第16章 ⑤ ここじゃないどこかに
第16章 ⑤ ここじゃないどこかに
それはいいとして、そんな霊体化してるからって人のプライバシーを覗いたり、抱きつくなんてもっての他だ!
必ず天罰どころか、狼の一撃と、鬼のコンボ技が炸裂するのは目に見えている。故に絶対にそんなことはしない!
「あの!そんなことはしないですし、するような関係でもありません!」
「あら。お二人はそう言う関係ではない。残念ですね。愛が世界を救うのかと。」
「どっかのテレビみたいなこと言わないでください。」
「いや、愛は地球を救うですよ!間違えないでください!クグス様!」
「え!そうでしたか!これは失礼。」
どうでもいい指摘をした罰として、黒猫を抱き上げて立ち猫の刑に処す。これは宮田さん直伝で黒猫をコントロールする手段の一つだ。
「う、動けない。」
「あら。この短期間で腕を上げましたね、カケル君。うちの神使も手懐けるとは。これは見事。」
感嘆の声を上げ拍手するクグス神に、必死に助けを求める黒猫が少し可哀想になる。
「お褒めの言葉ありがとうございます。それはそうと、彼女の過去と未来を見て来てくださりませんか?」
「その話ですが、本当にいいのですか?彼女の過去ならず、未来をも見ても?」
「え?何か問題でも?」
「問題ですか‥まあ言うなれば弊害の方が多い。未来は変わるが、私の見た未来が変わる事はほとんどない。だから、未来を見たところでいい事なんて無いに等しい。カケル君、世の中には知らない方が幸せなことだってあるんですよ?」
そう言って笑うクグス神の笑顔の中に闇を感じた。冷たく、触れるものを遠ざけるような。そんな笑顔だ。
「それは、絶対ですか?」
「絶対と言うことはこの世に存在しない。存在するのは限りなく絶対に近い確率である。私に言えるのはそのくらいです。まあ、例外は常に存在するのが、この世だとも思い出ますのでね。」
クグス神の言葉に込められた重さが、自分にのしかかって圧迫しているのを感じる。
自分はその重さに負けまいと、一息ついてから返答する。
「ふぅ。まあわかりました。いずれにせよ、彼女を助ける事には変わりありません。過去未来を見てどうやって助けるかを考えるだけなので。」
そう言うと、黒猫が心なしか必死に暴れようとピクピクと手足を藻掻いているので、術を解除してあげる。すると真剣な面持ちでこちらを向く。
「なあ、カケル。言ってなかったんだけどな、俺は既に彼女の未来を見てる。だからこそ言わせてもらう。これはやめておかないか?別に彼女はククノチノミカミに指定された人と言うわけでもない。最悪ターゲットを変えるのもアリじゃないか?」
「何を言ってんだよ。ここまで来てそんなことは言うなんて。そんなのヒカルが納得するわけないだろ?それに本当に大変なら尚更自分達が助けてあげないと。そうだろ?」
黙り込む黒猫の代わりにクグス神が口を開く。
「カケル君。あくまでも一般論ですが、そもそも人間の過去未来を見ることは魂に多大なる負担を強いることになります。そしてその結果、その負担に耐えられず、自ら死を選ぶ者もいる。そう言う危険な行為なのです。それも込みで黒猫君は心配してくれているのですよ。」
「それはそうなのかもしれませんが、自分の思いは変わりませんよ。日食までの時間もないですし、今更変更なんて…。」
「いや、違うんだ、カケル‥それだけじゃ‥」
何か言いたげな黒猫をクグス神は一瞥すると、何かやりとりをしたように感じた。すると、再び黒猫は黙ってしまった。
「では私は彼女の寝顔を見てきます。カケル君も付いてきますか?」
こんな時まで冗談を言う精神状態は理解できない。また、付いていくと要らぬ憶測と暴力的制裁を招きそうなので遠慮する。
「いえ、別に行く必要がないならここで待ちます。」
「そうですか。なら私が見て来ますから、後でお見せしましょう。それでいいですね?」
自分に投げかけたというよりも、黒猫に向けられたその言葉に黒猫は黙って俯く。
「ええ。お願いします。お気をつけて。」
自分がそう声をかけるとクグス神はその姿を煙の様に消した。
しばらく黙りこくる黒猫に話しかけてみるが、何も返してくれない。そのため、こんな夜に住宅街にいてできることなんて、夜の星を眺めるくらいなものだ。
上を見上げてみると、澄んだ空気が遠き宇宙の輝きをここまで運んでくれているのがわかる。やはり幸いなことに田舎の住宅街は星の明かりを遮るほどの光源は少ない。
数少ない天文に関する知識を生かし、唯一特徴を知っていると言える冬の大三角を探す。
ようやくベテルギウスを見つけ後二つを見つけようとしていると、再びクグス神が現れる。
「おや、天体観測でもなさってるのですか?それともご近所の家庭内事情の観察ですか?霊体の特権は通報されないことですからね。」
何気ない行動を犯罪者扱いされたが、これでマルの口の悪さは主神譲りであることが証明された。
「まあ、暇なので天体観測の方を。それで彼女の方はどうでしたか」
「そうですね。とりあえず私の精神世界に戻りましょう。肉体から離れ過ぎると、そもそも戻れないなる方もいるので。」
ここにきて重要な情報を後回しにする癖まで主神と同じとは流石に呆れた。リスクを負ってわざわざここに来たまでは許そう。
しかしこの場でしてたのは天体観測って!(BUMPか!まあ観測したのはほうき星ではないが…)なら自分達を置いてクグス神だけここに来ればよかっただけの話である。
せめて何かすることがあるなら理解できたものの、全く無駄な時間を付き合わされたこちらとしては納得がいかない。
「あの。それなら自分達はここに来なくてもよかったのでは?」
あくまでも冷静に話すことを心がける。が、内心穏やかではない。
「えっと。そうですね。厳密には彼女の居場所さえわかればよかったんですが。とりあえず来てもらった方がいいかと。それに女子の寝顔を見るのが趣味だとお聞きしたので。」
いや誰だよ!そんな変な趣味あるとか言ったやつ!いや、心当たりは一つしかないけどな!その犯人を睨むが、肝心の黒猫はまったく反応していない。
そもそもクグス神が戻ったことすら気づかず、下を向いたままだった。
そんな黒猫に怒りをぶつけるのは気が引けた自分は、結果としてクグス神には、眉間に皺を寄せ仏頂面で対応することで妥協する。
「わかりました。とりあえず連れってもらえますか。」
「どうしましたか?いかにも不満です!って顔に書いてありますが。」
「いえ。これが普通なんです。如何にも不満なんです。って顔が標準装備なんです。」
「はあ。そうでしたっけ。まあいいですけど。」
「ええ!こんな顔なんです!とりあえず!帰して!」
食い気味にこの状態で迫ると、クグス神は引き気味に応じる。
「わ、わかりました。では手を出して。さあ、黒猫君も。あれ?黒猫君!」
クグス神に呼びかけられて、ようやく気づいた黒猫は急いで肩にしがみつく。
すると再びあの精神世界の社殿の中だ。中では案の定倒れた自分の体がある。早速戻りたいが、肉体に触れようにも、すり抜けるばかりで戻れない。
「えっと。これはどうやってもどるんですか?」
「ああ、霊力を込めて、それから体に戻るんです。すると戻れるはずですよ。」
自分はクグス神に言われた通りに霊力を込めて、自分の体に触れると、スルリと体の中に戻る。目を開けると、畳の床に倒れていた体からの視線であることに安堵する。
「戻れましたね。どうですか生身の体は?ごく稀に魂を交換して過ごす。という遊びをしていた人間もいましたが、そんなことをしてみた気になりましたか?」
まるで試してみないか?と言わんばかりのクグス神の口調だが。自分はそんな企みには騙されないぞ。どうせろくな事にならない。
体が入れ替わってる!
なんてのは映画だけで充分だ。いやまてよ、その話が本当なら、まさかあれは実体験なのか?
しかも時を遡るとか…ヤバい。
フィクションの中に事実が紛れこんでいる恐怖を知った自分の右手に、若干の震えが起きてスマホを取り出すのに支障をきたす。
震える手ではスマホの存在確認のみに留め、意識を呼吸に向けることで落ち着こうと試みる。やはり世界は思った以上に知らない方が幸せな事も多いのかもしれない。




