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第16章 ④ ここじゃないどこかに

第16章 ④ ここじゃないどこかに


呼吸は落ち着いたものの急ぐ理由も説明されないまま、何も理解しないまま半ば強引に進められていく。


その場の自分はただそれに流されるばかりになっていた。


「では、カケル君、キミはそのままで大丈夫です。私がお連れしますのでね。」


クグス神は自分の頭に触れると、次の瞬間には見知らぬ場所に飛ばされる。急激な展開にまだ心が落ち着かない。深呼吸を二三度すると、だいぶ思考は明瞭になってきた。


改めて首を振って周囲の状況を確認する。


どうにも民家が立ち並ぶこの場所だが、横から殴りつけるように風が強い。


その強さと独特の香りから単なる風ではないと検討がつく。おそらく潮風だ。路地を抜けると、そこには防潮堤があり、となると向こうは海だ。


夜になって街灯の明かりはあるが、ここがどこであるのか予測するのはなかなか難しい。その場合、スマホの位置情報を使うのが手っ取り早くていいだろう。ポケットのスマホを探っていると、霊体化したクグス神と浮遊する黒猫の存在にようやく気づく。


「ここがどこかわかりますか?」


クグス神はさっきの格好のままだが、霊体化独特の薄く白い感じは側から見ると幽霊だ。


「いえ、自分には見当もつきません。」


「ここは、相田凪の思い出の場所らしい。どうにもその思いにつられて、またここに来てしまったようです。」


自分は話すクグス神からふと、後ろをうろつく黒猫へと視線を移すが、暗闇の中に紛れては消えては、街灯の明かりでまた姿を表す。


そんなあやふやな存在感が今日のマルの調子と相まってより不気味だ。


いつもと異なるマルが気にかかった自分は近くによって、存在を確かめてから質問する。


「また?マルはここに来たことがあるのか?」


「うん。まぁな。ここには普通よりも強い思いを感じる。それにほんの数時間前までここに居たからな。」


「ほう。それは余程の思いですね。おそらく記憶を辿れば、その理由もわかるでしょう。」


笏で口元を隠しながら辺りを窺うクグス神。


「え?ほんの数時間前まで居たって、こんな所で何してたの?さては、お魚咥えたドラ猫とはお前のことだな!」


「ああ。そんなとこだ。彼女の家は少し距離があります。どうなさいますか?」


ちょっとした小ボケをかました自分に、しっかりツッコミが入るかと思いきや、海風にかき消されたかのような塩対応。


しかも、自分を飛び越えてクグス神に問いかけるような状態だ。やはりツッコミがないのは意外にさみしい。


「そうですね。カケル君がこのまま歩いていくのは時間がかかりますからね。それならば、私の力を使いましょう。カケル君再び私に掴まって。」


霊体化したクグス神が手を出すと、自分はその手を掴む。すると再び場所が変わり、いつか見た光景の住宅街に辿り着く。


「ここはその相田さんって方の家の近くです。ではそのまま家にいきましょうか。」


何の躊躇もなく神風特攻を仕掛けようとするクグス神にさすがに待ったをかける。


「いや、クグス神。さすがにこの時間帯にくる人間を招き入れる人はそうそういませんよ。普通にこのまま行っても追い返されるだけです。何か作戦でもないと。」


するとキョトンとした目で自分を見つめてくる。


「ん?だってそもそもその子は霊体見えないんでしょ?なら大丈夫じゃない。キミも立派な霊体なんだし。」


その言葉の意味を理解した時の驚愕は計り知れない。


人生初の幽体離脱は双子の芸人コンビの様にポップに笑えるものではない事を、身をもって知る。試しにブロック塀を触れようとするが、見事にすり抜ける。


よく見れば、自分も薄い体になっていることに、ここまでしてようやく気づいた。奇しくも幽霊が自らを幽霊と自覚するのは意外に難しいとの推論をここで証明することになるとは思いもよらなかった。


そもそもスマホを探した時にすぐに気づけないなんて。霊体化していれば、スマホが物質である以上、霊体として自分が所持できる訳もない。そんな初歩的なことすら気づかず情けない。


しかしそれはそうと、1番の心配事は自分の体だ。霊体とは魂を形にしたもの。つまり今自分の体は空っぽの抜け殻状態。そんなものがどこかに放置されていたんでは気が気でない。


「いや!えっと。自分の体はどこへ?」


「ああ、大丈夫。うちの精神世界に倒れてると思うよ。戻る時に体が壊れてたんじゃ戻れないからね。体が外にあるとそう言うリスクもあるし。」


「そうなんだよな。普通に置き去りにすると、既にお墓中。ってケースが後を絶たなくてな。まったく生きた人間は不便だな。」


彼らは普通にうんうんと勝手に納得してるが、それってつまり、自分は戻れないケースもあるってこと、つまり死ぬってことだ。


それをさも普通かのように話す共感性の薄さはやはり人外の存在であることの証左だろう。


もう正直言って怒るとかの次元ではなく、呆れるしかない。


「あ、そうですか。まあいいです。」


「あれ?意外に冷静だな。」


「いやもう諦めたんだ。」


そう物事に執着し過ぎて怒りの感情が湧くのだ。だから物事どころか自らの命すら執着しなければ怒りの感情すらもなくなる。


「まあ、若いのに物分かりがいいですね。悟りでも開きましたか?」


クグス神の悪意なき皮肉にも動じることはない。


嗚呼、無常。一切皆苦。南無阿弥陀仏。


━━チーン。


心にりんの音が鳴り響くと自然と心和やかになる。


嗚呼、和む。合掌。


「まあそんな所です。で?百歩譲って霊体化してるのはいいとして、霊体の状態で彼女に何か神術でも施すのですか?」


「そうですね。私が寝てる彼女に触れて過去、未来を探りましょう。その結果をあなたに見せる。その後はあなた方次第ですね。彼女の寝顔を堪能するも良し。彼女に抱きついて愛を確かめるのもいいでしょう。」


「あ!それって前に死んだ奴の願いを聞いた時の事ですか!あれはびっくりしましたよね。」


「そうでしたね。あれは奇跡でした。彼女は、霊体は見えないとのことでしたのでね、まるで映画のワンシーンでした。」


そう言って彼らは回想に浸っているが、さっきまで何か沈み気味だった黒猫の明るい表情に少し安心する。



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