27 ミカケの小鳥 冒険者ギルドに行く
「えっ? ……もう一度、うかがってもよろしいですか?」
翌日、リーリスさんに連れられ、冒険者ギルドに着いた僕が、受付のお姉さんに依頼を伝えた第一声がこれである。
ちなみに、リーリスさんはミーブ油を手に入れる為に、友人宅へ出発している。
梅毒の第一期は、体調面で特に不快な症状が発生する訳ではないし、インフルエンザみたいに感染力が高い病って訳でも無いから、まぁ、問題は無いだろう。
僕は、目の前のお姉さんに意識を戻す。
明るいオレンジ色のストレートヘアに頭の上に揺れる4本のうさ耳。
きゅるんとした大きな瞳にショーモデルさんのようなナイスバディ。
異世界の受付嬢って顔面・容姿偏差値レベル高ぇ……
「デスから、『アオカビの生えた物』が欲しいんデス!!」
ふんす、ふんす、と鼻息荒く、鬼気迫る迫力でお姉さんを見据える。
こちらは切実なんだよぉぉぉ!!
「アオカビの生えた物……」
聞き間違いじゃなかったのね……と、その可愛い唇から困惑の音がこぼれた。
小さく呟いたつもりかもしれないけど、こっちの耳にもバッチリ届いてますよ。
うん。こっちの世界だとそんな事を頼むのは変人だって自覚はあるから、その気の毒そうな目、止めて貰って良いかな?
「えーと、その『アオカビの生えた物』に、本当に『小銀貨1枚』も報酬を出されるんですか?」
「ハイ」
小銀貨1枚が、現在僕の投資できる限界金額である。
もし複数「有望な株」が見つかったら、可能な限り全部お持ち帰りしたいじゃない?
この金額設定だと最高でも持ち帰れるのは5個くらいが限度……でも、それも含めて、小銀貨1枚なのだ。
金額としては、約1000円くらいだが、腐って売り物にならないようなものを1000円で買い取る、と言われれば多分、集まって来るに違いない。
この世界、小銀貨1枚あれば、大人の外食1~2食分くらいにはなる。
自炊する気があるなら4~5人分の材料を買う事も可能だ。
「ただ、欲しいカビちゃんが限定されるので、ここで鑑定させていただいて、気に入ったカビちゃんだけ持ち帰る方法でも良いデスか?」
「……カビちゃん……」
呆然とそれだけ呟いた後、しばらく考え込むお姉さん。
それでも、気を取り直して笑顔で対応してくれる辺り、接客業に対するプロ意識を感じる。
「そうなりますと、お客様は『ご自身の気に入られた……カビ』をお求め、と言う事ですね?」
「ハイ、そうデス」
「で、それ以外の『ご自身の気に入らないカビ』は不要なんですね?」
こくり。
僕は大きく頷いた。
「では、その『気に入る・気に入らない』の違いは何ですか?」
「『ぺニシリウム・クリソゲナム』っていう種類のカビが欲しいんデス!」
分からねぇよ! と、お姉さんの顔に書いてあるのが分かる。
僕は、必死に実験室で作った時のカビの形を思い出す。
「えっと……青と灰色を混ぜた様な色で、ふわっとした円形になっている事が多いデス。それで、カビの表面が波打ったり、別の色が混入しておらず、表面にビッシリ短い毛の生えた繊維のような形状デスね……
あ、あと、自分以外のカビや微生物を近寄らせない物質をたくさん作ってるので……これ1種類だけで生えているか、このカビを避けるように他のカビが生えマス。僕が見れば一発で分かるんデスけど……」
すらすらと立て板に水をかけたようにカビの特徴を語る僕に、お姉さんは頷きながら、何かをメモしている。
「……なるほど、特定種類のカビをお求めなんですね。わかりました。でも、『カビの生えた物』に、この報酬金額なら成立する可能性は十分ありますね。何かのついでに受けられますし」
お姉さんは、にっこりと微笑んで僕の依頼を掲示板のような所に張り出してくれた。
【探索クエスト】
●『カビの生えた食べ物』
ただし、カビは特定種「ぺニシリウム・クリソゲナム」に限る。
特徴は青と灰色を混ぜた様な色、表面にビッシリ短い毛の生えた繊維のような形状、このカビを避けるように他のカビが生えるか、単体でのみ生えている。判断は依頼主による。
●成功報酬:小銀貨一枚。
●期日:先着順5名様まで。
●受付可能:本日夕方まで。ギルド内待合スペース。
●冒険者ランク:制限なし。
ちなみに、これを張り出すための事務手数料も小銀貨一枚だったので、是非とも誰か受けて欲しいものである。
なお、さらにギルドへの料金を割り増しで支払う事で【緊急クエスト】に分類してもらう事も可能。
そうなった場合は、優先的にギルド専属冒険者さんが対応してくれる仕組みだ。
ただ、そっちは、結構、お値段が……ね。
リポキロを買うよりはずっと安いけど……最低でも大銀貨1枚、つまり約1万円ほど必要になってしまう。
無い袖は振れない。
まぁ、あまりに依頼を受けてくれる人が少なければ、シフキ草をもっと収穫して、それを売り払い【緊急クエスト】に格上げする事も検討している。
僕は、依頼品の鑑定が必要なため、ギルドの待合スペース付近で待たせて貰う。
待合スペースには、この手の依頼人が何人か居るようだが、それぞれ手仕事をしながらのんびり待って居るらしい。
ちなみに、ここには、軽食を売る屋台やお酒を売るバーのような施設が併設されている。
おそらく、一仕事終え、さらに臨時収入を得た冒険者さんがすぐにでも祝杯をあげられるように配慮がなされているのだろう。
……よいしょっと。
杖を片手にギルドの受付から出て、少しギルド内を歩いてみる。
どうせ暇だし。
リーリスさんが迎えに来てくれるまで、時間は有る。
この冒険者ギルド、大きく分けて「依頼をする一般人向受付スペース」と「依頼を受ける冒険者向受付スペース」の2種類がある。基本的には依頼をする一般人向けのスペースの方が、備品が豪華だ。
椅子とか背もたれが付いているし、座布団が分厚い。それに、ちょっとありがたいのは巨人族用っぽい大きな椅子とか、小人族用っぽい小さいサイズの椅子もある事なんだよね。足の悪い僕には嬉しい配慮デ~ス!
他に使う人も居なさそうなので、小さい椅子を1個キープして、ギルド内の探索を続ける。
僕は、一般人向けの受付の奥の方へひょこ、ひょこ、進む。
ここはオークション会場のようだ。今は、イベントが開催されていないため、人はほとんどおらず、ガランとしている。どうやら、あまりにレアな物品を冒険者が販売する時はこちらのオークション会場が使われるらしい。
折角なので、冒険者向けのスペースも覗いてみる。
おー……冒険者向けの受付の奥には闘技場だか鍛錬場だか……それなりに運動が出来るスペースが広がっていて、明かに少年・少女、と呼べるような子が、歴戦の戦士っぽい教師から簡単な弓矢や剣の使い方のレクチャーを受けている。
うん、うん。未来の冒険者さんかな? 僕も飛べるようになったらリーリスさんと一緒に冒険してみたいなー。
さらに、その脇には動物の解体場だろうか?
むわっとする血の香り漂う施設だが、想像以上に清潔が保たれている。
そこでは、僕の身長の数倍はありそうなデッカイ刀で、シカのような動物を天井からつるし上げ、解体している髭のおっさんが、楽しそうにお弟子さんらしき人達へ指示を飛ばしている。
「おう、角や魔蓄石みたいな素材はこっちだ! 肉は部位ごとに分けてそっちに置いておけ! 肉屋に卸すって話だからな!」
どこの世界も、職人さんは威勢が良くてカッコイイね。
そんな感じでちょこ、ちょこ、歩きまわっていると、冒険者さん達の噂話が耳に飛び込んできた。
「カビた食べ物が!? マジかよ」とか「腐った物を小銀貨1枚!?」とか僕の依頼を指差し爆笑するパーティとか、そんな人たちの多い事!
僕の出したクエスト……やっぱり、ちょっと異質だったようだ。
他の探索クエストは、明らかに薬草と分かるような植物とか、毛皮とか、希少な鉱物とか、そういうものを求めている依頼しか見当たらない。
そりゃ……まぁ、浮くよね。




