第17章 ③ キミとなら
第17章 ③ キミとなら
「君はちゃんと守ってくれた?私を?」
抱きついてきた彼女を起こそうと、肩に触れるようとした弾みに、彼女の首元が見える。
そこには深い裂傷の後があった。
すると次第にその傷から血が溢れて出てくる。自分は慌てて彼女の首を抑える。
動揺からか、心拍と呼吸が早くなり、手が震える。
「大丈夫。大丈夫。必ず守るから。決めたんだ。必ず、必ず君を守って、一緒に星空を見よう。ヒカルもいる。あいつああ見えて頭もいいんだ。星座だって自分よりも何倍も知ってるし、望遠鏡も持ってる。それで、そのまま昇ってくる太陽を見よう。
太陽が昇ったら、一緒に登校して、一緒に授業受けてさ、本当にくだらない話もしよう。それで一緒に部活をやったっていい。実は化学部なんだ、見えないだろ?化学式だってまともにわかってないのに、ふざけてるよな。
帰る時にはさ、夕日も見れるよ。でもね、夕日はうちの家から見る景色も負けてないんだ。絶対、絶対綺麗だから。約束するよ。だからお願い。お願いだから。頼む、頼むよ‥」
彼女の顔色が青褪めていく。次第に体温も感じられなくなる。彼女の首筋から白いワンピースに血が垂れていき、ジワジワと赤い痕跡を作っていった。
悔しくて、悔しくて。ここに来たのはこんな為のはずじゃない。力の抜けた彼女の体を目一杯抱きしめても、彼女は反応しない。
これじゃあの時と変わらない。変えるはずの未来を掴み損ねた。絶望の中で崩れていった心は、深く暗闇を彷徨った。すると、一筋の光が差し込む。
「カケル、大丈夫。笑顔だ。笑顔。父さんとの約束忘れたのか?まだ忘れてないだろ?大丈夫、父さんが守る。カケルは笑顔でいろよ。な?」
懐かしく温かい手で頭を撫でられると、心が軽くなった。その感覚に自分はフッと意識を取り戻す。
すると目の前にはクグス神がいた。呆れた顔で、腕組みをしている。
「カケル君。終わりました、帰りましょう。」
クグス神は確かにそう言った。
「終わった?いやでもまだ何も!」
「いえ、終わったんです。はぁ。もう私のキャリア終わりですねぇ。はぁ。」
溜息ばかりをついては、手を貸して起こしてくれる。
「じ、時間は?」
「今ですか?12時44分です。」
しまった。まさかの寝過ごしたのか?そんなことが?
「あの、言っておきますが、今日は日曜日です。休日割増頂きますからね。」
クグス神の言葉の意味が理解できなかった。
日曜日?ならまだ時間はある。昨夜は疲れて寝てしまったが、明日に備えるには十分過ぎる時間だ。
「はぁ。それと、リュックの中にあった物騒なもの。それは私が処分しました。それで、ついでと言ってはなんですが‥あの男性も処分しちゃいました。
あ、粗大ゴミを棄てるにはここの自治体はステッカーって必要ですよね?しまったなぁ、黄色いステッカー貼るの忘れたな。はぁ。」
顔を顰めては溜息をつく、それの繰り返しだ。
「処分した?まさか殺したんですか?あの男を?」
「何ですかその殺すって?私は殺すなんて物騒なことはしませんよ。ただ、魂を少し抜いてあげたら、体がフラフラと道路に飛び出たものだから、たまたま!轢かれて即死しただけですよ。たまたまね!あれですね、人間はトラックに轢かれると案外死ぬものなんですね。はぁ、まったく。これだから人間は。」
「彼女は?彼女のお母さんは?」
自分は思わずクグス神の正装を掴む。
「な、なんですか、急に。二人とも無事ですよ。特に今頃は女の子の方は特大ケーキ作成で、ほっぺにホイップクリームつけてますよ。はぁ。」
「そ、それはよかった。」
自分は膝から崩れ落ちて安堵しているのとは対照的に、クグス神は掴まれたとこがシワにならないかと気にしている。
「で?これでいいんですか?ククノチノミカミの課題って?正直なこと言うと、私の立場を賭けたんですから、これでクリアじゃないなら、ククノチノミカミとは絶交ですね。」
「わかりません。人の絆を示すのなら、むしろ逆効果だったかも‥。」
「え!ウソでしょ‥やばいよ。もう神格なくなっちゃうかもなのにダメなの?てか、なのに君はあの男にこだわってたわけ?ちょっとまってよぉー。聞いてないよぉー。」
クグス神の狼狽振りが酷いが、確かに課題について言えば自分は落第だが、ヒカルなら問題ないと思う。クグス神の話なら、より一層仲は深まったと思うし。
「あ!忘れてたけど、うちの黒猫君を解放してくれるかい?さすがにあのままスリープモードじゃ色々支障があるのでね。」
「はい。わかりました。でも、本当にあの男は死んだんですか?」
「え?もう、疑り深いなぁ。はいどうぞ!」
クグス神が自分の頭に触れると、一瞬にして事故の光景や、あたりを囲む野次馬の姿。
病院に運ばれるも、そのまま治療もされずに、霊安室に安置されている光景が流れてきた。
「これは、本物?」
「本物です!そんなに疑うなら後で事故とかそのスマホで調べればいいでしょ!はぁ。とりあえず、うちの神使を解放してください!」
思いっきり至近距離に顔を近づけて圧力をかけてくる。
「わ、わかりました。とりあえず精神世界の方に連れて行ってもらえますか?」
「はいはい、お安い御用ですよ。」
すると、何の前振りもなく移動してくる。紫の座布団にすやすやと眠るマルは、日向ぼっこして寝ている姿と何ら変わらない。
「では早速お願いします。そうでなくても、この一日いなかっただけで、狐やら人間やらから連絡がいっぱい来て、その処理をこっちがする羽目になったんですからね!君にも後で何らかの請求させて貰いますからね!」
「そ、それはすいません。では。」
自分は首輪に込めた霊力を解放し、首輪を外してやる。すると、マルは薄めを開けて前足で顔を擦る。
「ふぁぁ。眠いニャン。ここは?」
「クグス神の精神世界だ。覚えてるか?」
「ふぁぁ。覚えてるニャン。あの時確か‥あ!カケル!大丈夫なのか!本当に無事か!幽霊か?やっぱり肉体が損傷して魂が戻れなくなったのか?」
意識がはっきりしてくると、心配ごとが山程あるようで矢継ぎ早に質問される。
「大丈夫だ。幽霊でもない。ちゃんと実体だ。」
「はぁ。よ、よかった。いや、だったらあの男は?凪って子は?」
「はぁ、それなら大丈夫ですよ。私の方でどうにか処理しましたから。」
クグス神は言いづらそうに話す。
「処理?まさか、クグス神!正気ですか!?真摯神指針に反したのですか!な、なんてことを‥」
シンシシンシシン?何かの間違い探しにありそうな文字列だ。ちなみにシは5つ、ンは3つだ。
「何ですかその、真摯神指針って?」
噛みそうな言葉を言えた安心感と達成感がある。




