんわよね?」
「大丈夫、君にしては上出来だ。いい馬車に轢かれたからね」
「いい馬車……?でも、これからどうしたらいいかわからないですわ」
「まぁ、僕も流石に君を犬に転生させて、心が痛んでいたんだ。だから少しだけ、僕の力を分けてあげよう。特別だよ? あー、僕はなんて優しいんだ」
「助かりますわ
……ではなくて!」
「あっ、もう時間切れだ。今度こそ、頑張ってね」
胡散臭い笑顔が花畑で1番輝いて見えた。
段々意識が薄れていく。
(あのポンコツ神、次に会ったらボコボコにして差し上げますわーーー!)




