第8話 約束と追憶
真っ直ぐ北上した先にあるサワコフ村に心待ちにし、楽しそうにスキップしながら言うマリナをドロガは笑った。しかしその笑顔の反面、ドロガは自分の寿命が残り1年半程であることを悟っていた。
一行は勇者クラウンの道標を辿るためネペロの北に東西に長く伸びるフロンティア境界を超えようとしていた。
「圧巻だな。」
古来、コメンサール公国とラテオ王国は冷戦状態だった。度々戦争を初めては静かになるのを繰り返し、最終的に国境にコメンサール公国がフロンティア境界を築き上げたのだ。
石造りで築き上げられたそれは、巨大な城と化しており数キロ感覚で立つ門は塔のように縦に伸び、やぐらの意味も成していた。
そして現在、親交を結んだ現在でも国境を超える玄関口として残されている。
「観光客もいるのか。」
「だってすごいもんここ!めっちゃ感動!」
興奮するマリナにドロガはピザを食べようと言ったが、即却下された。
「はーい。買ってきたよ。」
「ナニコレ」
「肉巻きおにぎり!ネペロの名物だよ!」
黙って怪訝そうに見るドロガにマリナは無理やり口の中に押し込んだ。
「フゴッゴッホ…」
むせかえったドロガをみてマリナは爆笑した。睨んだドロガは一瞬で睨んだ目をまん丸にした。
「おいしい…!」
「でしょー」
優越感を感じたマリナは、もっと食べていいよと買ってきた三つをひとつ自分に残し2つはドロガにあげた。そしてふと気になっていたことを口にした。
「なんかさ、気になってたんだけど、ドロガって何歳?」
「16だけど。」
「えー!まじ!タメじゃん!」
「お、まじ?」
「え、じゃあアルタンは?」
「しらねぇ。」
「えー?!あんな、仲良さげだったのに!?」
「てか、まず、年齢とか聞かねぇだろ!」
「いや、ふつー聞くでしょ!趣味の話とかしないわけ?」
そして肉巻きおにぎりを食べながらマリナは吐き捨てるように言った。
「まぁ、ジェネギャないからいいけど…」
腹ごしらえをしたふたりはフロンティア境界を越えた。
フロンティア境界からサワコフ村へは5週間もかかる道のりだった。度々に集落があることを望みに歩き出した。
「おお!」
2人の目には開けた海が飛び込んできた。
「でもなんでだ?内陸に進んだはずなんだけど…」
そういうドロガの声を聞かずマリナは海に向かって飛び込んだ。その時だった。マリナは壁にぶち当たって軽く跳ねた。
「痛ァァァァ」
その声を聞いたドロガはマリナの元へ走って行った。そしてその海を見て言った。
「絵?…絵だ、これ!」
マリナがえー?と見直したらその海は板に書かれた絵だった。
「上手いでしょ。」
急にオレンジ髪の女が話しかけてきたが、精巧な絵を見て2人は頷くしか無かった。
「ここ300メートルくらい描いてるんだ。まだ途中だけどな。」
「ほんとだ!向こうが途切れてる!」
「私はエルアルテ。エルフだよ。」
エルアルテはフードを外しふにゃふにゃと大きく尖った耳を引っ張って見せた。
「おれはアリス以来初めてだよ」
「エルフに会ったことあるんだ。」
そう興味の無さそうにマリナは言った。そしてエルアルテは続けた
「いやぁ、エルフの生き残りがいるとは。みんな駆逐されたと思ってたよ」
「いや、あいつのことだから多分もう死んでんじゃねぇかな」
「馬鹿なこと言わないでくれ!」
エルアルテは食い気味に言った。そしてエルアルテの家にて夜を過ごすのだった。
「エルアルテってここで何をしてるの?」
「芸術家だよ。」
真剣な顔でエルアルテは話し始めた
「ここら辺は家々が離れてるが一端の集落なんだ。この集落は内陸過ぎて、海を見ず死ぬ人間が殆どなんだ。」
「だから唯一海を見た私がこの海の絵を立てた。そして劣化していく絵を修復しつつ約200年」
「200年!!??」
ドロガとマリナは飛び上がった。
「そんなに…なんで…!?」
するとエルアルテは話し始めた
「最初は名前のある村だったんだ。ある魔族が統治してた。しかも、菜食主義者のね。」
ドロガとマリナは菜食主義者の魔族という言葉に唖然としていた。
「とてもいい人だったよ。人にも動物にも優しかった…たまに畑を荒らしてたけどね。」
ドロガとマリナは静かに、その話を聞いた。
「でも、60年くらい前かな。ある冒険者パーティに殺された…そのパーティが後の魔王討伐しその身を終われた勇者達のパーティだったんだ…」
「勇者クラウン…」
勇者クラウンに憧れていたドロガには少し考えさせられるものがあった。
「それからしばらくずっと地獄だった。ここら一帯のほとんどは、放たれた魔物に荒らされ、地図から消された。そして今まで近くの山で狩猟採集して生きてきたんだ。」
凄惨な場面を想像したマリナは涙目になっていた。しかしドロガは「ほとんど」という言葉が引っかかった。
「ほとんど?」
「あぁ、残りは半魔族にやられたんだ。」
「半魔族って?」
「後天的に魔族になった人間だよ。」
あまりの驚愕に言葉を失った。
「半魔族は人間である記憶はあれど思考、動き、想像は全て魔族細胞に飲まれる。ここの人間は半魔族にされ自らの村を破壊の限りに壊した。そしてここは地図から消された集落になったんだ」
涙目のマリナに対しドロガは冷静に聞いていた。
「人間を半魔族にするってどうやったんだ?」
「分からない。ただ気づいた時には半魔族になっていたんだ。あいら…いや、あれは魔族よりも手強いよ。あったらわかる。普通の目をしていないからね。」
ふたりは集落でエルアルテが経営している唯一の宿屋に泊まることになった。しかしそれはふたりを恐怖の底に落とすことを知らない。
翌朝、備え付けの欠けたカップでコーヒーを飲んでいた。
「まずいな。アルタンのやつ、こんなん飲んでたんだな。」
そしてマリナも起きた。
「あーーー頭いてぇ……死にてぇ………」
そういうドロガは、それいつもやってんなと、笑った。
「そういえばさ、ドロガはなんで、あーしなんかを連れて行ってくれたの?あーしなんか白魔術もろくに使えないし勧誘街で陥れようとしたり。…くずだし。」
「やめろよ」
真剣にドロガは話し始めた。
「おれの仲間にそんなこと言うな。そんなこと言うやつは、おれがぶっ飛ばす!それが仮におまえでもな。」
そういうドロガにマリナは、そっかと笑った。
そして出発の時が来た。
「私もふたりについて行きたいくらいだ!でも皆のためにも、ここを離れられない!ふたりは魔王城まで行ってこい!」
「そうか!ありがとう!」
ふたりは集落を離れた。そしてふたりはエルアルテの姿が見えなくなってから話し始めた。
「なぁ、見間違いかもしれないんだけどさ、」
目が合ったマリナは息を飲んだ。ドロガは口を開いた
「人、一人もいなかったよな……」
「うん…絶対いなかった。気配無かったもん…」
2人は身がすくんだ。
***
「「ついたー!!」」
エルアルテの集落から2つ集落を超えついにサワコフ村にたどり着いた。
村には40数戸の家が立ち並び、中心部にはある義足の女の銅像が立てられていた。そこには「偉大なる司祭 エイル、ここに眠る」と書いてあった。ドロガは通りかかった老婆に像のことを聞いた。
「あの方はここの英雄じゃよ…あぁなんじゃったけな…」
そう小さく話す老婆に2人は耳をそばだてていた。
「そうじゃ魔王を討伐したパーティの 司祭のエイルちゃんじゃ。」
2人は目を合わせて老婆の言うことを噛み砕いて、え〜っ!と叫んでしまった。するとドロガは間髪入れずに叫んだ
「あ!おれ!クラウンの道乗りを追ってるんだ!」
「そうかい」
と、老婆は微笑みかけた
ここ、サワコフ村はエイルの故郷であり、最期に眠りについた場所でもあった。
***
エイルは幼少期とてもお転婆だった。その上男勝りな性格で村では有名な少女だった。
「おいこら〜!ぶっ殺すぞ!!」
そう叫んだエイルは母親に腕を掴まれた。
「女の子でしょ!そんなもの言いしちゃ行けません!」
ぴしゃっと頭を叩かれたエイルは口答えした。
「だって…あいつらも!」
「男の子でしょう?あと、あいつらなんか言ってはいけません!」
また、ぴしゃっと叩かれてしまった。
エイルは活発で積極的な性格だった。しかし、ある出来事によってエイルは変わってしまうのだった。
その日、エイルは村のはずれまでいつもの友達と遊びに走った。それは軽快に。まるで狐のように。
しかし楽しい一時は一瞬の爆発によって塵となった。それは誰かが仕掛けた、黒魔術のひとつ、爆発の魔法だった。エイルは右足と右耳の聴覚を失い、隣にいた友達はもう既に人間の形をしていなかった。
それから、エイルはもしかしたらあの時自分は彼を救うことができたのかもしれないと医学の勉強、共に治癒魔法に勤しんみ、司祭として活動し始めた。
月日が過ぎ、彼女は司祭となり村の外へもエイルの評判が漏れ出していた。誰も口を出せない程勉学においては優秀だったのだ。そこにある日、クラウン達の冒険者パーティはエイルを誘いに来た。
「君の力を借りたい。一緒に来てくれ。」
たった一言だった。今までの苦痛や苦悩が報われたように感じた。しかし、村の医者がいなくなることを考えるとついて行くことはできなかった。それでもクラウンはしつこく勧誘した。そこでエイルはひとつ質問をした。
「私が一緒に行ったら村の司祭がいなくなるでしょう?」
「司祭がいない不安より、君という天才を失う世界の損失の方が大きいんだ。だから、今は世界のためにその腕を振るって欲しい。」
怪訝な顔をしたエイルに クラウンは続けた。
「じゃあこう言ったら着いてきてくれるかい?……………
そして強引な誘いに根負けし、クラウン達に同行したエイルは第1級戦犯として身を追われ、57歳で急逝するまで、ここサワコフ村にて医者を続け、数百人という人の命を救っていたという…。
***
ドロガとマリナはエイルの像に手を組んで祈った。それを見た老婆の頬には涙を伝った。
「私にはねぇエイルちゃんとよく遊んだんだ思い出が残ってるよ。だから彼女が行ってしまった時、心底寂しかった。 」
そう話し始めたふたりはまた、耳を傍立てた。
「エイルちゃんがクラウンに連れていかれたそんときゃクラウンを憎んだね」
笑い混じりで話す老婆は、続けた。
「エイルちゃんに教えてもらった治癒魔法は難しくて難しくて頑張ったけど無理だったなぁ…。死ぬまでに習得する約束だったんだけどね……」
「まだ、あるじゃねぇか。時間。」
老婆は糸目を見開いた。
「ある…のかい?」
「何を始めるにも歳は関係ねぇよ。」
真剣な眼差しでドロガは老婆を見た。
「ばぁさん、おれたちに着いてこないか?まだ、治癒者がいねぇんだ」
そういうマリナはちょっと…と、静止しようとした。
「その言葉ありがたく頂くよ。でもね、あたしはこの村を離れちゃいけない気がするんだ」
それでもドロガは諦められなかった。
「じゃあ、おれたちは右に曲がって突き当たりの宿屋にいるから気が変わったら来てくれ。」
5日後、出発の時。老婆は遂に宿屋には来なかった。いじけてるドロガにマリナは、そういう時もある。と、慰めていた。
「また歩くのかぁ…先が思いやられるよ…」
宿から出たところでマリナは呟いた。その時老婆が来た。
「来るのか!ばぁさん!」
「いいや、別れを言いに来たのさ」
「なんだよ。悲しいだけじゃねぇか。」
「いいや、そんなこともないさ。」
老婆は続けた。
「まず、誘ってくれてありがとう。それから、治癒魔法をまた、練習してみようと思う。約束だしね」
ドロガはそれに、にこりと笑いかけた
「北上するんだろう?時間があるなら北東にある王宮の城下町エキサイトに進むといい。そこにエイルちゃんの仲間が住んでいたはずさ」
「クラウンの仲間が〜!?」
ドロガは高揚した。
「彼の名はトロノス。戦闘員だった男だよ。」
そして2人はトロノスを追い、城下町エキサイトへ向かうことにした
***
「私が一緒に行ったら村の医者が少なくなるでしょう?」
「医者がいない不安より、君という天才を失う損失の方が大きいんだ。だから、今は世界のためにその腕を振るって欲しい。」
怪訝な顔をしたエイルに クラウンは続けた。
「じゃあこう言ったら着いてきてくれるかい?」
握手を求めた手を出してクラウンはこう言った。
「司祭だからとか頭がいいからとかではない。僕は君が人として好きなんだ。一緒に来ないかい?エイル。」
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