ミレアのクイズ
「……にしても、さっきのあんたといい、この町は〈流星の大魔導士〉さまに関する嘘で溢れてるわね」
広間のテーブルにゼンスディア魔法大学の課題を広げながら、ミレアがはあと大きな溜め息をついた。
「と言いますと?」
にこにこしながら首を傾げるルリラーテに、ミレアはだん! と拳をテーブルに打ち付ける。
「ルリも知ってるでしょ……〈流星の大魔導士〉さまが、この町にある夢吹雪亭っていう酒場に入り浸ってるっていう噂!」
「わおー」
ルリラーテは笑顔で仰け反ってみせる。ミレアは眉をつり上げながら、「あり得ない噂だわ……!」と身体をわなわなと震わせる。
「〈流星の大魔導士〉さまが酒場に入り浸るわけなんかないじゃない! 彼はきっと今、世界のどこかに銀色のお屋敷を建てて、銀色の小鳥たちと戯れながら、銀色の花々のガーデニングに勤しんでるに違いないもの!」
「どうしてそんなシルバー偏重主義なんですか?」
「〈流星の大魔導士〉さまが大層麗しい銀色の髪だったからよ……まるで銀世界をそのまま閉じ込めたかのようだったわ……」
うっとりとした様子を見せるミレアに、ルリラーテは「そうですかー」と若干棒読みで笑う。
「……そういえばあんたも銀髪よね」
「そうですねえ」
「あんたの伯父さんも銀髪だったわね」
「そうですねえ」
「まあ私は〈流星の大魔導士〉さまの銀髪一筋だから! ごめんね?」
ミレアが両手を合わせて軽く頭を下げると、ルリラーテが超小声で「……あとで全部ネタにして、からかお」と呟く。
「ん、ルリ、なんか言った?」
「いえいえ何も言ってませんよっ! わたし、ミレアちゃんの〈流星の大魔導士〉への愛、もーっと聞きたいなあ♡」
「あら、素晴らしい心がけね! それなら今から、『奇跡が起きて〈流星の大魔導士〉さまと再会できたら振る舞いたい手料理ランキングベスト五十』を発表させてもらうわ!」
「わおー、五十個もあるなんてびっくりです!」
「それでは第五十位から発表するわ! 映えある第五十位は――」
「……ミレアちゃん。ルリちゃん。戻った」
ミレアの発表を遮るようにして、シュシュの言葉が降ってくる。ルリラーテとミレアの側にラルゼースとシュシュは立っており、ラルゼースは遠い目をしながら耳を塞いでいた。
「ちょっとあんたたち、いつからいたの!? どこから聞いてたのよ!?」
「ミレアちゃんが『あら、素晴らしい心がけね!』って言った辺りから」
「そうなのね……というかラゼ、どうして耳塞いでるわけ!?」
「……気恥ずかしいランキングが発表されようとしていたので」
「私の〈流星の大魔導士〉さまへの愛が恥ずかしいって言いたいのー!?」
ラルゼースに摑みかかろうとするミレアの袖を引っ張りながら、「どうどう、どうどう」とルリラーテは笑顔で抑止する。
「全く……ラゼは何となく癇に障るわ。もっと〈流星の大魔導士〉さまを見習いなさい!」
「はい……」
まさか自分を見習えと命令される日が来るとは、と思いながらラルゼースは頷いた。
ミレアはテーブルに頬杖をつきながら、「それで」と口を開く。
「まだ地図室に行ってくるって言ってから全然時間経ってないけど、ダンジョンの地図と座標はちょっとでも頭に入ったわけ?」
「はい。ちょっとではなく、全て頭に入れてきましたよ」
「す、全て……!? この短時間で全部頭に入るわけないじゃない!」
「……そう思われるなら、私にクイズを出してみるのはいかがですか?」
ラルゼースの提案に、ミレアは「じゃ、4―73―18には何がある?」と腕を組んで問う。
「スミュラーレの湖の南端ですね。凶暴な魚系の魔物が幾つも生息しているそうです」
「……っ」
ミレアは赤色の目を見開いた。それから「……じゃ、じゃあ、8―25―91は!?」と焦ったように尋ねる。
「ジュルニサーグの森の一画ですね。一帯に生えているきのこは、胞子を吸うだけで麻痺症状を引き起こす大変危険なものです」
「……っ! ま、まぐれよ!」
ぷいっとそっぽを向いたミレアに、ルリラーテは悪戯っぽく笑いながら「〈流星の大魔導士〉は人のことを素直に褒められる女性を尊敬すると思いますよ?」と人さし指を立てつつ告げた。
「きゅ、急に何よ、ルリ! どうしてあんたが〈流星の大魔導士〉さまの人の好みを知ってるわけ!?」
「一般論ですよ、一般論! この世界では基本的に、人のことを素直に褒められる人が人気です!」
「た、確かに……!」
ミレアは衝撃を受けた顔をしてから、どこか拗ねたようにラルゼースと目を合わせる。
「そ、その……ラゼにも、すごいとこ、あるじゃない……」
そう口にしてから、「……これで満足かしら!?」とミレアは再びそっぽを向く。
「満足、といいますか……ええと……ありがとうございます、ミレアさん」
そう言って、ラルゼースは柔らかな微笑を湛える。
ミレアはそんな彼の微笑みをちらりと横目で見て、静かに目を丸くした。
「…………? ミレアちゃん、どうかしたんですか?」
首を傾げたルリラーテに、ミレアはぶんぶんと首を横に振って「何でもないわっ! ただ、何でか、ちょっとだけ……重なっただけ、で」と段々と小さな声音になる。
「重なったって……何と何が重なったんですか?」
「掘り下げようとしないでくれる!?」
課題の教科書で顔を隠すミレアの側で、ラルゼースとルリラーテは目を見合わせて一緒に首を傾げた。シュシュだけは理解できたようで、「まずい……気付いちゃったらミレアちゃんがでかいライバルに……」とぼそぼそ呟いている。
「まあミレアちゃんの謎はさておき、一度ダンジョンに向かいませんか?」
「ダンジョンに、って……まだ通信石は光ってないわよ? 光ったらルリの転移魔法で直接移動した方がよくない?」
教科書からちらりと顔を覗かせるミレアに、ルリラーテは両手でラルゼースを示しながら桜色の唇を開く。
「ほら、わたしの伯父さんはダンジョンに潜ったことがないので! まずはダンジョンの上層部で、軽く肩慣らしでもどうかなあと思ったんです!」
「なるほど……ルリ、あんたにしてはいい考えじゃない!」
「あはは、どうもどうもー。シュシュちゃんと伯父さんもそれでいいですか?」
ルリラーテに問われ、ラルゼースとシュシュはこくこくと頷いた。
「決まりですねっ! ではでは、行きましょう♡」
ルリラーテは銀色の長髪をふわりと揺らしながら椅子から立ち上がる。ミレアも広げていた課題を鞄に仕舞うと腰を上げた。
四人はダンジョン目指して歩き始める。




