04【翌日のコンタクト】
隔離区域から引きずり出された私は、王城の応接室へと運ばれていた。
ソファにしがみつき、温かいハーブティーのカップを震える両手で握りしめている。
私の前では、国王オン様、王妃ビー様、そして神官長が、今にも泣き出しそうな顔で頭を下げていた。特に涙もろいという王妃様は、すでにハンカチで目を真っ赤に腫らしている。
「本当に、申し訳ありませんでした、虹歳様。まさか、ユーが初対面であそこまで暴れるとは……。女神の贈り物である貴女に、これほどの恐怖を植え付けてしまうなんて。どんなお詫びをすればいいか……」
国王様のその言葉に、私は深く俯きながら、小さく首を振った。
接客用の明るい仮面をかぶる余裕はまだない。私は、本当の自分の、暗くて言葉少なみなトーンのまま、ぽつり、ぽつりと声を絞り出した。
「あの……違うんです。誤解、しないでください……」
「え……?」
「私は……あの王子様の、狼の姿が怖かったわけじゃ、ありません……。すごく、もふもふしていて……本当は、可愛いなって、思ったくらいで……」
私の言葉に、国王たちが一斉に目を見開く。
「ただ……私、大きな声で怒鳴られたり、怒られたりするのが……その、すごく苦手で。びっくりして、腰が抜けちゃっただけ、なんです。だから……王子様は、悪くないです」
嘘偽りのない本音だった。
私の心は、女神の加護のおかげで彼には読めない。人の心が読めるというユー王子は、きっと私の心の中にある、彼への純粋な「もふもふしてて可愛い」という感想なんて微塵も読み取れなかったのだろう。私の、男性恐怖症ゆえの恐怖や拒絶の表情を敏感に察知して、「また化け物だと嫌われた」と絶望し、あんな風に自暴自棄に怒鳴ってしまったに違いない。お互いに不器用で、お互いに怯えていただけなのだ。
「虹歳様……貴女という方は、どこまでお優しいのだ……」
神官長が感動に声を震わせ、王妃様に至っては「ううっ、ユー、よかったわねぇ……っ」と大号泣し始めている。
「……明日、もう一度だけ、王子様のところへ行ってもいいですか?」
私はカップを見つめたまま、静かに言った。
◇
そして翌日。私は再び、あの鉄格子の部屋を訪れていた。
檻の奥から、昨日と同じように巨大な黒狼――ユー王子が、今度はひどく怯えたような、バツの悪そうな金色の目で私を見つめていた。唸り声は上げない。ただ、私を傷つけるのを恐れるように、檻の最奥で身を小さく丸めている。
「……こんにちは、ユー殿下」
私は檻の手前で立ち止まり、努めて静かに、刺激しないような低いトーンで話しかけた。
「昨日は、驚いて泣いちゃって、すみませんでした。私……狼姿の殿下のことは、全然怖くないんです。ただ、大声を出されると、びっくりして動けなくなっちゃうだけで……」
ユー王子は、ピクリと大きな耳を動かした。金色の瞳が、じっと私を見つめる。
彼は私の「声」と「佇まい」から、本当に悪意がないかを必死に推し量ろうとしているようだった。
「だから……怒鳴らないでくれたら、私、平気です。……ちょっとだけ、触っても、いいですか?」
私はゆっくりと手を伸ばし、鉄格子の隙間から、檻の内側へと差し入れた。
ユー王子は一瞬、息を呑むように体を強強張らせた。けれど、彼は暴れなかった。代わりに、ゆっくり、ゆっくりと巨体を揺らしながら近づいてきて、その大きな漆黒の頭を、私の手のひらの下へとそっと差し出してきたのだ。
そっと、その毛並みに触れる。
「……あ」
想像以上の、圧倒的なもふもふ感。そして、生き物の確かな、温かい体温。
ユー王子は、私の純粋に好意的な手つきに驚いたように、喉を小さく鳴らした。よく見ると、彼の太い尻尾が、床の上で左右に小さく、本当に無意識といった様子でパタパタと揺れている。
(……可愛い。やっぱり、この人、基本は穏やかで、ちゃんと話を聞いてくれる人なんだ……)
けれど、しばらく撫でていると、ユー王子の金色の瞳がふっと鋭くなった。胸の奥から「グルル……」と、昨日とは違う、何かを必死に堪えるような荒ぶる衝動の唸りが漏れ出す。
「――っ、下、がれ……っ! 感情が、抑え、られな――」
檻の内側から、信じられないほど低くて格好いい、ユー王子のイケボが漏れる。
(あ、これ、大事にされたり好きって雰囲気を察すると、嬉しすぎて照れて暴れちゃうやつだ!)
「殿下、また明日来ますね! ありがとうございました!」
私は王子のコントロールが切れる前に、素早く手を引いて部屋から退散した。
急な別れ際だったけれど、不思議と恐怖はなかった。背後で「あ、待て……っ」と悶える王子の低音ボイスに、内心で(声、死ぬほどかっこいい……!)と激しく悶絶し、合掌する。
部屋の外へ出ると、私は式服の隙間から自分の左胸――心臓の位置をそっと覗き見た。
昨日まで冷たいほどに真っ白だった彼岸花の模様。その細い花びらの端っこが、ほんの少しだけ、ぽっと朱色に染まり始めていた。




