⑭子雲が病気?
突然、ミカちゃんが、
「え、ウソ」
と立ち上がった。
子雲の異変に気づいてくれたのかと思ったら、外から小さな音が聞こえたからだった。
ミカちゃんが、あわてて窓越しに外を見ると、やはり少し雨が降っている。
「大変、洗濯物入れなきゃ」
ミカちゃんはあわてて、子供部屋から出ていった。
もちろん、わたしも……。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
わたしたちが庭に出たら、洗濯物がユラユラ揺れていた。
パパが出かける前に、干した洗濯物だ。
というより、パパはミカちゃんのお手伝いをしていた、と言った方が正しいかも。
ミカちゃんから、
「あ~ぁ、パパ、洗濯物はちゃんと伸ばしてから干さなきゃダメじゃないの。も~、これだから男の人は困るのよね~」
と、言われていたから。
もちろん、ママの口癖。
いつの間に、似ちゃったのかしら。
なのに、パパったら、頭をかきかき、
「ごめんごめん」
と、どこかうれしそうだった。
なんか、ヘンなの、て思ったっけ。
あ、いけない。
今の問題は、洗濯物だよね。
ミカちゃんは、木の台を持ってきて、物干し竿の下に置いた。
さすが、いつもママのお手伝いをしているので、慣れたものだわ。
台に乗ったミカちゃんが次から次に、洗濯物を取りいれていく。
でも、問題はシーツ。
とても8歳の女の子ひとりでは無理よ。
だって、大きすぎるもの。
と思っていたら……。
さすが、ミカちゃん。
シーツを少しずつ引いて、なんとか取りいれることができた。
さすが、ミカちゃん。
最高ー!
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
シーツを抱えたミカちゃんが、子雲部屋に入ってすぐだった。
ショウタ君が今にも泣きだしそうな顔で、駆けよってきた。
「お姉ちゃん、チビがぁぁぁ……」
「え?」
やっと、ミカちゃんが子雲を見てくれた。
子雲は床に倒れたまま赤くなって、ハァハァと苦しそうに息をしている。
ミカちゃんはそのとき初めて、子雲がおかしいことに気づき、驚いた。
「チビ、どうしたの?」
ミカちゃんは子雲を抱き上げようとした。
でも、ミカちゃんの手は、子雲の体を通り抜けるだけ。
「チビの体が熱いわ、きっと熱があるんだ」
ショウタ君は驚いた。
「チビ、死んじゃうの?」
ショウタ君は今にも泣きだしそう。
ミカちゃんは、
「そんなこと……」
と言いかけて、次の言葉を飲み込んでしまった。
死んだわたしのことを思い出してしまったのかも。
だから、
「そんなことない」
と、言えなかったに違いない。
こんなときに思い出さなくていいのに……。
「お姉ちゃん、チビを助けて。お願い」
ショウタ君は涙を溜めた瞳で、ミカちゃんを見つめた。
でも、雲の病気なんて聞いたこともないミカちゃんは、どうしていいのか、わからないはず。
「どうしたらいいの……?」
ミカちゃんは心配そうにつぶやいた。
ついに、チビは真っ赤になって、息もさっきより、もっともっと苦しそう。
「チビ、がんばって」
ミカちゃんは一生けんめい励ました。
でも、チビにはまったく聞こえていないみたい。
「どうしようどうしようどうしよう……?」
ミカちゃんが悩んでいるうちに、ついにチビは真っ青になり、冷たい汗を流しはじめた。
その汗で溶けてしまいそう。
ショウタ君はあせった。
「お姉ちゃん、チビが溶けちゃうよぉ」
ついに、ミカちゃんまで涙ぐんでしまった。
なにもできないミカちゃんは、手を合わせて、祈りを捧げた。
「神様、チビを助けて。お願い」
わたしも祈るわ。
『神様、お願い。チビを助けて。もし、さっきわたしが文句を言ったことに怒っているなら、謝るわ。だからお願い』
すると、ショウタ君が思わないことを口にした。
「オバサン、チビを助けて」
え、わたしぃ……?
そりゃ、もちろんわたしだって、チビを助けてあげたいわ。
そんなの当たり前よ。
でも、わたしにそんな力ないわ。
だって、ただのバケネコですもの。
ホント、無力な自分が悔しいわ。
すると、ミカちゃんがショウタ君に言った。
「頼むなら、神様でしょ」
「だって、チビはオバサンの生まれ変わりだもん。きっと、オバサンが助けてくれるよ 」
「だから、オバサンは死んだのよ」
ミカちゃんは、そう言ってから、“しまった”という顔をした。
すると、ショウタ君が怒ったように言った。
「お姉ちゃんはオバサンのことが嫌いだから、そんなこと言うんだよ」
「そんな……」
ミカちゃんは悲しそうな顔になった。
ショウタ君も、ミカちゃんの気持ちは分かっているはず。
でも、ショウタ君自身、止められないのかもしれない。
だから、ショウタ君は続けて言ってしまう。
「お姉ちゃんがチビを病気にしたんだ。チビが死んだらお姉ちゃんのせいだからね」
ついに、ショウタ君は涙をポロポロ流しながら、ミカちゃんを睨んだ。
ショウタ君、悪気はないんだよね。
ただ、チビが心配で心配でたまらないだけなんだよね。
ショウタ君はその気持ちから、つい言ってしまったのだろう。
それもショウタ君の優しさなのよ。
優しいからこそ、人を傷つけることもあるのね。
でもね、翔太君、違うの。
ミカちゃんを責めないで。
お願い。
だって、ミカちゃんがかわいそうだわ。
そこへ、ミカちゃんの声が聞こえた。
「オバサン、ごめんなさい」
瞳を閉じたミカちゃんが、合掌しながら独り言を呟いている。
「オバサンがいなくても平気って言ったのは、わたしなの。だから、全部わたしが悪いの」
ミカちゃん、なに言ってるの。
あなたはいい子よ。
とっても優しい子よ。
わたしはちゃんと知っているわ。
「だから、嫌うなら、わたしを嫌って」
ミカちゃん、わたしがあなたを嫌いになるなんて、そんなことあるはずないじゃないの。わたしはあなたが大好きよ。すごくすごく大好きよ。
「わたしを憎んでもいいわ」
そんな……。
ミカちゃん、そんなことを言わないで。
お願い。
そんなに、自分を責めないで。
だって、わたし、悲しくなっちゃうわ。
「だから、チビだけは助けて。お願い」
ミカちゃんもついに泣きだしてしまった。
こんな大事なときに、なにもできないなんて、ホント、わたしってダメなバケネコだ。
もぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!




