第二話 担保の庭
三年ぶりの園の門は、記憶より低かった。
私の背が伸びるわけもない。最初からこうだったんだろう。
午の鐘が鳴ったばかりで、草は乾いている。棚の下で人の手が止まった。こちらを見て、それからダリオを見る。
どちらへ挨拶するのが正しいかを測っている。
私から声をかけた。
「ピオ。まだ北の列を持っているの?」
いちばん奥の男が背を伸ばした。腰は昔から曲がっている。
「ご無沙汰しております、ヴィオラ様。北と、その裏までを見ております」
様という呼び方だけは三年前のままだ。門の鍵も、この人たちの賃金も、いまはベラーニ家にある。
「裏まで、か。人が減ったね」
「そうですね。減りました」
見知らぬ若い働き手が、剪定ばさみを下げたまま立っている。
話を聞かなくては。
「あなたはどの列を見ているのですか?」
「南の端です。今年に入って、色の違う枝を三本見ました。切ってよいか聞いたら、待てと言われて」
「良い判断です。南にいてください。北を見てから向かいます」
私がそう言うと、若い働き手はすぐ歩き出した。
「ピオ、北から行くよ」
ダリオは何も言わずに、そのまま北へついてきた。
◇
北の列がいちばん古い。幹は太く、樹皮は割れている。実の付きは落ちるが、こういう木は根が深い。日照りの年に生き残るのは、いつもここだった。
子どものころから、春はピオとこの列を端まで歩いた。切ったあとにどこから芽が出るか、日照りの年にどの株が残るか。再建案を書いたのは、それを何年も見たあとだ。
三本目で出た。
枝先が黒い。触ると、乾いた枯れ枝の折れ方をしない。
「ピオ。鎌を貸して」
付け根の側を少し削った。内側まで色が変わっている。もう一本削る。同じだ。
「四本目も。六本目も……」
「先だけだと思っていました」
「先だけなら枯れ枝。でも、これは中まで来ている。黒枝病だね」
言いながら指が先へ進む。北の列は端まで行かないうちに、三本に一本ほど当たった。
ここが中心だ。
「南は待たせて。北の列の端に印を付ける。ここから先は、私が見るまで誰も入らないで」
「入りません」
「触った刃は拭くだけにしないで、火に当てて。手間だけれど、そのほうが後で楽になる」
ダリオが初めて口を挟んだ。
「その手順も、全員に伝えます」
「伝えても、やる人がやらなければ同じですよ」
「やります」
ピオが言った。私にではなく、木のほうを見て。
◇
北の裏へ回ったところで、ダリオが足を止めた。
「セルヴァニ家のヴィオラさん。先に見ていただきたいものがあります」
ダリオは二枚の紙を出した。
三年前の朝、公証人からこの人が受け取ったものだ。
「一枚は、あなたの書いた案です。もう一枚は、私の父が融資の判断に使った写しです」
二枚を並べて、こちらへ向けた。読み終わるまで、何も言わないつもりらしい。
手に取って読んでみる。私の字だ。写しのほうも丁寧に写してある。
合っていない行が一つあった。
原案には、北のいちばん古い列を失う見込みが入れてある。融資を返せる形にするには、そこを捨てる。捨てたうえでなら勘定が合う。私はそう書いた。
写しには、その行がない。
落としたのは、私ではない。
「写しを作らせたのは、あなたのお父上の側です」
――父様。
「そして、私の父はこの写しで、セルヴァニ家に融資を決めました」
「計画に無理が生じるかもしれないと、分かって貸したんですか?」
「返せなくなれば、園がこちらのものになると分かっていました。分かって貸すこと自体は、いけないことではありません」
「では、何がいけなかったのですか?」
「何も。ただ私は、その園を今こうして持っています」
弁解を待っていた。来なかった。
この人は自分の父親を守らない。結果として、こちらの怒りの置き場所を一つ減らしている。それが計算なのかは、まだ分からない。
「なぜ今、これを見せるのですか?」
「木を見る前に渡せば、あなたの見方を変えるかもしれません。順を、こちらで決めたくありませんでした」
変わっていたと思う。
紙を返した。
「順に行きましょう」
◇
南の端まで歩いた。
色の違う三本は、いちばん若い列にあった。南は杭に添わせて低く仕立ててある。若い木は伸びが早い。それは、悪いものも同じ速さで先へ行くということだ。
「これは切る。ピオ、下の分かれ目の、そのまた下」
ピオの手に迷いはない。切ったあとで振り返り、合っているかを確かめる目だけが待っていた。
「合っている」
日はまだ高い。北の中心と、南の三本。園の端から端で、間には何もない。
雨はまだ来ていない。




