常識を疑う
「で、とりあえず僕たちの部屋にはベッドしかないわけだけど……何買えばいいかな?」
「家具……か。 そういえば家具ってどんなものがあるのか知らないなあ」
その言葉を聞いてナギサは笑った。
なぜ笑うんだい? 今何か変なこと言ったかな。
「本当に常識知らないんだねぇ。 じゃあご予算はどのくらいで? 私、結構あるから気にしないでもいいけど」
ご予算って、今金をいくら持っているかってことだよな。
王様がくれた金貨しかないなぁ。
「多分、この国のお金だよな。 これ。 一枚しかないけど何が買えるかな」
俺は金貨を取り出して、ナギサに見せた。
すると、ナギサは焦ったように言ってくる。
「ちょちょっと。 それすぐしまって、悪い人に見られたら大変だよっ!!」
「え、これが? もしかしてすごい価値があるのか?」
「すごい方なんてものじゃないよ。 そんな大金どうやって稼いだのさ?」
「どうやって……て、ちょっと金持ち相手に恩を売ったんだけど」
「相当なお金持ちをカモにしたんだね……」
ナギサが呆れ顔をする。 そんな顔も綺麗だな……男のくせに。
そんな顔に見惚れてか、警戒を怠ってしまい、肩をぶつけてしまう。
「おや、すまない」
「いてっーー。 これ、肩折れたわ」
「あーあっ。 どうしてくれんの? とりあえず治療費出してもらおうかな。 金貨一枚」
肩をぶつけた方の男は大げさに転げている。
その横で、もう1人の男が、たかりをかけてきた。
なるほど。 金貨は余程の大金なんだな。 さすがは、金。
「今ので折れてるわけないでしょ。 レム、相手にすることないよ」
「は? ねーちゃんそれはないわー。 まぁ、お前の身体で払ってくれてもいいけどよ」
男が、ナギサの腕を掴む。
ナギサは、怯えているのか震えているように見えた。
「……まぁまぁ。 確認するけど、俺のせいで折れた右腕は、金貨一枚で許してくれんだよね?」
「え? あぁ。 お前がおとなしく払ってくれればそれで平和に解決出来るんだぜ」
俺は懐から金貨を取り出す。
「ほら、まずはナギサから手を離せよ」
「あ、あぁ。 すまねえなねぇちゃん」
男がナギサから手を話すのを確認し、地に転がる男に近づく。
「いや、こちらこそ悪かったな。 骨折してしまった申し訳ない」
「い、いや。 いいってことよ。 何事も平和が1番だな」
「そうだな。 平和が1番だ」
俺は、言い終えると同時に、男の右腕に蹴りを放った。
当然、手加減はするが、それの腕をへし折るのに十分な威力である。
不愉快な音とともに、その男の腕は脱力していった。
「ひぎゃぁあああっ!! いてぇええええ」
「ほら、金貨だよ。 これで、平和平和」
「なっ、てめぇ」
「おい、金も手に入れたんだし、こんなやべえやつと関わるな」
「くっそー。 覚えてろよ」
「あれ、申し訳ない。 もう忘れてしまった」
「ちょっと。 レム、何やってるの」
「ん? あぁ。 これで家具を買う資金が……」
「そういうことじゃない。 本当に腕を折るなんて、暴力に訴えても何もいいことはないよ!!」
ナギサが必死な顔で説教をしてくる。
が、どこかピントが外れて聞こえる。
「何もいいことがないって、先に始めたのは向こうだぞ。 腕が折れたから、金を渡した。 全部向こうの言い分通りだ。 誰も文句は言わないだろう」
「そうかもしれないけど……あんな奴ら相手にするだけ損なんだよ。 暴力に訴えるなんて悪い事、最低だよ」
「そっか。 この国では暴力はいけない事なんだな。 俺の知ってる場所では、弱い奴こそ罪だったから」
「弱いが……罪? レム、一体どこに住んでたの?」
「え? あぁいや。 そんなことより、やっぱり俺は常識がないらしい。 これからも、俺の教育をよろしくお願いします」
「…………分かったよ。 とりあえず、もう暴力はなし、いいね?」
ナギサが小指を差し出してくる。
「分かった。 暴力はなし」
俺は、指切りげんまんの要領で小指を絡めた。
「切った……これは知ってるんだね」
「たまたまさ。 そうだ、最初に金庫に行きたいんだけど、案内してくれないかな?」
「え? 金庫ね。 分かったよ」
金貨は、バザー……前世でいう商店街の外れにあり、すぐたどり着くことができた。
かなり大きな建物で、人の往来が多かったが、受付をするとすぐに対応をしてくれた。
日本の役所も見習って欲しいくらいだな。
「今回はどんなご用ですか?」
「この鍵の金庫を開けたいんだ」
「かしこまりました。 香川お受取りいたします。 失礼ですが、こちらに親指を押し付けていただけますか?」
そこには、赤く光る機械があり、ちょうど親指の腹がぴったりになるようになっている。
指紋でも取るのかな。
俺がワクワクしながらそれに、親指をつけると、上から機械の断片が降りてきて挟まれた。
「うわうわー。 え? びっくりした」
「レム、デオ測定器も知らないんだね」
ナギサが後ろで呆れ顔をする。
いやいや、こんなもの普通知らんよね。
「はい、測定ができました。 本人確認は……血縁の方ですね。 息子さんですか?」
「え? あー。 はい。 そうです」
「かしこまりました。 ご案内します。 こちらへどうぞ」
「あ、はーい」
案内されるがままに、移動を開始する。
「失礼ですが、ここから先へは関係者以外立ち入り禁止なので、レム様以外は……」
「あ、ナギサは通っちゃダメ?」
「いえ、レム様がよろしいのであれば可能です」
「じゃあ許可するよ。 ナギサも来たいよね?」
「うん。 君の金庫の中なんて、どんな魔境になってるかすごく気になるし」
「魔境て……じゃあレッツラゴー」
案内の人が、空中に鍵を挿し、回した。
その動作が契りになって、金庫が開いていく。
金庫の中は、とても輝いていて、明るかった。
そのはず、金貨が銀貨がバッサバサに入っていた。
「では、私はこちらでお待ちしておりますので、用が終えたらお申し付けください。 あっ、このキーはプラチナキーになっておりますので、中の金貨は取り出さなくても会計が可能です」
「え? どゆこと?」
「会計の際、このキーを見せれば自動で会計がすみます」
「うっわー。 ハイテクー」
「こちら、アーティファクトの中でもオーパーツになりますので、どちらかといえばローテクですね」
「ボケもこなせるとは、この国の公務員はやるねぇ」
「いえ、当金庫は民営となりますので公務員ではありません」
「へぇ。 じゃあ行こっか、ナギサ」
「へ? あっうん。 中広いねー」
今固まってたな……金貨一枚で大金と言うのだから、この量は、一体どんなことになるのかな。
「んー。 金貨っ!!」
辺りを見渡せど、金貨しか見えない。
「え? なにレムはお金持ちさんなわけ? もう家具は全部奢ってよね」
「ん。 いいよー。 プラチナキーも使ってみたいし……あれ?」
そこには一つの剣が刺さっていた。
土台に、冥王の聖剣と書かれている。
それを掴むが、抜くことは出来なかった。
「え? それって、聖剣……だよね? この世に10本ある、聖剣」
「おや? これがそうなのか。 まぁ抜けないしどうでもいいや。 もう行こうか……金貨しかなさそうだし」
「え? そんなあっさり……いいの?」
「んー。 早くしないと置いてくよ?」
「え、ちょっと待ってよー」
俺たちは金庫を後にすると、バザーの方に戻っていった。
バザーでは色々なものがよりどりみどりだ。
適当に家具を買い漁る。 それらは、家の住所にワープされることができるようで、ナギサがテキパキと買い物を終えてくれた。
「いやぁ。 ナギサがいると助かるなぁ」
「何言って……あれ。 ちょっと待ってて」
ナギサが向かった方向には、路地裏がある。
そこで、悪そうな男2人に、ひ弱そうな男が連れ込まれている。
「ちょっと、その子を放しなさいよ」
ナギサは勇敢にも、注意をしにいったようだ。
あいつ、人には文句言っておいて、自分は揉め事に顔を突っ込むんだな。
助けられたひ弱な男は、先に逃げていき、ナギサが絡まれる。
あいつ、今朝は震えていたくせに……仕方のないやつだな。
俺は、路地裏に足を運ぶ。
「なあ。 その手を離してくれないか?」
「なんだてめぇ。 こいつの連れか?」
「そうだけどさ……離せよ」
ちょっと強めの力で、ナギサを掴む男の腕を握る。
折りはしないが、痛めつける力加減で。
その痛みに顔を歪め、男は手を離した。
俺は、それを確認し、男を解放する。
「くそっ。 覚えてろよ」
男たちは、路地裏から逃げるように退散した。
「怪我させてないし……これならいいかな?」
「うん。 よかったよ、ありがとう。 あの子を助けてあげて」
「え? あいつを助けたのはお前だろ? 俺が助けたのはナギサだけだ。 そこで勘違いするなよ」
「それは……そっか。 ねぇ。 お腹空かない? お礼に僕、奢っちゃうよ」
「ほんとうに? それはありがたい」
「じゃあ、僕いいところ知ってるんだ。 そこ行こっか」
この後、ナギサにまさかあんな店に連れて行かれるとは、思ってもみなかった。
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