92.大神官菊姫
「まずは月見ノ庄に展開する神都軍四千。あと、東ノ庄付近の警戒に当たっていた橘樹様の私軍一千を抑えねばなりません。彼らはいまだ橘樹様に忠誠を誓っているはずです」
大神官の執務室では、菊姫、波姫、時姫、雅姫、利姫が神界の地図を見ながら今後の方針を考えていた。
「時姫、東ノ庄はあなたの旧領、何とかならないの?」
波姫が時姫の顔を見る。
「私が出向けば東ノ庄周辺の庄長は、協力して橘樹軍を攻撃してくれることでしょう。ただ、土産は必要です」
「いいわ。その辺の母の旧領の一部はくれてやるわ。時姫、成功すればあなたにも東ノ庄をあげるわ」
菊姫の言葉に時姫が頭を下げる。
「最大の懸念は月見ノ庄の神都軍です。彼らが神都に攻め入れば、我々の二千の兵では太刀打ち出来ません」
雅姫の言葉に、沈黙が流れる。利姫が口を開いた。
「いま、月見ノ庄の現場は長期戦を呈しています。廻目殿に、すぐさま落とせと命令するのはいかがでしょう。月見ノ庄を攻め落とせても、敗れても神都軍は弱体化するでしょう」
「どちらにしても神都軍は弱り、そこを叩けばよいという訳ね。よし、大神官名で命令しましょう。背けば逆賊よ」
そう言って菊姫がにやりと笑う。
「ただ菊姫様。これだけ兵を動かすとかなり金がかかります。ただでさえ今は神館には金がありません」
雅姫が帳簿を見せながら財政事情を説明する。
「やむを得まい、緊急時よ。各庄から臨時の税を徴収しましょう。代わりに祈祷札をくれてやればいいわ」
その菊姫の言葉に、利姫が答えにくそうに言う。
「それが……愛姫様が……橘樹様がいないのをいいことにだらけ切ってしまって、草安命様と遊んでばかりいて祈祷札を全く造っていただけません」
「……神様ばかりはしょうがないわね。まあいいわ。今回の臨時徴収の代わりに、来年はその分税を軽くすると伝えなさい」
「承知しました」
「みんないいい? この一か月が正念場よ。新しい神界を造るのよ!」
菊姫はそう言って、四人を見渡した。
翌朝、早速時姫は出発した。
神館を出た時姫は、完全武装して馬にまたがり、振り返った。
時姫の背後には、同じく完全武装して騎乗した『訴訟前裁き処』の部下百名程が付き従っていた。いずれも多くが庄長を務めていた一騎当千の強者達であった。
前夜、時姫は波姫に、自分は忠実な部下であること、兵を率いて戻ってきた際は、波姫のどのような指示にも従うことを誓った。
波姫はさも当然と言った感じで高笑いしていた。
(愚かな三姉妹です。こちらが流す噂を簡単に信じて引っかかる。やはり神界をあの者達に任してはおけませんね。掃除が必要です)
時姫は部下達に向かって声を張り上げた。
「これからが私達にとって正念場です! この場所に再び帰ってくるときは、すべてを決する時です! 私達の誇りを取り戻すのです!」
「応!」
姫達が覚悟を決めた声で応える。
滝姫が時姫に言った。
「我らは神館に囚われ、一生下働きとしてこの命を終えるものと覚悟しておりました。時姫様のおかげで今、自分達の誇りを、家族を、奪われたものすべてを取り戻す機会を与えていただきました。この御恩に報いるため、我らの命、すべて時姫様にお預けいたします」
「応!!!」
姫達の目は、覚悟を決めた武士の目をしていた。
時姫は姫達を見て、自分自身に誓った。
(私は負けません。必ず兵を率いてこの神都に帰ってきます。そしてこの姫達と、新しい神界を造ってみせます)




