85.もっちゃんの回想 1
「わあ、綺麗なお花ね。すごいねもっちゃん、こんな綺麗なお花を見つけて!」
華姫は満面の笑顔で私にそう言った。
私にはその笑顔が眩しすぎて、まともに顔を見られなかった。
「このお花を持って行けば、もっちゃんが一番ね!」
今日は東ノ庄近辺の庄長が集まる年に一度のお祝いの日だ。子供達は鷹姫様に、誰が一番綺麗な花を届けられるかを競うのだ。鷹姫様が一番と評してくれた子供には、ご褒美がもらえる。
「どうしたの? もっちゃん?」
花の前で逡巡している私に、華姫が不思議そうに聞いてくる。
「……あの……お花を採っちゃったら……お花がかわいそうかなって……」
そう言ってうつむいている私は、本当に男らしくない。
華姫はそんな私を馬鹿にするに決まっている。いや、馬鹿にしてほしかった。
そうすれば、華姫に憧れる想いも断ち切れるからだ。
「もっちゃんは優しいね。わたし、もっちゃんのそういうところ、大好きよ」
そう言って笑った華姫の笑顔は、どんな花より美しかった。
華姫と私が、六歳の頃だった。
華姫はとても美しく、優しい子だった。
五月の森の日差しのように透明で、周りをやさしく包み込む明るさがあった。
当然、多くの男子から好かれ、華姫の周りにはたくさんの優秀な男子が集まっていた。
私は武術が苦手で、力もそんなに強くなかった。人前に出るのも苦手だった。
本当に男に生まれて良かったと思った。
女に生まれたら、実家の庄長を継がなくてはならない。幸い、妹は元気いっぱいで社交的な性格なので安心だ。
母は、かつてこの家は何百年か前の防人様が、神都に攻め上った際の先陣を務めていた家柄だと自慢していた。しかし、前回の春姫様の神討ちでは声は掛からなかったらしい。何百年かのうちに、我が家も東ノ庄が庇護する十把一絡げの庄とも言えない小さな庄に成り下がったようだ。
東ノ庄の周りの山間には、我が家のような小さな庄がひしめき合っている。作物が採れない年には東ノ庄から援助してもらう代わりに、何かあったら駆けつけるのだ。そんな関係が何百年も続いているものだから、結びつきは強い。
それらの庄は、盆暮れ正月にかぎらず普段から東ノ庄に出入りすることが多い。東ノ庄に出かける母に、私はよくくっついていった。
当然、華姫に逢いたかったからだ。
華姫はとても明るい女の子だったが、体が生まれつき弱く、よく寝込んだ。
そんな時は、華姫が好きな花や鳥、綺麗な風景を描いた絵を持ってお見舞いに行った。
「本当にもっちゃんは絵が上手いわね~。うらやましいわ」
家では何の役にも立たないと怒られる絵を、華姫だけは褒めてくれた。
私は華姫に褒めてもらいたくて、さらに絵を描くようになった。
親からは、武術を鍛錬して、東ノ庄の侍大将にでもなってもらいたいと最初は期待していたようだが、あまりの才能のなさに最近は諦めたようだ。
武術が出来ず、絵などを描いている私は、よく近隣の庄長の息子達から馬鹿にされた。寝込んでいる華姫に精をつくものを獲ってこようと、誰が一番獲物を獲ってこられるかを皆で競った。私だけが何も獲ってこられなかった。生き物を殺すということが怖かったのだ。
「華姫! こいつはビビッて目の前の獲物に矢を撃つことすら出来なかったんだぞ!」
武術に秀で、女子達から人気のあるイケメンの男がそう言って、私を馬鹿にした。
「もっちゃんは優しいんだから、そんなこと出来るわけないでしょう!」
「ヘタレなだけだろ」
「もっちゃんを馬鹿にしないで!」
寝床から体を起こして、華姫が顔を真っ赤にして怒ってくれたのが嬉しかった。
華姫は、二十歳になる頃には本当に美しい女性になっていた。
或る時、いつものように自分の描いた絵を持って華姫のお見舞いに行った時だった。
「ねえ、もっちゃん。お母様は、東ノ庄だけ良ければそれで良い。神界全体のことなど気にするなと言うけどどう思う?」
そう言って華姫は下を向いた。
そうだった。華姫はいずれ東ノ庄の庄長になる運命だ。私のような気楽な身分と違って、いずれ重責を担わなければならないのだ。
病床にあっても神界全体の幸せのことを考えていたなんて、私には思いもよらないことだった。
「どうだろうね。私にはよく分からないけど、花だって、雨が降ったり、風が吹いたり、お日様が照ったりと、花だけで咲いているわけではないからね。全体が上手くいかないと、綺麗に咲かないのではないかな」
「もっちゃん。もっちゃんはやっぱり凄いね!」
そう言って、華姫は感心してくれたけど、私には何が凄いのかよく分からなかった。
神界では十六才で成人になる。
二十歳と言えば、もう十分な大人だ。
通常なら華姫は庄長を継いでもおかしくない年齢だった。ただ、病気がちな身を案じて、華姫の母親は、華姫を自分の補佐として庄長見習いを続けさせていた。
華姫は早く自分を認めてもらえるようにと、懸命に母親の補佐をした。
頑張りすぎたのかもしれない。
華姫が倒れた。
私はお見舞いに行ったが、あまりにも具合が悪いので会うことも出来なかった。
「華姫様も長くはなさそうだって話だな」
「まあ、医者の話では、いままで生きていたのが奇跡だって話だ」
「次は誰が庄長候補になるのかな」
同じように見舞いに来ていた、他の庄長家の息子達がそう噂していた。
華姫がこの世からいなくなるかもしれない。そう考えるだけで恐ろしくて、家にどうやって帰ったのか覚えていない。
「お兄さま、華姫様をお助けしたいのですか」
家に帰ると、私があまりにも憔悴しきっていたのだろう。妹が心配して声を掛けてくれた。
「……華姫様が……危篤なのだ……医者も匙を投げているらしい」
「お兄さま、南の山の奥深く、五峰神社という霊験あらたかな神社があることをご存じですか」
「五峰神社……聞いたことはあるが」
「そこのお札はどんな病をも治すそうです。五峰神社の神様は、すべての病のもとでもあり、すべての病を治すことも出来ると言われているそうです」
「……すべての病を治す」
「はい。ただ、そのお札は非常に高価だそうです。もしよければ、わたしのお金をお使いください」
そう言って、妹は十万神銭ものお金を私に差し出した。
まだ、愛姫様の祈祷札が世に出回る前の話だ。
わたしは妹に礼を言うと、すぐに馬に飛び乗って五峰神社へと向かった。




