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26 ミカケの小鳥 違いに気づく


「……失敗デス。」


 エシル姐さんに機材を借り、ろ過した液体に活性炭を入れ、その活性炭を酢酸水溶液で洗い、そこに炭酸水素ナトリウム水溶液を注ぎ入れ、出来上がった液体を鑑定したところ、


【鑑定】

 名前:薄いペニシリン水溶液

 効果:不純物が多く、薬品としては使用できない。


 と、出てしまった。

 

 うごごごごごご……

 濃度が薄いのは覚悟していたけど、不純物が多いのはどうしてなんだろう?

 やはりカビちゃんが悪いのか? それとも、何か工程を飛ばしている?


「まぁまぁ、レイニー、気を落としちゃダメっスよ。失敗なんて、成功に到達するための中間点に過ぎないっス!」


 にこぱっと微笑んで、僕の頭を優しくなでるリーリスさん。


「リーリスさん……」


 そっか。失敗は中間点……ね。

 なるほど、その考え方、好きだな!

 だって、それならゴールには絶対、成功が待っててくれるもんね!!


「レイニーは、どうしてコレ、失敗したと思うんスか?」


「そうデスね……僕の現時点の仮説デスけど、一つ目の理由は『培養したカビちゃんそのものの質』デス。本来、ペニシリンをたくさん作ってくれる精霊の住むカビちゃんは『ぺニシリウム・クリソゲナム』って種類なんデス。でも、それが見つからなかったので、今回は、別のカビを培養しているんデス」


「ふむふむ」


「だから、薬効成分が少なすぎて、培養中に他の良くないカビ等が混入した可能性が考えられマス」


「あー、それでレイニーはあんなにカビを探していたんスね」


 そうなのよ。

 一見、どれもおなじアオカビに見えても、種類が違うのですよ!


「カビについては、明日にでもギルドで依頼してみるっス」


「ハイ。それと、もう一つの理由は……薬効成分を分離するための工程にミスが有る可能性デス」


「なるほど……工程っスか……それなんスけど、たぶん、今日、俺の腐肉腫病の事が発覚したから……姐さんも『リポキロ』を増やしてると思うんスよね。10年もあれば、俺でも小金貨3枚は何とかなると思うし……」

 

 小金貨3枚は大金とはいえ、決して貯められない金額ではない。リーリスさんが一人で、貯金最優先な生活をした場合は、半年程度あれば、何とかなる程度の額だそうだ。


 リーリスさん曰く、エシル姐さんは、甘くはないけれど、きちんと小金貨3枚を持っていけば、優先的に身内に薬を売ってくれる……もしくは、取り置き分を作っておいてくれる優しさがあるらしい。

 ……と、なると、そろそろ数日前に仕込んでいたはずの『リポキロ』の元が仕上がってくるハズである。


 僕たちは、こくり、と頷きあう。

 おそらく、考えている事は同じだ。

 すっと、リーリスさんが差し出してきたのは、例の鳥の巣。


 うん、やっぱり同じだったわ。

 僕たちは、ハンドサインでグッドを形作る。

 そして、僕は己の身体を小鳥へと変えた。


 「あ、レイニー、羽が生えてきてるっスね。」


 「ぴよっ? ホント、デスか?」


 おお! 小鳥のヒナの成長は早いって鳥マニアの友人が言ってたけど、この数日でズル剥けピンクだった僕の身体に、わずかにグレーのダウンのようなものが生え始めている。

 産毛が生えそろったら、ヒヨコ感が出て、見るからに可哀そう or 気持ちが悪い生き物から、そこそこ可愛いヒヨコにクラスチェンジが可能だ。


 やったね!! ふふふ。これは、飛べるようになるのも早いのかしら?!

 あ、でも、鳥マニアの友人は、産毛が生えてズル剥けの赤ちゃん状態からヒヨコ状態になるのは早いけど、そこから飛べるようになるまでに時間がかかる……とも言ってたような?

 いや、鳥は性成熟するのに時間がかかるんだっけか?

 まぁいいや。とりあえず、まだこの巣のホカホカが無いと、長時間の変身がキツイ事だけは確かだ。

 

 リーリスさんは、そんな僕の隠れ入った巣を片手に、1階のエシル姐さんの作業部屋を覗く。

 僕の方をチラリと見て、頷く様子に、どうやら僕たちの予想通り、エシル姐さんが作業中であるらしい。



「姐さ~ん、ゴメンっス~、トイレの紙を取って欲しいっス~!」


「ええ? あのポンコツは……用を足す前に確認しろっていつも言ってるだろ! まったく!」


 リーリスさんが口元を隠して遠くから聞こえて来るように演出した声に、作業中のエシル姐さんが一旦作業部屋からトイレの方へと向かって行く。


 その隙に、リーリスさんは僕の潜んだ巣を作業部屋に設置し、するりと作業部屋を抜け出す。


「あれ? リーリス? ……トイレじゃないのかい?」


 エシル姐さんの声が、お手洗いの方から響いてくる。


「あ、姐さ~ん、ゴメンっス、えーと、あの……ちょっとお茶を飲もうとしたら零しちゃって~……」


 その声に、トテトテ、とエシル姐さんの足音がトイレから台所の方へ移動したかと思ったら、しばらくエシル姐さんとリーリスさんの声が聞こえたが、内容を聞き取れるほど明確ではない。

 恐らく、リーリスさんの言い訳がそれほど怪しまれなかったのだろう。

 しばらくすると、今度は彼女一人でこの作業部屋へ戻って来た。

 

「さてと……次は、あのポンコツの為にも、前に仕込んだ『リポキロ』を仕上げとかないと……」


 ブツブツと、「やれやれ、あの子は本当にポンコツだよ」とか「花街にも行った事が無いくせに梅毒とは……バカだねぇ……」とか、「アタシが何でも指示しすぎたせいで、あんなに考え無しになっちまったのかねぇ?」とか、小さな声で愚痴と懺悔を織り交ぜたようなひとりごとを繰り返している。


 ナイス・タイミ~ング!!


 どうやら、僕たちが忍び込んだタイミングはドンピシャリだったようだ。

 エシル姐さんは、前に培養中だった薄っすらとオレンジがかった液体を再度撹拌して、最終確認をしている。

 僕が巣の隙間から除くと、その培養液はまるで発酵しているかのように、ぷつ、ぷつ、と小さな泡が自然と湧き上がっている。

 エシル姐さんは、その培養液を丁寧にろ過すると、その、ろ過した後の液体を詰めた樽に、透き通った黄金色の液体をトット、トットと、まるまる一壺分注ぎ入れた。

 何を入れてるんだろう?


 【鑑定】

 名前:ミーブ油

 状態:ミーブの花の種から取られた上質な食物油。


 あぶら?!


 それをあんなにたくさん……比率としては、元の培養液2に対して1くらいの割合で注ぎ入れている。

 でも、水と油って、そのままだと分離したままなんだけど?

 エシル姐さんは、そのまま、培養液と油を混ぜるように、ばっちょ、ばっちょ、と天地返しを繰り返す。

 しばらく撹拌すると、今度は、培養液をそのまま放置。

 その間に、じょうごや機材を洗ったり、お湯を沸かしたり、とこまごまとした作業を進める。

 一定期間撹拌を停止し、置いておかれた培養液と油は、また奇麗に分離している。

 エシル姐さんは、それを確認すると、ミトンのような手袋で何かを掴み、培養液と油の入った樽の上部分を撫で始めた。


 何をしてるんだろう?


 すると、見る見るうちに、油が固まり始める。

 エシル姐さんは、固まった油を器用に網を張ったようなお玉で掬い取っては別の器に入れている。

 あらかたの油を取り終えたエシル姐さんは、ミトンで掴んでいた何かをポイっと箱の中に戻すと、「お~、冷たい、冷たい」とミトンを脱いだ手をこすり合わせながら、独り言のように呟いた。


 箱に戻された何かは、僕の位置からだと、物の影になっていて見えない。

 でも、エシル姐さんの反応や、別の容器に移された油が、しばらくすると、固体だった乳黄白色の塊から、再び透明な黄金色の液体に戻っているから、もしかして……ドライアイスみたいなものを利用して、油を冷やし、培養液と分離しやすくしていたのかな?

 

 この工程ってどんな意味があるんだろう?

 僕は、その取り出された油を再度【鑑定】してみた。


【鑑定】

 名前:ミーブ油

 状態:脂溶性毒素を吸収した油。食用に向かない。


 !? 油が変質してる?

 あ! そうか!! この一連の作業……培養液から、脂溶性の毒素を油の方に吸着させていたのね!


 僕の知っている日本のやり方は、無菌室のような実験施設での方法だけど、こんな密閉もクソも無い空間で培養する以上、不純物は多くなるはずだよ!! その分、毒抜きを丁寧に行っていたって事か!

 

 エシル姐さんは、油で洗った培養液をさらに、樽の下にある蛇口のような所から取り出し、油と水を完全に分離させ、その水溶液の部分に僕が活性炭と呼んでいるトウモロコシの芯から作ったような炭を投入している。

 そこから先の作業は、僕が知っている抗生物質の単離作業と同じだ。

 ただ、流石にフリーズドライの技術は確立していないようで、炭酸ナトリウム水溶液の状態で完成らしい。

 【鑑定】すると、その水溶液が『リポキロ』と、異世界版抗生物質薬品の名を冠していた。


 そこまでの作業を終えると、出来上がったリポキロを鍵のかかる戸棚に仕舞い、使い終わった道具を片付け、エシル姐さんは作業部屋を後にする。

 しばらくすると、そっと音を立てずに扉が開いた。


「……レイニー、大丈夫っスか?」


「リーリスさん! ダイジョブ、デス」


 僕たちは、こっそりと3階の自室に戻ると、人の姿に戻り、早速リーリスさんにさっき見た作業の説明をする。


「うーん……ミーブ油っスか?」


「珍しい油なんデスか?」


「いや、そこまで珍しくも、滅茶苦茶高くも無いんスけど……」


 聞けば、食用としてはちょっと格上の良い油なんだとか。

 日本の感覚だと、エクストラ・ヴァージン・オリーブオイルとか、バジルシード・オイルとか、その手の健康志向系の油に相当する代物のようだ。


「うーん、今日の市場で買っておけばよかったっスね~。いつもの3日の市だとみつかるか微妙っス」


 そうか……残念だけど、次の大きな市は10日後である。


「あ、でも、ポポムゥん家なら買ってストックして居るかもしれないっス。アイツ、結構、食べ物にこだわるんスよね~」


 他にも数件、リーリスさんのお友達に食道楽の方がいらっしゃるらしい。

 そんな訳で、翌日、リーリスさんはミーブ油探しに、僕は冒険者ギルドにつれて行って貰う事になった。


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