90.存在価値
神都軍圧勝の報は、神界中に広がっていた反神都の不穏な動きを一掃した。
やはり神都軍には防人と言えど敵わないのか。
急速に減少に転じた斑病罹患者と祈祷札の無料配布が、神都への不満を薄めていた。
一方、月見ノ庄に逃げ込み、守りを固める初姫達に対して、廻目頼光は完全に攻めあぐねていた。
「これってどう考えても無理筋じゃない?」
頼光のボヤキを聞いて、頼光の副官、木下守純はため息をついた。
「あの防人様の聖剣、ヤバかったですね。大地どころか山まで斬れてましたよ」
「どう考えても反則だろう。いくら俺達の鎧が祈祷札と同じ、愛姫様の加護で守られているって言ったって、あれは無理だ。しかも聖剣って防人様の体と一体化してるんだろ。夜中に忍び込んで剣を奪えばどうにかなるって訳にもいかないしなあ」
「敵と対峙すると言って、こんなに離れて布陣するなんて今までで初めてですよ」
神都軍四千は、数で劣る月見ノ庄の千五百の兵を抑え込んではいたが、聖剣の及ぶ範囲を恐れ、はるか遠くに布陣しており、どちらが優勢かは微妙だった。
しかも毎朝多比人が運動がてら、神都軍の手前の大地を聖剣で切り裂くので、精強な兵達もうんざりしていた。
「そう言えば、何で防人様は攻めてこねえんだろ。何かあるんだろうなあ、攻めて来れない理由が。ババアは無力化すればいいって言ってたけど、無力化ねえ」
頼光は、毎朝の日課の聖剣振りを始めた多比人を、遠くで見ながら木下に指示を出した。
「ここに砦を作るぞ。ババアに金と資材を送れって連絡しろ」
☆ ☆ ☆
「あら、主。あいつらなんか作り始めましたよ」
楓が神都軍の方を指さす。
前に展開する部隊の裏では、木材を運んだり、土を運搬している。
多比人は最初のうち、塹壕みたいなものでも作っているのかと思った。
しかし徐々に、木の板による壁が出来、櫓が作られ、砦を作っているというのが判明した。
「神都軍は永遠に月見ノ庄と対峙する気ですな」
月見ノ庄の庄館で行われた会議で、侍大将の西村義盛がそう言った。
「多比人様の聖剣を恐れ、持久戦を選んだのでしょう」
その初姫の言葉に、多比人が謝る。
「すいません、僕が聖剣で人を殺めないって決めているばかりに……」
「それは良いのです。攻めてこないだけで十分です。幸い四千の兵では月見ノ庄を取り囲むことは出来ず、物資はいくらでも入ってきます。それよりも……」
初姫が言いよどむ。
「それよりも?」
多比人の疑問に、西村が答える。
「もしこの状態で冬が終われば、兵達は田畑の農作業を行わねばならず、戦線の維持は困難です。兵達のほとんどは農民なのです」
今でも庄の防御は兵達がローテーションを組んで、休みを入れながら行っている。田植えの準備などが始まれば、そんな休みでは済まないのだろう。
冬明けまでこの状態なら月見ノ庄に勝ちはないということだ。
「かといって、持久戦は神都側も相当なリスクです」
初姫は、時姫から送られてくる神界の情報を教えてくれた。
「いま、神都側の塩屋関の大勝利によって、神界全体の反神都の動きは停滞しています。しかし、穀物の備蓄が厳しくなってくるこれからの時期、どこで反乱がおこるか分かりません。そうなれば、神都軍は我々ばかりを相手をしてはいられないでしょう」
つまり、神界全体が冬明けまで落ち着いていれば月見ノ庄の負け、反乱が起きれば勝ちという訳だ。
「姉のことですから、何か仕掛けるということですね」
そう言って、雪は初姫を見た。
初姫がにこりと笑う。
「さすがは姉妹、お分かりのようですね。具体的な内容までは記されておりませんでしたが、近いうちに何かを仕掛けるそうです。時姫様は今や神都で第五神官になられたそうです」
「第五神官!?」
雪は思わず声が裏返った。自分の姉は神館に囚われ、奴隷のような日々を送っているとばかり思っていた。第五神官とは、この神界で上から六番目の地位だ。庄長どころの騒ぎではない。
「囚われの身でありながら、この神界のトップレベルの地位に出世するとはさすがです。わたしはライバルに、かなり差を開けられました」
初姫は不敵な笑みを浮かべて言った。
「負けてはおれません。時姫様の仕掛けに乗じて必ずや、この初姫が神都に攻め上って見せます!」
初姫の気合いっぱいの姿を見て、多比人は思った。
(美好課長にしても、春ばあちゃんにしても、女の人ってすごいなあ……何であんなにポジティブなんだろう。囚われの雪のお姉さんを救わなきゃって思っていたけど、僕の手助けなんて必要ないんじゃ……)
多比人は自分の存在価値が揺らいでいくのを感じていた。
そんなこともあって、多比人は少しは自分も役に立ちたいと思った。それで毎朝運動がてら、敵陣との間の大地を、『神祓』で切り裂いてみることにした。こうすれば、敵もおいそれとは攻めてこないだろう。
その日課を繰り返すうち、多比人は敵陣を見つめながら、初姫がため息をついているのをしばしば見かけるようになった。




