地図室とシュシュ
――地図室。
現在解明されているダンジョンの内部構造を記した地図が保管されている部屋である。
ラルゼースは木製の椅子に座りながら、テーブルの上に数多の地図を広げていた。
『なので伯父さんもまずはダンジョンの地図と座標を頭に叩き込みましょう!』
町でのルリラーテの言葉を思い出す。暗記はかなり得意だ。前世では受験のために、今世では魔法を極めるために、膨大な知識を暗記してきたから。
地図室にはラルゼース以外の姿はなかった。ラルゼースが時折指の腹でとんとん、と地図を優しく叩く音が、静かな部屋の中に響き渡る。
「……ラルゼースくん?」
背後からそんな声が聞こえてきて、ラルゼースは思わず身体を強張らせた。
振り向くと、そこにはいつの間にかシュシュが立っている。広間で四人でいたときは特に口を開かなかったので、彼女の声をちゃんと耳にするのは初めてだった。
「……シュシュさんですか。というか、ええと……その……私は、ラゼですよ?」
「誤魔化さなくていい。君は本物の〈流星の大魔導士〉でしょ?」
「……まあ、それはそうなのですけれど」
シュシュは眠たげな空色の目を柔らかく細めながら、「当たり」と微かに口角を上げた。
それからラルゼースの隣の椅子に腰かけて、テーブルの上に並んでいる地図を覗き込む。
「……どう、少しでも覚えられた?」
「少しでも、といいますか……八割ほどは頭に叩き込みました」
「この短時間で八割も……? ……すごい」
シュシュは夜明けのようにうっすらと微笑う。
(……姪と同学年の女性に褒められるのは、何というかむず痒いですね……)
そんなことを考えるラルゼースへ、シュシュはぐっと顔を近付ける。
「ねえ、ラルゼースくん……今、何歳?」
「え……? ……三十九歳ですけれど」
「はうっ」
シュシュは心臓の辺りを両手で押さえる。
「だ、大丈夫ですか……?」
「うん……大丈夫。ただ、ときめいてしまっただけ」
「と、ときめき……?」
ラルゼースは不思議そうに瞬きを繰り返す。今の会話のどの辺りにときめき要素があったのだろうか?
戸惑うラルゼースへ、シュシュはほんのりと顔を赤くしながら小さな声で言う。
「実は自分……歳の差恋愛に、昔から憧れてるの」
「……え?」
「歳の差……それはロマン。理想は百歳差だけど、自分の百歳上は大体寿命を迎えてる……」
悲しそうな面持ちで言うシュシュに、ラルゼースは取り敢えず頷きを返してみる。
「……ねえ、ラルゼースくん。伴侶や恋人は、いる?」
「……いませんね」
「はうっ」
シュシュがまたしても心臓の辺りを両手で押さえる。
「これは……運命の出会いかも、しれない。どう、ラルゼースくん? 年下は、恋愛対象に入る?」
シュシュは恥ずかしそうに言う。ラルゼースは(これは一体どういう状況なのでしょう……)と遠い目をしてから、シュシュへと優しい微笑を返した。
「シュシュさん……悪いことは言いません。貴女は貴女と同年代の殿方と、お付き合いをするべきだと思いますよ」
「同年代……? ……そそられない。歳の差というスパイスが、ない」
「……どうして、そうまでも歳の差重視なのですか?」
「気になる!?」
シュシュはきらきらと目を輝かせて、斜めがけにしている鞄から何やら本を取り出した。
――表紙には、白い翼の生えた天使のような青年と、亜麻色の長髪の少女が抱きしめ合っているイラストが描かれている。
「――この本が、自分に『理』を教えてくれた」
「『理』を……!?」
「そう。『百歳差恋愛は正義』という理をね」
シュシュはうっとりとした表情で本を抱きしめる。ラルゼースは(世界は広い……)と心の中で呟いた。この翼の生えている青年が、この長髪の少女よりぴったり百歳上ということだろうか。
シュシュの手の隙間から見える表紙とラルゼースが目を合わせていると、彼女はそっと首を傾げてみせた。
「でも……少し意外。〈流星の大魔導士〉なんて、女性から引く手数多だったと思うのに……恋愛や結婚に興味がなかった?」
「いえ、そのようなわけではなく……女性からのお誘いを『照れるから』という理由で何度も断っていたら、『誰のものにもならない、みんなのもの』的な扱いを受けるようになり……訂正せずに過ごしていたら、こんなことにね」
遠い目をしながら語るラルゼースに、シュシュは「なるほど」と言いつつガッツポーズをしてみせる。
「……何故、ガッツポーズを?」
「恋愛や結婚に興味があるなら、自分にもチャンスがあるかと思って」
「……悪いことは言いません。同い年との名作恋愛小説を今度探しておきますね……」
ラルゼースの言葉に、シュシュは「むむむっ」と軽く頬を膨らませる。
「歳の差恋愛チャンス、前途多難……でかいライバルも、いるし」
「でかいライバル……?」
「ミレアちゃんのこと」
シュシュはそう語ると、唇を尖らせる。




