新たな出会い?
「ここはどこ?」
気がつくと、目の前には見たことのない景色が広がっていた。
体を起こしてみると、花の海がどこまでも続いている。
「私、死んだはずじゃ」
ハッと思い、お腹を見る。
——穴がなかった。
「良かった……」
私は深く息を吸った。
花のいい香りが、強張った体を少しだけほぐしてくれた。
「そう、あれは夢だったのですわ! ここにいても何もないし、とりあえず歩いてみましょ」
私の体はまだ震えていたが、気付かないふりをして立ち上がる。
遥か遠くに大きな木がそびえ立っているのが見えたので、目指してみることにした。
それからどれくらい経ったのだろう。
歩いても歩いても、辿り着かない。
しかし、不思議とお腹が空いたり、疲れたりすることはなかった。
(もう少し歩いてみましょう。それにしても、長い夢ですわ)
周りには誰もいない。
ただ、優しく太陽に照らされてキラキラと光を放つ色とりどりの花が、ゆらゆらと揺れているだけだった。
「もうーー! なんなんですの!?」
目覚める気配のない夢の世界に、さすがに飽き飽きしてきた。
私は一度立ち止まり、これまで考えないようにしていた記憶を思い起こした。
(あの男、私が死ぬほど恨まれてると言っていましたわ。
……まさか。
私には恨まれるような理由などありませんもの。きっと何かの間違いだったのでしょう。なにせ、夢ですもの)
「君って、本当に自分のことしか考えてないんだね」
「……え?」
いつの間にか目指していた木の下に移動していた。
目の前には、呆れ顔の男が立っている。
その顔は彫刻のように整っていた。
「誰ですの!? 私の夢に入り込んでくるなんて」
男は豆鉄砲をくらったような顔をしていたが、次の瞬間、ぷっ、と吹き出した。
「君、ここが夢の中だと思っていたんだ。ここまでとは」
「なんなんですの? 失礼ですわ」
馬鹿にされていると感じ、思わず睨みつける。
しかしそんな視線など痛くも痒くもないのか、男は腹を抱えてひとしきり笑っていた。
「ここはね、生と死の間の世界、審判の間だよ。
君には自分の罪と向き合ってもらおうと思って放っておいたんだけど、まさか考え始めるのにこんなにかかるとは思わなかったよ」
どこか弾んだ声だった。
「嘘ですわ! だって私はまだ生きていますもの」
動揺している私に、スッと冷たい表情に戻った男は淡々と告げる。
「嘘じゃない。君もあの剣の感覚、おぼえているだろう?」
「それは……」
そう男に言われると、あの生々しい感覚が蘇ってくる。
ツンとした鉄の錆びたような香り、生暖かい血、そして無機質な刃の冷たさ……。
「……私、死にましたの?」
改めて口に出すと、ゾッとした。
「ようやく現状を理解できたようだね」
男は満足げな表情を浮かべていた。
「僕は君の世界で神と呼ばれている存在さ。実は君にぴったりの仕事があって、この審判の間に呼んだんだ。
もちろん断ってもらっても構わない」
(私にぴったりの仕事ですって?
……怪しいですわ)
「一応、聞いて差し上げますわ」
神様はクスッと笑った。
「簡単なことさ。キューピットになってほしい」
「……キューピット?」
私は思わず繰り返した。
「実を言うと、僕は君のいた世界の他に、いくつもの世界を管理しているんだ。でも最近は神同士の争いが多くて、人手が足りなくてね。管理する世界がどんどん増えて、手に負えなくなってきているんだ」
「なるほど、わかりましたわ! 神同士のキューピットをご所望なのでしょう?」
「どうしてそうなるんだい?」
「あら、違いましたの?」
神様は信じられない生き物を見るような目をしていた。
「んんっ。気を取り直して。
これだけでも頭が痛いのに、目を離した隙に世界同士が勝手に繋がってしまい、異なる世界に飛ばされてしまった人が出てきてね。一方通行だから、元の世界に戻ることはできなくて。僕は今、その境目を修復しなくてはいけないんだ。
——そこで君の出番! 君には、彼らが世界に馴染むための手助けをしてもらいたい」
「……なぜ私ですの?」
「本来なら君は神に認められた聖女を殺害しようとした罪で、永遠に地獄に閉じ込められる予定だったんだ。
しかし、君はこちらの不手際で、愛という感情が抜け落ちたまま生まれてしまっていた。だからやり直す機会を与えることにしたんだ。
ところで君はなぜ王子の婚約者という立場に執着していたんだい?」
「それは……」
(確かに、なぜ婚約者になりたかったのかしら)
考え込む私に、神様は意味ありげな視線を向けていた。
「君は罪を清算でき、私は君に愛を授けることができる。一石二鳥だと思わないかい?」
「こうなったのは神様のせいかもしれませんのに?」
私はかろうじてツッコむ。
「ははっ。それはすまない。だから機会を与えているだろう?」
(ああ……。なんだかこんがらがってきましたわ。もう、キャパ越えですわ)
受け入れるしか地獄行きを回避できないと悟った私は、
「わかりましたわ! やってやりますわよ」
そう大きく宣言した。
その様子を見て、神様は密かにふぅ、と小さく息を吐き出していた。
(ちょろくて助かった……。愛を与え忘れることは、本当は重罪なんだけどね。神は直接人間界に干渉できないから、ちょうどよかった。彼女にならバレないしね)
「それじゃあ、交渉成立だね。
これから頼りにしてるよ」
神様と固い握手を交わす。
どっと力が抜けた。
ふと周りを見渡すと、大木の周りにフヨフヨと小さな光が漂っていることに気がつく。
風に吹かれ、葉はサワサワと音を立てていた。
こうして、無事(?)神様との不思議な関係が始まった。




