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第12.5章 ③ 偽りの理想

第12.5章 ③ 偽りの理想



「市長、コーヒー頼むだけ無駄にしないでくださいよ。」


「すまない。しかし、政治屋は好きではないのでね。あの場に留まりたくなかった。」


「そうですか。今日はその政治屋と、資金源の合同パーティーだって理解された上での発言ですかね?」


「君、流石に出過ぎた発言だぞ。注意したまえ。誰かに聞かれたらまずい。」


小倉自身も本音ではその通りだと思っていた。


しかしこの政治の世界では、それは常に付き纏ってくることであるし、ましてやそんな本音を誰かに聞かれれば足元を掬われる。それがこの世界の習わしだ。


「それは申し訳ございません。会場の入口はこちらですよ。」


秘書が案内する方向へと歩くと、会場入口では手荷物検査と、招待名簿との照会が行われている。


すんなりと検査と、名簿の照会を終えて会場内に入ると、既に多くの人が展示物を鑑賞したり、挨拶回りに勤しんだりと、人混みが出来上がっている。


その人混みの中、小倉を招待した男を見つける。


小倉は秘書に待機を命じると、男の元へと向かって行く。周囲を取り囲む要人達との談笑を楽しむ男に小倉は声をかける。


「二神会長。お疲れ様です。」


「おお、小倉君か、君も来れてよかった。何せ渋滞で遅れる到着者が多いと聞いていたからね。他の皆様、失礼。君はこちらへ来てくれ。」


人が多い会場の中心から隅へと誘導された小倉は、周囲に注意を払いながら足を進める。


皆一様にスーツを来た紳士や、ドレスや和装の女性など着飾った人間ばかりだが、ついでに目的の人物を探す。


「会長、今回は会合で何が話されるんですか?」


「ああ、今回はこの国の行く末、神の行く末が基本的な議題だ。ツトメにおける権力の保持と、時渡りの能力。これを使おうとのことだ。」


「それはまた難しいことをおっしゃりますね。ツトメに関しては最後は実力だとしても、時渡りの力に関しては、あの黒猫がそう簡単に首を縦に振るとは思えません。」


「その通りだ。だから君を呼んでる。君を可愛がってるんだろ?あの黒猫は?それなら弱みの一つや二つ。というところだ。」


その言葉で小倉は理解した。この男もまた他人を利用する人間でしかなく、己の保身が大切なのだと。


「そうですね。心当たりくらいなら。しかし、その程度ではビクつくような感じではない。もっとよりいい話題があれば適宜報告します。」


「ああ、そうしてくれ。会合ではその辺を上手く発言してくれ。」


「承知致しました。」


「そろそろ、会議が始まる。シークレットゲストの登場だ。」


すると会場のアナウンスがあり、会議場の照明が舞台だけになり、観衆の視線が舞台上へと注がれる。


「本日は新国家戦略会議2020にご出席頂きありがとうございます。開会の挨拶に際して本日のご出席者様より、挨拶を賜りたいと存じます。

内閣総理大臣佐伯一郎様です。お願い致します。」


そのアナウンスとともに登壇した男はその笑みを絶やすことなく、カメラや観衆へと視線を向けていた。


50歳を超えたばかりの期待の首相はマイクの前に立つと流暢に話し始める。


「皆さん。本日はこの新国家戦略会議2020にご出席頂きありがとうございます。主催する経済界の方々、それにご協力頂き協賛して頂いた方々、そして同じ志を持つ政治家の方々、全ての開催に尽力してくださった関係者の方々には感謝の言葉しかありません。どうかこの場をお借りして御礼申し上げます。

本来ならこの場にはこの会議開催に向けてご尽力された大友先生がご登壇される予定でしたが、皆様ご存知の通り、先日不幸にも亡くなられました。先生のご意志はこの国を強くする。この国を豊かにすることでした。

我々は微力ながらも、その理想を追い求めて今日まで至りました。

しかし先生が亡くなられた今、この今こそ先生のご意志を継ぎ、未来の日本を作っていく必要がございます。どうかこの会議を実りあるものとし、100年後の未来でこの国の民が幸せに暮らせる日本を一緒に作って参りましょう。短いご挨拶となり恐縮ですが、ご静聴ありがとうございました。」


男は深々とお辞儀すると、拍手に見送られながら舞台から降りていく。それに合わせて大勢のSPが一斉に動き出し、混乱を招かないように細心の注意を払いながら会場を後にしていく。


その後も経済界の各方面から出席された方々の挨拶があり、明日以降の日程が発表されて、レセプションは終了した。


「会長、佐伯首相はこの後はどちらへ?」


小倉は左ポケットに電源を入れたままのスマホを瞥見すると、佐伯首相の話題を振る。そうやって会話の合間、合間に思考と観察を挟み、その身体機能を惜しみなく使いこなす。


「彼はこの後外国の要人と会談さ。何でもこの会議は新国家戦略会議だからね、最後は新しい国家戦略を打ち出さなきゃならん。でも結論は太平洋の資源開発を同盟国と共同開発っていう結論は決まってるらしいがな。まあ政治家は大変だな。君もだが。」


「まあ、一国のリーダーとは比べ物にもなりませんよ。しかしそれでは会合に出席されるのは難しいのでは?」


「なあに、そこら辺は臨機応変にやってくれるさ。どちらにせよ、首相はこのホテルに泊まる。その頃合いを見て本格的に始めるさ。どうせ事前の駆け引きで結論は見えてる。」


「そうですか。でしたら、私はとりあえず時間までは自由でも構いませんね?」


「ああ。そうしてくれ。私も部屋で少し休む。何かあったら連絡を。」


「承知致しました。」


男は小倉の肩を軽く叩くと、人混みの会場を抜けて行く。


小倉は時計を見てまだ、19時であることを確認すると、会場で見つけられなかった人物の行動を把握する。情報によれば、ターゲットはホテルの一室で休憩とある。


出来ればそこで仕留めたい。タイミングとしては会合の後だろう。しかしその任務も果たす為にも、小倉はその前に感じた違和感を解消するために秘書を呼び出す。


秘書は、待機を命令された間、会場を彷徨いていたようだが、いつもと違う雰囲気を醸し出しては、通常の行動予測の範囲を超えている事は恐らく確かだった。


「市長、お疲れ様です。あとは会合に参加されるだけですね。それまではホテルでお休みになりますか?流石にスイートとはいかないですけど、ここのホテルはスタンダードでもなかなかのものですよ。」


「ああ。それはよかった。しかし、君は誰だね?」


小倉の質問に呆気に取られた秘書は、その場に立ち止まる。そして、観念したかのように、その本来の姿を表してくる。


すると秘書の体は魂が抜けたようにぐったりと倒れ込んでしまうのを、小倉は受け止める。



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