94.廻目頼光
月見ノ庄の庄館の大広間に、神都軍の総大将、兵部官長廻目頼光は通された。
上座に座るのは、多比人と初姫。その後ろに侍大将の西村義盛と雪が立っている。
兵部官長より防人の方が、身分が高いという初姫の意見によるものだった。
「突然来訪した無礼、お許しいただきたい。兵部官長廻目頼光と申す」
そう言って廻目が頭を下げる。
「敵陣にたった一人でやって来た度胸は認めよう。して要件は何だ!」
そう言って初姫が廻目を睨みつけ、詰問する。
詰問しながら初姫は思う。
(きゃー頼光様。以前よりちょっとシブくなっている。ますますいい男になってる!)
「いや~ぶっちゃけて言うと、本日そちらに突撃するようにとの神都の命令書が届きました」
「ほう。してどうする?」
(久しぶりに声を聞いたけど、昔と全然変わらない。低い男の人の声って素敵!)
「さすがの俺も、防人様の聖剣めがけて突っ込めとは部下に言いずらくってさ」
「降参でもしに来たか」
(あ、いまニヤッとした。この人こういう笑い方するのよね。かっこいい!)
「ははっ、降参出来れば苦労しねえ。だがそりゃ命令違反になる」
「ふっ、では何をしに来た」
(あ~ん、降参してくれたら一緒にいられるのに! 牢に監禁してわたしだけのものにしちゃったらどうしよう!)
「決まっているだろ。戦だよ!」
廻目はそう言うやいなや、刀を居合で抜いて多比人に斬りかかった。
多比人の首に届く寸前で、廻目の刀は雪の刀によって防がれていた。
「チッ、やっぱりそう甘くはないか。渾身の一撃だったんだけどなあ。さすがは防人様だ。瞬きひとつしないとはな。俺の負けだ」
そう言って、廻目は刀を置いて座りなおした。
「戦は俺の負けだ。これで神都からの命令違反にもならねえ。都合のいい話だが、俺の首で部下達の命は助けてやってくれないか、この通りだ」
そう言って廻目は多比人に平伏した。
(全然見えなかった)
多比人は廻目の刀の動きが全く見えていなかった。瞬きすることすら出来なかった。多比人は動揺しているのを悟られないように必死だった。
(雪さんに防いでもらえなかったら完全に死んでいた。ヤバかった……)
「それは都合のいい話ですね、廻目さん」
多比人の言葉に、廻目は平伏したままだ。
「頼みます防人様! 部下は悪くねえ! 殺すのは俺だけにしちゃくれねえか!」
廻目が床に額をこすりつけて多比人に懇願する。
「そんなに死にたいならいいでしょう。防人自ら聖剣で殺してあげましょう」
そう言って、多比人は右手を横に広げると、白く輝く聖剣『神祓』が出現した。
(ようし、廻目さんの首に聖剣を当てて、『今までのあなたはたった今死にました。これからは生まれ変わったつもりでみんなのために精進してください』って言ってみよう)
多比人は城郷ノ庄での成功体験を思い出していた。
あの時は結構いい感じだった。
みんなが、『さすが防人様!』と言って賞賛してくれた。
顔を上げて聖剣を見た廻目が、観念して頭を下げて首を差し出す。
多比人が廻目の首に聖剣を当てようと、腕を振り上げたその時だった。
「あんまりでございます!」
そう言って初姫が、廻目を庇って両手を広げ、仁王立ちに立ちはだかった。
「仮にも廻目殿は神都軍の総大将。その総大将が降伏しているというのに、聖剣でぶった斬れば首はおろか、肉片ひとつも残りますまい! 多比人様は酷すぎます!」
初姫がものすごい形相で多比人を睨む。
(え~と、ちょっと首に聖剣を当てようとしていただけなんですけど……)
多比人は聖剣を振り上げたままだ。
「多比人様は武士としての情はないのですか!」
初姫は目に涙を溜めて多比人に抗議する。
(え~と、正確に言うと僕は武士じゃないし……防人なんだけど……)
「殺すならわたしごと斬り殺しなさい!」
初姫が両手をひろげて言い放った。
多比人がちらと部屋の隅を見ると、楓が口を手で押さえて笑うのを堪えている。
(あいつ! 絶対面白がっている!)
「初姫、やめるんだ。死ぬのは俺一人でいい。聖剣の巻き添えになるぞ!」
廻目が初姫を下がらせようとするが、初姫は頑として動かない。
「頼光様とともに斬られるなら本望です」
「初姫……お前!」
「頼光様!」
二人は見つめ合った。そして抱き合い、多比人に言った。
「「さあ、お斬りください!」」
(斬れるわけないだろ~! これで斬ったらどんだけ悪人だよ~!)
「ぎゃははははは! もうだめだ! 堪え切れない!」
向こうで楓が腹を抱えて笑っている。
「もう聖剣、おしまいになってもいいのでは……ぷぷっ」
雪まで笑いが堪えられない、というか笑っていた。
多比人がばつが悪そうに聖剣を手の中に引っこめると、雪が言った。
「今回は多比人様、かっこ悪かったですね」
多比人は後で知ったのだが、初姫が廻目のことを好きなのは、周知の事実だったらしい。みんなが知っているようなことを、自分だけ知らないということが多比人にはよくあった。
聖剣を首に当てようとしただけだったと聞いて、初姫は多比人に謝り、廻目はこう言ってくれた。
「死んだつもりでお役に立ちます」
廻目が大人で良かったと、多比人はほっとした。
翌日、早速月見ノ庄の庄館で、廻目の神都軍も加わった作戦会議が行われた。
反神都軍の陣容は、総大将数馬多比人、総指揮官初姫、部隊長廻目頼光と西村義盛。総兵力は五千五百。明日早朝をもって進軍を開始し、神都制圧を目指すこととなった。
「最大の敵は愛姫様だ」
廻目が言うには、関所や街道に自分達の障害となる勢力はほぼいない。神都まではそれほど苦も無く行けるだろう。神都には雅姫や利姫率いる兵が二千ほど守備しているが、それよりも神都には規格外の力を持ち、神界の支配者たる愛姫様がいる。その愛姫様に勝たなければ最終的な勝利はあり得ないとのことだった。
「それは僕が何とかする」
多比人は皆を前にそう宣言した。
そして『婿見せ』に挑むべく、出陣前夜、雪と祝言を上げることにした。




