93.砦職人 朽木孝明
「天職に巡り会えた……」
元東ノ庄の侍大将朽木孝明は、感涙にむせびながらそうつぶやいた。
「はじめて親方に褒められた!」
ここは月見ノ庄に接する神都軍の砦の建設現場。朽木は日雇いの仕事を求めてやってきていた。
朽木は二メートル近い体躯と、馬鹿力だけはあるのだが、丁寧な作業というのが出来ず、着いたあだ名が『ウドの大木』の前後を省略した『ドノ』。どこの現場でも怒られてばかりいた。
しかし今回の現場は違った。砦建設では板の継ぎ目や接続部は弱点になる。そのため、使用される板や丸太は大きなものが使われる。それを運ぶ仕事は何人もの人手がいり、大変な作業なのだが、ドノはひとりで板や丸太を運ぶことが出来た。頑丈な砦の資材は壊れることもない。
「ドノ! こっちも頼む!」
「さすがドノ! これも運んでくれ!」
「お~い、ドノ! こっちにもあるぞ!」
「ドノパイセン! パン買ってきてください!」
「ドノさん! ジャンプ買ってきてください!」
初めて味わう、仲間達から寄せられる心地良い信頼の声。
朽木は、砦造りは自分の天職だと確信した。
(これからは砦造り専門で行こう。どうしよう、砦造りのドノとか呼ばれるようになっちゃったら。砦造りにはドノがかかせません、ドノがいなければ砦は造れませんって言われちゃったらどうしよう。いつか雪に『こんな立派な砦を造れるなんて素敵! 結婚して!』とか言われちゃったらどうしよう)
朽木は妄想が止まらなかった。
今朝もやる気満々で、スキップしながら現場に来ると、誰もいなかった。
「あ、ドノ! 建設中止になったからもう来なくていいよ。お疲れ!」
親方はあっさりと、朽木にそう告げた。
その日、誰もいない現場で、夕方まで大男が膝を抱えて座っているのが目撃された。
☆ ☆ ☆
「砦なんて造るのやめて、すぐに突撃しろってさ」
兵部官長廻目頼光が、大神官の印が押された命令書を見せながらそう言った。
「神都では橘樹様が拘束され、菊姫様が大神官を名乗っていると聞きます。そんな大神官の命令など、聞かなくても良いのではないですか! 突撃は我々に死ねと言っているようなものです!」
廻目の副官、木下は不服を隠さない。
「そ~はいかないよ。俺たちゃババアの私兵じゃない。誰であろうと大神官の命令は絶対だ」
集まった神都軍の幹部達は、廻目の言葉に黙ってしまう。
軍隊とはそういうものだ。
幹部達は十分理解している。
だとしてもあんまりだ。あの規格外の防人の聖剣に勝てるわけがない。無駄死にするだけだ。だからと言って、聖剣が恐ろしくて突撃できませんとは口が裂けても言えない。
「まあ、なんだ。ちょっくら俺が様子を見て来るよ」
廻目の言葉に幹部達が動揺する。
「様子を見て来るとは……敵陣に行かれるということですか!?」
「そう大げさに言うなよ木下。どうも防人様には俺達をぶった斬る気はないらしい。初姫は昔からの知り合いだ。ちょっと様子見に行くだけだよ」
「私も参ります」
「ありがとよ。でも、こういう時はひとりで行った方がいいんだよ。ひとりなら、向こうも意外と手を出しにくいものだ」
そう言って、廻目は幹部達を見回しながら笑った。
幹部達は知っていた。
廻目がこう言ってこともなげに笑う時は、命を懸けている時だと。
☆ ☆ ☆
「誰か来ます!」
物見の報告を聞いた初姫が、櫓に登って確認する。
多比人の毎朝の日課によってズタズタになった大地を、えっちらおっちら乗り越えてこちらに歩いてくるのは、敵の総大将廻目頼光だった。
初姫は昔、廻目に告白してフラれたことがあった。
(頼光様……)
初姫の胸がきゅっと痛む。
初姫がまだ結婚していないのは、廻目のことが忘れられなかったからだ。
若かりし頃、剣術で無双していた初姫が、初めて完膚なきまでに負けた相手が廻目だった。
それ以来、ずっと廻目のことを想い続けている。
「おい、頼光。わたしが結婚してやろう。ありがたく思え」
「やだ」
人生初めての告白は撃沈だった。
自分の告白の何がいけなかったのだろう。
戦術や知略に長じているにもかかわらず、初姫は全くの恋愛オンチだった。
塩屋関で神都軍が来ると聞いて、速攻で退却したのも廻目と戦いたくなかったからだ。
(いま、わたしと頼光様は敵同士。ああ……)
初姫の心の中では、庄長としての自分と、恋する乙女の自分が戦っていた。
「あれは敵将の廻目殿です! いかがいたします、初姫様!」
「奴はひとりか。よし、庄館に通せ。ひとりと言えども奴は剣の達人だ。警戒を怠るな!」
「はっ!」
(どうしよう……頼光様に会える! こうしてはいられない、お化粧直さなくっちゃ!)
初姫は櫓から駆け下り、自室へと走って行った。




