第16章 ⑦ ここじゃないどこかに(注)残酷表現あり
この回においては暴力的描写が含まれます。
ご注意ください。
第16章 ⑦ ここじゃないどこかに
「えっと。あの肩車されてる女の子が相田さん?」
「ええ。両方相田さんですからね。正確には凪さんでしょうね。」
そういうところは意外に細かいな。嫌な小姑タイプの神様だ。
「そうですね、すいません。つまり凪さんとお父さんの思い出の場所ってことですかね?」
「ええ。そうでしょうね。ここは彼女の名前の由来になっているようです。そして彼女唯一の心の拠り所。」
「亡くなったお父さんとの思い出ですか。なんだか切ないですね。」
「そうなんですかね。私には人間の情緒はわからない。少なくともこの父親はこの後死ぬわけですからね。消えゆく者への哀愁や喪失感はあるとは思いますけど。このことがなければ彼女は今の彼女ではなくなっていた。
美しい魂を持つ者とは困難を乗り越えてもなお、濁ることのない魂のように思えてならない。彼女の魂を見て、濁りきった魂の様に感じましたか?」
「いえ。しかし、時折見る色には複雑な感情があるように思えた。でもそんなことは誰しもあることでしょう?彼女に限ったこととは思えませんし。」
「あなたも迷っている訳ですね。彼女がどんな人か。」
「どうでしょう。少し話しただけで、人の全てを理解できるほど、神がかってないだけです。」
「神がかってない‥か。神でもやっぱりわかりませんよ。人でも動物でも、みんな異なる生き物です。誰しもが己を探して迷ってる。神はそれを観察するに過ぎない。そんな風に思えてなりませんがね。すいません、喋り過ぎました。次の場面へ。」
パチン!
指を鳴らすと、今度は彼女が防潮堤の上に立って一人夕日を見つめている。
驚くことに物陰には黒猫らしき姿が見える。彼女が防潮堤から降りると、黒猫は彼女に擦り寄り、普通の猫であるかのように振る舞っている。
「なるほど。黒猫君はこれで彼女の魂を見たわけですね。それであの様子でしたか。彼らしくない。彼はいつでも冷静かつ冷徹に私に尽くしてくれています。何か理由があるとすれば、彼女の未来に動揺したのですかね。彼らしくもない。彼女に同情でもしたのか。それとも‥」
クグス神はその後を言葉にすることはなかった。自分もあえてそこに触れようとも思えなかった。
「その。マルが彼女を監視してたのは驚きましたけど、これでは彼女の困っていることは父親がいないこと。ってことになりませんか?そしたらさすがに死んだ父親を蘇らせるのは難しいですよね?」
「そうですね。蘇るのは無理でしょう。ですが魂を呼び寄せことは可能です。それが彼女の本望なのかは定かではありませんがね。特に次の場面を見れば、余計にそう思える。」
「次の場面が彼女の本当の願いがわかるんですか?」
「私は彼女の人生における困難は次の場面だと思う。そして彼女がこれから向かえる未来がね。一応忠告しておきますね。これから中学生には厳しい現実をお見せすることになります。気を強く持ってくださいね。」
パチン!
指を鳴らすと、暗闇の中に取り残される。
「ここは?」
「目を開けてください。彼女の家です。時間短縮のため、場所ごと移動しました。振魂酔いを防ぐために、一時的にカケル君の魂を私の霊力で包んでいたので意識はなかったと思いますけど。どうですかご気分は?」
最初は目の前の光景がちらつきながらも、しばらくすると目が慣れ、白色灯の光に照らされている座卓がしっかりと見えてくる。
間違いない彼女の家だ。
「ええ。問題ありません。ありがとうございます。」
「いえお礼には及びません。なにせこれから気分はだいぶ害されると思いますよ。いやあなたの性的嗜好によっては至福の時間とも言えるのかもしれませんが。」
「どうゆうことですか?」
「君は男女の交り、生殖行動についてどう思いますか?人を増やすには必要なことですよね。しかし人は本来の目的以外にもそれをなす。それを是とするべきか、非とするべきか。」
「なんですか?倫理の問題か何かですか?」
「ほかにも、交わるべき相手は限定すべきか、すべきでないか。年齢は?性別は?関係性は?君はどう思いますか?」
「えっと。だいぶ話が複雑そうですが。それは今回とどう関係が?」
「百聞は一見にしかず。見ればわかります。このことが良いことなのか。悪いことなのか。あるいは世の摂理なのか。君の答えを知りたい。」
クグス神はそう言うと煙の様に消えていく。
一人残された自分は、部屋を見回す。隣の部屋には彼女が寝ている。親御さんの姿は相変わらず見えない。
すると、玄関から鍵の開く音がする。慌てて隠れようとするが、ここは魂の世界。しかも過去の場面に過ぎない。
入ってきた男はどう見ても先程の男性ではなく、無精髭を生やした男は案の定自分をすり抜けていく。確かに気分はあまりよくない。
男はDVDを見始めた。あんまり人の趣味嗜好に興味はない。
むしろこうゆうのは知りたくはない。
友達と情報共有できるのはジャンプのラブコメぐらいなものだ。それに年齢的に見てはいけない気がするので、テレビ画面に背を向ける。
しばらく男女の声が聞こえて、静まったかと思うと、男はおもむろに立ち上がり彼女のいる部屋に移った。まさかだった。
彼女の嫌がる声が聞こえ、それを暴力で支配する音。苦しみの音。悲しみの音。
救いようもない男が犯した罪。
その犠牲になった彼女の痛みはどれほどであったか…
自分はただただ混乱した。
彼女の笑顔にはこんな苦しみがあったなんて。
自分には理解が追いついていけなかった。
苦しくて、悔しくて、憎くて。
それ以上は見ていられず。彼女の家を出てしまった。外に出た自分は咽び泣いた。
蛍光灯は相変わらずチカチカと点滅を繰り返していたが、ついには消えた。
暗闇の中自分の中でも何かが、消えた。
そして、何が自分の心に刺さったまま、抜けずにいた。
「さすがに厳しかったですか?」
あれから1時間は経過しただろうか。廊下に項垂れて多くの感情が枯れた自分にクグス神は話しかけてくる。
彼女の痛み苦しみを思うと全てが張り裂けて、粉々にされる思いだ。
それでも残された思いが自分を突き動かそうと、もがいていた。
「ええ。だいぶ‥疲れましたね。」
「そうでしょうね。このまま未来も見てしまいたい。それが本音です。それとも少し戻って休みますか?」
「いえ、このまま続けます。時間ないですよね?」
「ええ。彼女の魂も命も危ないでしょうね。特に未来を見ればわかる。」
「だったら大丈夫です。彼女を救う為に急いだ方がいい。」
「そうですか。彼女を救う‥ね。まあいいでしょう。本当に一瞬ですよ、だからその目に焼き付けてください。覚悟を持ってね。」
パチン!
指を鳴らした先は昼間だった。そのまま彼女の家の扉の前にいる。
すると家の中から争う声が聞こえる。
自分は急いで部屋の中に入ると、血だらけで倒れた女性、そして、首から大量に出血した先程の男性が座卓にうつ伏せになっている。血だらけの包丁を握りしめた彼女は震えていた。
そして彼女はその刃を自らの首に当てる。自分は彼女を止めよとするが、触れることができない。
「ごめん…なさい」
そして彼女はその身を絶った。
あまりにも短い間の出来事に自分はまったくどうすることもできなかった。
ただ、その場で声を上げて悲嘆にくれていた。
涙も枯れて何もなくなった。
触れることもできない彼女の頬をさする。
彼女の目からは一筋の雫が零れ落ちていた。
第16章終わりました…
壮絶…
翔の選択は如何に?
次回読んでください。




