98.むしり取られる翅
「廻目が裏切りですって!!!」
大神官執務室では、雅姫の報告を受けた菊姫が激怒していた。
「現在反乱軍は、防人様を総大将とし、初姫、廻目殿とともに北上中です。その数、およそ六千」
もの凄い音を立てて、物が散らばる。
菊姫が机の上の物をぶちまけたのだ。
女官が報告に飛び込んでくる。
「伝令です! 反乱軍は塩屋関を越えました。守備兵は無抵抗で関を明け渡したそうです」
「守備隊長を捕らえなさい! 捕えて首を刎ねてしまいなさい!」
菊姫が怒鳴る。
「そ、それが守備隊も反乱軍に加わったそうです」
「う、う、う、裏切者め! 神都内にいる裏切り者の一族郎党を皆殺しになさい!」
「はっ!」
そう言って出て行く女官と入れ替わり、次々と報告の女官達が入ってくる。
「坂巻ノ庄の鵺姫が裏切りました!」
「ぬえ~!」
「梓の庄の萌姫が挙兵しました!」
「もえ~!」
「元東ノ庄の侍大将朽木孝明殿が砦作成の仕事はないかと来ております!」
「……それはどうでもいい」
「毬姫様が牢から出してくれ、申し開きがしたいとおっしゃっています!」
「まだ反省が足りないようね。百叩きにでもしておきなさい!」
「羽衣の関が民衆によって破壊されました!」
「何なのよもう!」
菊姫は椅子から立ち上がり、怒鳴り散らした。
「裏切り者どもを殺しなさい! 反乱を起こした庄を焼き払うのです! 街道筋の庄に命令し、各関所に集まり、敵を絶対に撃破せよと伝えなさい! 成功した庄は、来年の年貢は無しにするわ!」
「はっ!」
女官達が伝令を伝えに出て行く。
「菊姫様、恐れながら各関所にて敵を迎撃するのは各個撃破されるだけです。兵をすべて神都に集めるのです。そうすれば、我らと合わせ四千程にはなるでしょう」
雅姫の言葉に、菊姫は鬼のような形相で振り向いた。
「それで勝てるの!」
「これだけでは勝てません。しかし勝負に持ち込むことは出来ます。四千で敵の勢いを抑え、愛姫様にお出ましいただくのです」
「愛姫様に!?」
「今や我らの有利は神都を抑えていることと、愛姫様がいらっしゃることのみ。さらに今は愛姫様の兄上、草安命様もいらっしゃいます。これに賭けるほかございません」
「雅姫! 神都まで敵を迎え入れると言うの!? それで負けたらどうするのよ!」
「兵力を集中させ、愛姫様のお出ましを頂けば、兵達はきっと奮い立つことでしょう」
「だからそれで負けたらどうなるのよ!」
「神都の城壁の外で戦えば、城壁の守りを生かして戦えます」
「何度も言わせないで頂戴! それで負けたらどうするのかって聞いているのよ! 神都の城壁で負けたらここまですぐじゃない! 嫌よ! そんなのわたしは嫌! 関所に伝えなさい! 絶対に反乱軍を押しとどめなさいって! 出来なければ死罪にするって!」
「……菊姫様……そのような御命令を出せば、関所の兵達が反乱軍に加わる一方です」
「雅姫! わたしの言うことが聞けないの! あんたは黙って言うとおりにしていればいいのよ! 関所の兵達の神都にいる親族を人質にしなさい! 裏切ったら殺すと言いなさい!」
混迷を極める大神官執務室に、どかどかと波姫が入ってきた。
「菊乃姉さん! わたしにくれるって約束した、母上の領地をいつになったらくれるのよ!」
「波乃……わたしはそんなこと約束したつもりはないわ……」
「……そういうこと言うんだ。わたしを騙したのね!」
「いったい何の話なの……」
「わたし、彼に劇場をプレゼントするって言っちゃったじゃないの! どうするのよ! 嘘つき! 姉さんは噓つきよ! 自分が大神官になったものだから、領地が惜しくなったんでしょう! この、大噓つき!」
そう言うと波姫は、もの凄い音を立てて執務室の扉を閉め、立ち去って行った。
何のことだか分からないと混乱している菊姫を見ながら、何者かによって自分達の翅が、少しずつむしり取られていくような恐怖を雅姫は感じていた。
(何者かの手のひらの上で、我々は血塗られた死の舞を踊らされている……)
自分達がどれだけ抗おうとしても、その何者かの計画通りに、確実に、着実に、滅ぼされようとしている。雅姫は、自分の遠く及ばないその相手に、死を覚悟した。




