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ルリラーテの提案

 少女――ルリラーテの言葉に、マリが目を見開いて「ラルくん、姪っ子さんがいたの……!?」と驚いたように言う。


「……言っていなかったですっけ」

「言ってないね……」

「えー、伯父さん、わたしの話してくれてなかったんですかー? もうっ、寂しいなあ」


 ルリラーテはそう言って頬を膨らませる。

 マリが微笑みながら首を傾げた。


「ええと……ルリラーテちゃんは、お幾つなの?」

「十八歳ですよ! 春からこの町のゼンスディア魔法大学に通い始めたんです!」

「ゼンスディア、って……すごい、名門校じゃない!」

「えへへっ、どんどん褒めてください! あ、葡萄ジュースってありますか?」

「あるよ! 今作るからちょっと待っててね」


 マリは笑顔で頷いて、葡萄ジュースを用意し始める。その隙にラルゼースは颯爽と苺ジュースに口を付けながら、ルリラーテへ「……驚きました」と話しかけた。


「まあ、そりゃ驚きますよね! だってわたし、もっと北の方に住んでましたもん。寂しかったんですよっ、伯父さん全然遊びに来てくれないし!」

「だって、北の方は寒いですから……」

「そんなの、ルリラーテちゃんへの愛でびゅーんと吹き飛ばしちゃってくださいよ♡」

「愛で寒さは吹き飛びません」

「そこを何とかっ!」


 ルリラーテは両手を合わせて「お願いします」のポーズを取る。


(……相変わらず元気な子ですね。一体誰に似たのでしょう……)


 ルリラーテの母であるラルゼースの妹も、ラルゼースと同様物静かなタイプのはずなのだが。ラルゼースは突然変異、という単語を脳内に浮かべながらもう一度苺ジュースに手を伸ばそうとして、葡萄ジュースを用意し終えたマリがくるりと振り向いたので颯爽と手を引っ込めた。


「お待たせ、ルリラーテちゃん! 葡萄ジュースだよ」

「わーい! ありがとうございますっ」

「いえいえ。……あれ、ラルくん、苺ジュースが少し減ったような気がするけど、まさかお水を飲み終える前に飲んだりしてないよね……?」

「気のせいだと思います」

「気のせいか……」


 訝しげな眼差しでマリに見つめられ、ラルゼースは壁の方へと視線を逸らす。

 その横で、葡萄ジュースをごくごくと飲んだルリラーテが「ぷはあっ」と言った。


「すごい……めちゃめちゃ美味しいですっ!」

「ふふ、ありがとう。ルリラーテちゃんは苺ジュースよりも葡萄ジュースが好きなの?」

「そうですね、苺ジュース飲むとなんかぽわぽわしちゃって……」

「家系的な体質なんだ……」

「なので、葡萄ジュースしか勝たん♡ ですよっ」


 ルリラーテは楽しそうに告げてから、「そうそう、今日は伯父さんに用事があるんですよ!」とラルゼースへ笑いかけた。


「私に……? というか今更ですけれど、私がここにいるってよくわかりましたね」

「町の人に聞いたら一発でしたよ! 〈流星の大魔導士(ステランディラ)〉が夢吹雪亭に入り浸ってるのはこの町では有名らしいです!」

「そうなのですね……」


 ラルゼースは遠い目をする。世界を救ってからというもの、彼のプライバシーはあんまり尊重されなくなった。


「……で、私への用事というのは何ですか」

「よくぞ聞いてくれました! 実は伯父さんには、わたしたちと一緒にダンジョンに潜ってもらいたいんです!」


 ――地下世界ダンジョン

 数年前の地殻変動によって生まれた、地下に広がる大迷宮。折角勇者たちが世界平和をもたらしたというのに、結局人間というやつはスリルが好きらしい。地上とは比べものにならないほど凶暴な魔物が跋扈するその世界には、様々な美しい未知や高価な財宝が眠っている。


 ラルゼースは目を見張り、少しの間沈黙して。

 それから、静かに首を横に振った。


「……結構です。私はもう、戦いの中に身を置くのには疲れたのですよ」

「えー、そこを何とか! それと伯父さん、もしかしたら勘違いしてるかもなんですけど……ダンジョンに潜る目的は攻略とかではなくて、むしろ()()()みたいな感じ、といいますか」

「……後始末?」


 ラルゼースは眉を顰める。ルリラーテは「そうです!」と力強く頷いた。


「実はわたし、ダンジョン救助のボランティアを始めたんです」

「ダンジョン救助のボランティア……?」

「その通りです! ダンジョンで魔物に襲われたり、凶悪なトラップに引っかかったり……そういうパーティーを救いに行くボランティアです!」

「……それ、ボランティアとしてやるにはだいぶ危ないと思うのですけれど」

「勿論お仕事としてもありますよ。でも、ゼンスディア魔法大学は学業の妨げになるからってアルバイトを禁止してるんです」


 やれやれ、という表情で言うルリラーテ。(なのでボランティア、って……大学側が頭を抱えそうな抜け道ですね)とラルゼースはひっそり思った。

 ルリラーテは真面目な顔をして、ラルゼースを覗き込む。


「どうですか、伯父さん? 救うのが目的だとしたら、話は変わってきませんか?」


 姪の澄んだ青色の瞳に、ラルゼースは深い溜め息を吐いた。


(……昔、話したことを未だに覚えているのですね。私の()()のことを……)


 かつての世界を救う旅は、正直ラルゼースにとってかなり大きなストレスだった。

 とある事情から、ラルゼースは人の死を強く恐れているから。

 だからもう、戦いの世界に身を置くのはやめたかった。ポテトチップスを食べながらサブスクでのんびり映画を見続けるような、それの異世界版の暮らしをしていたかった。


(……でも)

(このままずっと逃げ続けているのも、よくないのかもしれませんね……)


 この十三年間、だらだら生きてきた。世界を救った報酬で貰った莫大なお金を少しずつ使いながら、磨き上げた魔法を特に何かに活かすこともせずに。

 だが、そう生きることが正解だとは思えなかった。救うことは苦しさを伴うけれど、救わないことにも苦しさが伴うのもまた事実だった。


 ルリラーテが今日自分の元を訪れたことは、もしかしたら人生における何かしらの意味があるのかもしれない――


 ラルゼースはルリラーテと目を合わせて、首肯した。


「……わかりました。ブランクはあると思いますが、貴女がそれだけ来てくれと言うのならお供しましょう」

「わあ、ほんとですか!? やったー! 伯父さん神ですっ!」


 ルリラーテは腕を広げて喜びを示してみせる。


(……あんなに小さかったのに、もうこんなに大きくなったのですね)


 子どもの成長は早い――前世でも今世でも時折耳にした言葉が、ふっと頭の中に蘇る。

 ルリラーテは右手の人さし指と中指を立てながら、笑った。


「そしたら、ミレアちゃんとシュシュちゃんに伯父さんのこと紹介しなきゃですね!」

「……ん? 待ちなさい、誰でしょうかそれは」

「同じボランティアのパーティーの女の子です! ゼンスディア魔法大学の同級生なんですよ♡」


 ルリラーテの言葉に、ラルゼースは(……ルリラーテの同級生ということは、恐らく十八歳……?)と冷や汗をかく。次の誕生日を迎えれば四十代に突入する自分が、果たして十代の少女しかいないパーティーに馴染めるのか……?


「……ふふっ。紅一点の逆バージョンだね、ラルくん?」


 声をかけられたのでマリの方を見ると、彼女はとても冷たい目をしていた。


(何故……!?)

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