第12.5章 ④ 偽りの理想
第12.5章 ④ 偽りの理想
「これは参ったなぁ。ネタばらしは会合の時にして、お偉いさん方をビックリさせようとしたのに。いつから気づいてた?」
「正直言って、休憩が欲しいと言った時から。確信になったのはカフェで待っていた時ですね。いつもの彼ならそんな泣き言は言わない。加えて彼は私を手招きなんてしない。そういう仕草からですね。」
「さすが、コンキリオ機関では指導教官も務めるエリートは違うな!対象の魂をそのままに、取り憑くのは見破れたことなかったんだけどな。」
「そういう自信家のあなたでも、三上茂に見られてはマズイと思ったんですか?」
「ああ、その通りだよ。あのレベルの人間を騙すには今の俺じゃ実力不足なのは分かってるからな。お手上げだ。だから会合のタイミングで初お目見えの予定だったのによ。チッ!」
「そうでしたか。それは残念。
それはそうと黒猫。今回は何が目的ですか?てっきり子供達のお世話が忙しくてこちらなど気にかける余裕も無いとばかり。もしや、私の任務がそんなに心配ですか?それとも会合の方ですかね?」
周りの目を気にしてか、ホテルのカーペットをトットッと歩いては、ジャンプして霊体化する黒猫。
「まあ、そんなところだ。ホラ、その男の身体を返してやったんだ。さっさと部屋に運ばないと怪しまれるぞ。」
黒猫の言葉の通り、この要人が集まるホテルで倒れる人間が出ることは、この後の会合の開催が危ぶまれる事件になりかねない。
小倉は秘書の肩をスッと担いで、非常階段へと秘書を運ぶ。
そうして階段の踊り場にもたれかけるように秘書を置くと、小倉は秘書が持っていた鞄からホテルの従業員の服を取り出し、着替えを済ます。
そして淀みなくリネン室へ向かい台車、シーツやカバーを回収するキャリーケースを拝借するまでをやってのける。
予定外の事に用意していた従業員の制服を使う羽目になったが、それでも何食わぬ顔で、リネン室から出て来ると小倉は、再び秘書のいる階まで戻り、ようやく体を回収する。
少し可哀想だが、台車に載せたキャリーケースに秘書の体を押し込む。シーツで隠れるようになるべく深く膝を曲げさせ、カモフラージュすると、そのまま従業員用エレベーターまで行き、自室の階まで運ぶことに成功する。
階に着くと、一人こちらを見てすれ違う男がいたが、それ以外には幸運なことに職員以外には出会していない。
そのことが何を意味するかと言えば、記憶の修正にあたって誰を修正するのかを知ることが出来ているかいないかでは、後の処理の難易度が格段に変わってくる。
そう言う意味では今回は不幸中の幸いだっただろう。
小倉は秘書を秘書の部屋のベットに寝かせる。
ようやく小倉自身は自室に戻ると、服装を元のスーツ姿に戻し本来の任務のターゲットを確認する。
協力者からは「動き無し」との連絡は受けていた。
念には念を入れ、監視カメラ映像をハッキングし、ターゲットを捕捉する。
新経済連合会長、蓮水潤。
彼は日本神護協会の支援者の一人だが、どうやらここが彼の終焉の場所らしい。おそらく次に朝日を見ることはないだろう。
そんな男は、ダモクレスの剣は既に吊るされていることに気付きもしないで、女を連れ込んでは呑気に色欲にかまけていた。
そんな男を、我々の理想に不必要な存在であると、お偉いさん方が判断したらしい。もしくは利用価値の方が無くなったと言う方が正しいのだろう。
もちろん依頼主は知らない。命令主なら先程から霊体で彷徨いているが。
「おい。会合の時間まで30分切ってるぞ!蓮水のやつを殺る算段はついてるんだろうな?」
「ええ。まあ。あなたが無用に秘書を倒れさせて時間を使わせなければ、既に仕込みも終わっていたところです。お陰で計画変更を余儀なくされましたが。」
「ふん!お前がタイミング悪く気づくから、こっちだってやる気が削がれたんだよ!その代償だ!」
浮遊する霊体は時間まで所在無いためか、小倉の仕事にちょっかいを出してくる。
ようはそこまで暇なのだ。
「でしたら子供達の様子を見てきては?そちらも重要な局面にいるようですが?」
「そんな事を言われずとも、もうやってるわ!お前の昔の同僚が俺を邪魔者扱いするから、こっちはあえて!接触を絶ってやってるんだ!」
その言葉で、小倉は今日の黒猫の虫の居所が悪さや、詰めの甘さの原因がおおよそ理解出来た。
分離した霊力を同時に操る事自体、難儀な事だが、その霊力の一つが掣肘を加えられたとあれば、余計にそうであろう。
そもそもそのような事ができるこの黒猫が特別であることは自明の事だが。
「そうですか。それはお気の毒に。もし必要なデータのハッキングならお任せを。」
小倉はPCを閉じてUSBメモリーを浮遊する黒猫に投げると、ジャケットを着直し身なりを整える。
「何だこれは?」
「あなたの動きは掴めなくても、要人の動きは掴みやすい。それだけです。」
小倉は黒猫のツトメにおいて欲しいであろう情報を纏めていたのだ。
USBメモリーに触れた黒猫はそれを理解して、ニヤリと笑う。
中にはカケル達のツトメに関する必要と思しきデータが入っていた。
「まっ、どちらにせよ侵入するつもりだったが、少し手間が省けた。助かるぜ。」
珍しい黒猫の感謝の言葉にも、小倉は一瞥もくれることもしない。
もう既に次の闘いに頭を切り替えていたのだ。




