夢吹雪亭にて
十三年前、勇者とその仲間たちは世界を滅ぼさんとする魔王を討った。
〈流星の大魔導士〉・ラルゼースは、仲間の一人である。
新雪を溶かしたような長い銀色の髪を緩く纏め、切れ長の青色の双眸は世界の理を映し出すよう。
長身痩躯で儚げな美貌を持つ彼に、恋心を抱く女性の数は計り知れなかった。
――でも、それも十三年前の話。
あの頃二十六歳だったラルゼースは、今は三十九歳のおっさんになっていた。
酒場・夢吹雪亭にて。
ラルゼースはカウンターの席に座りながら、うとうととしていた。
銀色の長髪を緩く結んでいるのは昔と変わらない。けれど顔には年相応の皺が刻まれ、剃るのが面倒なのか銀色の無精髭が少しばかり生えていた。
彼の側にあるグラスに入っているのは、淡い赤色の液体。決して酒ではなく、「トリュリンセの森」に群生しているトリュリンセ苺から作られたジュース――要は苺ジュースである。
カウンターを隔てて彼の向かい側に立っている酒場の店主の女性――マリが、おかしそうに微笑う。
「ラルくん、また苺ジュースで酔っちゃった?」
「……別に、酔っていませんよ……ただ少し、頭がふわふわして眠くなるだけですから……」
「世間ではそれを酔ったと言うんだよ?」
マリは編んだ緑色の長髪を淡く揺らしながら、新しいグラスに冷水を用意してくれる。
「はい、お水飲んで?」
「……だから、酔っていませんって……」
そう返しつつ、ラルゼースは氷の入った水に口を付ける。
「苺ジュースで酔うって不思議な体質だよね。安く酔えていいかもしれないな」
「……お金なら、腐るほどありますけれどね」
「そうだった。流石、世界を救った大魔導士さん」
「からかわないでくださいますか」
ラルゼースは冷水を喉に流し込みながら、困ったように言った。水のお陰か、ぼんやりとしていた頭がすっきりしてくる。残っていた苺ジュースに手を伸ばそうとして、身を乗り出したマリにがしっと手首を掴まれた。
「……どうかしましたか?」
「いや、ラルくんがもう一度自然に酔いにいこうとするものだから……」
「だって、あの感覚が好きなのですよ。昼間から苺ジュースを飲む――理想の生活ではありませんか?」
「『昼間から酒を飲む』に比べたら健康に聞こえるけど、ラルくんにとって苺ジュースはアルコールだから」
「……酒場の店主が『昼間から酒を飲む』を不健康だと見做すのですね」
「お酒は好きだけど、フェアな視点を忘れないのがいい女だよ?」
マリはそう言ってぱちんとウインクしてみせる。「いい女」と言っても、マリは二十六歳だ。三十九歳のラルゼースのぴったり三分の二の年齢であり、世界を救った十三年前のラルゼースとちょうど同い年である。
(十三歳も年下の女性に「くん」付けで呼ばれるの、なんか歯痒いのですがね……)
そう考えながら、マリの手によってラルゼースは再び冷水のグラスを持たされた。
「苺ジュースの続きを飲むのは、このお水を全部飲み終わってからにしてね?」
「……このグラス、すごく大きいのですけれど」
「意図的だよ?」
「はい……」
笑顔のマリに、ラルゼースは項垂れた。マリを怒らせたことはないが、多分怒ると怖いタイプだ。大人しく、言うことには従っておこう――そう思いながら、ラルゼースが再び冷水を飲んでいると。
ばあんと大きな音を立てて、夢吹雪亭のドアが開かれる。
ハーフアップにされた美しい銀色の長髪と、ぱっちりとした綺麗な海のように青い瞳。
すれ違った人が息を呑むほどの麗しい容姿を持つ少女は、目を丸くしているラルゼースにつかつかと歩み寄っていく。
ラルゼースの隣の席に座って、脚を組みながら可愛らしく笑った。
「やあやあ♡ 伯父さんのだーいすきな姪っ子のルリラーテちゃんが遊びに来ましたよ♡」




