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「役立たずの聖女」と婚約破棄された私、辺境では一日で五百人を救ってしまいました  作者: カルラ


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第1話 式典の日、光の中で

その日の空は、恐ろしいほど青かった。

雲ひとつない晴天が、王立学院の白い石壁を眩しく照らしている。

卒業式典。

広間いっぱいに並んだ貴族の子弟たちは、どこか浮き足立っていた。

私、エレノア・セレスティア侯爵令嬢は、その端に静かに立っていた。

隣には、婚約者であるアルノルト王太子殿下。

背が高く、整った顔立ち。

誰が見ても、絵になる人だ。

ただ——今日の彼の視線は、ずっと違う方向を向いている。

式典が進む中、壇上に呼ばれた一人の少女がいた。

リリア。

平民出身の聖女候補。

金の髪をくるりとウェーブさせ、桃色のドレスをひらめかせて歩く姿は、まるで舞台の主役のようだ。

 

「聖なる光よ——!」

 

彼女が両手を掲げた瞬間、白と金の光が大広間を満たした。

眩しい。

本当に眩しくて、あちこちから歓声があがった。

子供のように目を輝かせる老侯爵。

いつも無表情な宰相夫人までが、扇をぱちんと閉じて拍手している。

光は花びらの形に散り、ゆっくりと天井へ昇っていった。

美しかった。

素直にそう思う。

ただ——あの光に、浄化の力はない。

そんなことを考えていると、隣のアルノルトが一歩前へ出た。

彼の声が、広間いっぱいに響いた。

 

「エレノア!」

 

名前を呼ばれた。

思ったより、大きな声だった。

 

「余はここに宣言する。お前との婚約を、破棄する!」

 

広間が静まり返った。

一瞬だけ。

それからざわめきが、波のように広がっていった。

私は特に驚かなかった。

いつかこうなると、どこかで思っていたのかもしれない。

 

「次代の聖女はリリアだ!」

 

アルノルトがリリアに向かって手を伸ばした。

彼女が嬉しそうに微笑んで、その手を取る。

また光が散った。

まるで演出のように。

拍手が起きた。

割れんばかりの拍手だった。

私はただ、その場に立っていた。

何か言い返すべきだったのかもしれない。

でも何も思いつかなかった。

思いつく必要も、感じなかった。

三年間、私は誠実に聖女の務めを果たしてきた。

水を浄化し、病を癒し、土地の瘴気を静かに取り除いてきた。

派手な光は使えない。

そういう能力ではないから。

でも——それが地味に見えるのなら、私にはどうしようもない話だ。

人々が求めるのは、輝く奇跡。

静かな恵みではない。

そう悟っていたから、涙は出なかった。

ただ少し、疲れた気持ちになっただけだ。

 

翌日、王家から通達が届いた。

辺境修道院への赴任命令。

正式な文書には「祈りの奉仕のため」と書いてある。

でも意味はわかる。

静かに消えろということだ。

父は言葉少なだった。

母は泣いた。

 

「エレノア……っ、あんな男のどこが……!」

 

「お母様、大丈夫ですよ」

 

私は微笑んで、荷物をまとめ始めた。

辺境。

北の果て。

誰も望んで行く場所ではない。

でも——土地が荒れているということは、浄化を必要としている人がいるということでもある。

むしろ、やりがいがあるかもしれない。

そんなことを思いながら、私は王都を後にした。

馬車が揺れるたびに、大広間の光景が頭に浮かんだ。

リリアの光。

アルノルトの宣言。

貴族たちの拍手。

どれも、もう遠いことのように感じた。

辺境への道は、想像以上に長かった。

三日かけて王都を抜け、さらに四日、森と山と荒れた野原を越える。

御者の男性は無口で、同行した侍女のマーサだけが時折話しかけてきた。

 

「お嬢様……本当によろしかったのですか」

 

「何が?」

 

「婚約のこと……王太子様に何もおっしゃらなかったのは」

 

窓の外を流れていく荒野を見ながら、少し考えた。

 

「言うことが、思いつかなかったの」

 

マーサがため息をついた。

 

「私なら言い返してやります! あんな失礼な——!」

 

「リリアが選ばれたことは、間違いじゃないと思う」

 

「……え?」

 

「民衆は光を求めている。リリアはそれを持っている」

 

ただし、それが長続きするかどうかは、また別の話だけれど。

そう心の中で付け加えながら、私は窓を閉じた。

馬車の外、野原は次第に荒涼としてきた。

草の色が薄い。

土が白っぽく乾いている。

所々に黒ずんだ染みのような場所がある。

瘴気だ。

土地の深いところまで、汚染が進んでいる証拠だ。

見れば見るほど、状況は深刻に見えた。

七日目の夕暮れ、ようやく修道院の影が見えてきた。

石造りの建物が、夕陽を受けて赤く染まっている。

遠目には絵になる風景だが——近づくほど、壁のひびや崩れた箇所が目立ってきた。

門の前で馬車が止まった。

出迎えに来た修道女が、おそらく院長と思われる年配の女性だった。

白髪をきつく結い上げ、疲れた目をしている。

 

「……エレノア・セレスティア様、でしょうか」

 

「はい。お世話になります」

 

彼女の表情が、少し複雑に動いた。

王都から送り込まれた厄介者。

そう思っているのが、伝わってくる。

責める気にはなれない。

事実そういう経緯だから。

 

「粗末な場所でご不便をおかけしますが……」

 

「いいえ、構いません。すぐに働きます」

 

院長が目を丸くした。

働きます、という言葉は想定外だったのかもしれない。

私は馬車から荷物を降ろしながら、改めて修道院を見回した。

ひどかった。

想像以上にひどかった。

庭の井戸は縁が汚れ、周囲に濁った水が溜まっている。

敷地の隅に子供たちが群れているが、顔色が悪い。

咳をしている子も、数人いた。

畑と思われる区画には、枯れかけた野菜がまばらに生えているだけだ。

修道女たちの顔にも、疲弊の色が濃い。

 

「孤児は今、何人いますか?」

 

院長が少し驚いた顔をした。

 

「……三十七人です。病で伏せっている子も、七人ほど」

 

「わかりました。まず井戸から見てもいいですか」

 

「井戸、ですか?」

 

「水が汚れていると、病が広がります。根元から直した方が早い」

 

院長は少しの間、私を見つめていた。

それから、静かに頷いた。

井戸の前にしゃがむ。

目を閉じる。

意識を水に向ける。

地下から湧き上がる水の流れを感じると、そこに混じった濁りが見える。

瘴気と、汚物と、長年の澱。

ゆっくりと、それを解いていく。

光は出ない。

音もない。

ただ、手のひらに静かな温もりが広がった。

しばらくして、目を開けた。

井戸の水が、透き通っていた。

 

「……あ」

 

隣で見ていたマーサが、小さな声をあげた。

院長も、息をのんでいる。

 

「これくらい普通です。明日は畑を見ます」

 

私はそう言って立ち上がった。

夕暮れが、修道院の庭を橙色に染めていた。

子供たちがこちらを見ている。

病気の子の咳が、風に乗って聞こえてきた。

明日は忙しくなりそうだ。

そう思いながら、私は夕食の支度を手伝うために厨房へ向かった。








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