狩人に見張られる世界
ダンジョン第三層・〈狩人に見張られる世界〉。
銀色の星屑のような光が生まれ、臨戦態勢を取っているラルゼース、ルリラーテ、ミレア、シュシュが姿を現した。
四人の前に立ちはだかるのは、一体の〈雪景色を纏う蝸牛〉。透明な殻の中に吹雪が舞うような、まるでスノードームを背負った巨大な蝸牛。
〈雪景色を纏う蝸牛〉の側には、血を流して倒れている二人の魔法使いの姿がある。前世の妹の死を思い出し、ラルゼースの頭がずきりと痛んだ。
ミレアは「また私の得意な敵ね!」と地を蹴って駆け出した。
「ルリは怪我人を魔物から離れた場所へ! シュシュは怪我人の治癒をお願い! ラゼは私を援護して!」
「りょーかいですっ!」「わかった」「承知しました」
ルリラーテはシュシュと手を繋ぐと一瞬で怪我をしている魔法使いたちの元に転移し、もう一度転移して後方へ移動する。
〈雪景色を纏う蝸牛〉の粘っこい視線がミレアを捉える。ミレアはにっと笑った。
「覚悟しなさい! 〈雪景色を纏う蝸牛〉は炎に弱いんだから――【赤く煌めく火の花よ】」
ミレアが魔法を紡ぐと、〈雪景色を纏う蝸牛〉の身体が燃え盛る。
……だが、魔物の死の証である空色の光の粒に中々包まれようとしない。
「何でっ……私の炎なら一発のはずなのに!」
ラルゼースはミレアの焦ったような言葉に違和感を覚える。
彼はそっと淡い色合いの唇を開き、小声で唱えた。
「【黒色の流星】」
――解析魔法。ラルゼースが長い時間をかけて会得した、実戦において非常に強力な魔法だ。
ラルゼースの脳内に情報が溢れ出す。
一体の魔物と戦っているはずなのに、二体の魔物の綿密な情報が。
(……まさか)
ラルゼースは〈雪景色を纏う蝸牛〉の触角を見る。右側は身体と同じ半透明なのに、左側は禍々しい緋色と紫色をしていて――
「【赤く煌めく火の花よ】! 【赤く煌めく火の花よ】!」
ラルゼースが思考を巡らせる間にも、ミレアは絶え間なく炎の魔法を紡ぎ続ける。〈雪景色を纏う蝸牛〉の身体がようやく空色の光の粒に包まれ始め、勝利を確信したミレアは三日月のように口角を上げた。
そのときだった。
〈雪景色を纏う蝸牛〉の身体を食い破るようにして、禍々しい緋色の魔物が花開いたのは。
「えっ……!?」
緋色と紫色のまだら模様をした、第十二層に数多く生息する化け物のような巨大な蝶。
――〈人を食べる蝶々〉。
「そんな……何でこんなに下層の魔物が!? 私たち、まだ第十層までしか行けないのに……!」
絶望的な面持ちを浮かべるミレアへ、〈人を食べる蝶々〉が肉を溶かす毒液を吐く。逃げ場がないほど広範囲の毒液に、ミレアはきゅっと目を瞑って――
「【水色の流星】」
――ラルゼースが二人の頭上に生み出した分厚く広い氷の壁によって、守られる。
「えっ……」
唖然としているミレアの前で、ラルゼースはもう一度「【水色の流星】」と唱えた。毒液は氷塊に閉ざされ、夜空に溶けていく流れ星のように氷塊ごと消失していく。
ラルゼースの青い瞳には、青い炎のような静謐な怒りが確かに滲んでいた。
双眸には、ゆらゆらと羽ばたく〈人を食べる蝶々〉が映り込んでいる。
「……ミレアさん、下がっていてください。ここは私が対処します」
ラルゼースは魔物への怒気が滲んだ声でそう告げて、再び毒液を吐こうとする〈人を食べる蝶々〉を睨み付けた。
「【黄色の流星】」
ラルゼースの言葉に呼応するように、〈人を食べる蝶々〉を切り裂くように雷が落ちる。〈人を食べる蝶々〉は耳をつんざくような悲鳴を上げて、ふらふらと地面に落下していく。
「【緑色の流星】」
ラルゼースは再び容赦なく魔法を使う。地面から刃物のような植物が一気に現れて、失神している〈人を食べる蝶々〉を切り刻んでいく。透明な血がとろとろと溢れ出し、ばらばらになった〈人を食べる蝶々〉は少しずつ空色の光の粒に包まれていく。
ラルゼースは静かに、深く、息を吐いた。緩く結わかれた銀色の長髪は微かに乱れていた。
彼は振り向くと、呆然と瞬きを繰り返しながら地面に座り込んでいるミレアを見る。
ラルゼースは膝を折り、ミレアの赤色の双眸と視線の高さを合わせた。
「……お怪我はありませんか? ミレアさん」
「……う、ん」
「そうですか……それはよかったです」
ラルゼースは黎明のように優しく微笑う。それから「……立てますか?」と、ミレアへ右手を差し出した。
ミレアの瞳に、じわりと涙が滲んで。
彼女はラルゼースの手を取るのではなく、ラルゼースに勢いよく抱きついた。
「う、うわあああああああん! 怖かったあああああああ!」
ぐすぐすと嗚咽を漏らすミレアに、ラルゼースは驚いた顔をしてから、「……そうですよね」と頷いた。
「自分より格下の魔物に寄生し、油断した人間を葬ろうとする狡猾な魔物……地上でもちらほら見かけましたが、この地下でいきなり出くわすのは想定外でした」
「ぐす……それともしかして、ラゼって……」
ミレアが何を聞こうとしているかはわかった。ラルゼースはそっと首肯する。
「……そうですよ。私は本物の〈流星の大魔導士〉です」
「……うわあああああああん! 私、〈流星の大魔導士〉さまに何て態度をおおおおおおお!」
号泣するミレアに、ラルゼースは困ったように微笑みながら「……別にお気になさらないで大丈夫ですよ」と口にした。
そんな二人に、ルリラーテとシュシュがとことこと駆け寄ってくる。
「やほやほ、怪我人を本部に送り届けてきましたよー……って、おおおおお、何ですかこの状況は!?」
「……恐れてた事態、発生」
きらきらと目を輝かせるルリラーテと、口から魂が抜けたような表情をするシュシュ。
対照的な反応を見せる二人に、ラルゼースは思わず少しだけ笑ってしまう。
「可愛い姪っ子のルリラーテちゃんも伯父さんに抱きついちゃうぞ♡」
「……ミレアちゃんもルリちゃんもやるなら、自分もやる」
「待ちなさい、待ちなさい」
まるでおしくらまんじゅうのような状況になりながら、ラルゼースは遠い目をする。
そしてふと、思った。
(……救うことができて、よかった)




