妖精たちが眠る世界
ダンジョン第一層・〈妖精たちが眠る世界〉。
ラルゼースは目の前に広がる景色を見て、息を呑んだ。
桃色の葉を茂らせている樹々は、前世で見た満開の桜のよう。そんな樹々がまるで色彩豊かな花を咲かせているかのように纏うのは、数多の球形の優しい光。余りにも幻想的な情景であり、それでいて、ここが地上とは全く異なる世界だということをひしひしと感じさせた。
「見惚れちゃいましたか、伯父さん?」
隣を歩くルリラーテがにこにこと話しかけてくる。ラルゼースはそっと頷いた。
「ええ……美しい光ですね」
「ですよねっ! 〈発光する妖精〉が生み出す光なんですよ!」
「へえ……」
ラルゼースは真っ白のローブのポケットに手を突っ込みながら、静かに相槌を打つ。
妖精も魔物の一種だ。魔物の中では珍しく、人間への敵意を持たないことが特徴として挙げられる。
だがこの妖精は、地上には存在していない――ラルゼースは揺らめく光を見つめながら、(……ダンジョンの魔物も今後一通り暗記した方が安全でしょうね)と考える。
もっとも知らない魔物であっても、ラルゼースの魔法があれば問題なく戦えるのだけれど――
「あっ……魔物」
シュシュの声が聞こえて、ラルゼースは視線を前方に向ける。
そこには三体の〈氷塊に閉ざす狼〉が立っている。美しい藍色の双眸に、ラルゼースたちの姿を反射していた。
「私の出番ね」とミレアが好戦的な眼差しをしながら言う。淡い紅色の唇を開いて、素早く呪文を紡いだ。
「【赤く煌めく火の花よ】」
瞬間、今にも四人に襲いかかろうとしていた〈氷塊に閉ざす狼〉たちの身体が真っ赤な炎に包まれた。その炎は、どこか花々が咲き誇っているかのようで――〈氷塊に閉ざす狼〉はその命を消し炭にされ、段々と空色の光の粒に包まれていく。
ミレアはラルゼースの方を向くと、「どうよ!?」と胸を張った。
「パーティー新入りのラゼ、これが私の実力よ! 恐れ入ったかしら!」
「そうですね……とても強力な炎の魔法だ。ミレアさんはすごい方ですね」
ラルゼースは優しい微笑を湛えながら、ミレアを称賛する。
真っ直ぐに褒められるとは思っていなかったのか、ミレアは「ふぇ!?」と動揺したような声を漏らす。それからラルゼースの微笑みを一秒見つめて、ばっと目を逸らした。
「……だから何で、重なるの……こんなくたびれたおっさんと、〈流星の大魔導士〉さまが……」
ぶつぶつと小さな声で呟くミレアに、言葉を聞き取れなかったラルゼースとルリラーテは顔を見合わせて同時に首を傾げる。シュシュはその横で「まずい……まずい……」とわなわな震えていた。
謎の空気になった気がするので、ラルゼースは話題を変えようと思って口を開いた。
「つまり御三方の魔法は、ミレアさんが炎、シュシュさんが治癒、ルリラーテが転移なのですね」
ルリラーテが「その通りですよっ」と笑う。
「そして伯父さんが五属性の魔法を使えるので、これで属性たっぷりパーティーになりましたねっ!」
「おお、待ちなさいルリラーテ」
ラルゼースは呆然と姪にツッコみを入れる。先ほど自分が五つの属性を扱えることは胸の内に仕舞ったというのに、普通にルリラーテがばらしてきた。
ラルゼースの予想通り、ミレアが「はあーっ!?」と訝しげな顔をする。
「五属性!? そんなわけないじゃない! 五属性の魔法を扱えたら、〈流星の大魔導士〉さまと同じになっちゃうわよ!?」
ミレアの言葉に、ルリラーテは「あ」と一瞬固まってから、「……てへっ!」とちろりと舌を出した。
「全くもう……今日のルリは冗談がぶっ飛んでるわね。いつも冗談ばかり言う子だけど……」
「いやはや失敬しました! これも全部ミレアちゃんが可愛いせいですね♡」
「そこに何の因果関係があるのよ!」
わちゃわちゃし始めるルリラーテとミレアを、ラルゼースとシュシュは微笑ましげに見つめる。
――そのときだった。四人が首から下げている通信石が、きらきらと輝き始めたのは。
救助依頼の合図――途端に、全員の目付きが変わる。
ラルゼースが自らの通信石に浮かぶ座標を確認すると、「3―41―65」を示していた。
最初の数字が表すのは第何層であるかということ。つまり、第三層で発生した救助依頼ということになる。
(第三層……?)
ラルゼースは眉を顰める。現在踏破されているダンジョンは第十三層まで。下層に行けば行くほど魔物は手強くなる――それなのに、第三層。随分と上層だ。
同じことを思ったのか、ミレアが「……かなり浅い階層ね」と零す。
「とにかく、現場に向かいましょう! みんな、わたしの腕を掴んでください!」
ルリラーテの言葉に、ラルゼース、ミレア、シュシュはそれぞれ彼女の細い腕を掴む。
ルリラーテは青い目を細めて、早口で呪文を紡いだ。
「【この星のあの場所へ】」
瞬間、四人の身体は銀色の星屑のような光に包まれて。
第一層から、忽然と姿を消した。




