83.鈴姫の最後
「これより、この鈴姫が総大将だ。三日後に神都へ攻め込む。神都を落とした暁には、将から兵に至るまで、褒美は望み通りのものを与えよう!」
鈴姫の号令に、九千の将兵が声を上げる。
すさまじい大歓声だ。
かつてこれほどの軍を率いた人間が、神界の歴史上にあっただろうか。
あの春姫の軍でさえ二千ほどだった。
名実ともに、自分は神界を統べるところまで来たと鈴姫は思った。
(都合よく、初姫ばかりか防人様まで排除することが出来た。防人様だけならともかく、あの狂犬のような雪姫はやっかいだった)
これで自分の思い通りに軍が動かせる。
これからの武功はすべて自分のものだ。
神都に近づくにつれてさらに兵は増えるだろう。さすがに一万以上の兵を相手では、愛姫様といえどもどうすることも出来ないに違いない。鈴姫は、今まさに人生の絶頂にいると思った。
自分は南ノ庄の庄長などで終わる女ではない。その思いが正しかったことが、これから証明されるのだ。昔から欲しいものはすべて手に入った。神界だって丸ごと自分のものにしてやる。
兵達のもとを回り、鈴姫が声を掛ける。
男の兵達が鈴姫のはだけた胸元に目が釘付けになっているのが分かる。
(これでこの馬鹿な男達は、わたしの言うことを必死になって聞くだろう)
鈴姫はいままでの成功体験から、男達を操ることに絶対の自信を持っていた。そうやって兵達の周りをまわっている時だった。
最初は何が起きているのか分からなかった。
向かいの林の中から矢のような赤いものが次々に降りかかってくる。よく見るとそれは赤備の騎馬武者だった。赤い騎馬武者が矢のように降りかかってくる。しかもその騎馬武者に、味方の兵達は切り崩される一方で、足を止めることすら叶わない。
これが敵襲であると鈴姫が気づいた時には、既に兵の大半が狩られていた。
将兵は逃げ惑うばかりで、襲い掛かる赤備から誰も鈴姫を守ろうとしない。鈴姫が絶対の自信で手懐けたと思っていた者達は、誰も鈴姫の心配などしなかった。
馬を射られて落馬し、土まみれになって刀を構える鈴姫は、独りで赤備の攻撃をかわしていたが、それを見ても誰も助けない。
「誰かわたしを守れ! 玉姫! 徳姫! どこに行った!」
神都占領後の褒美に釣られた側近達は、誰も鈴姫のもとに駆けつけようとはしなかった。
「クソ! どいつもこいつも役立たずが!」
悪態をついても、事態は何も変わらなかった。
(神都軍がこれほど強いとは……さては初姫に嵌められたか! 絶対許せぬ! 初姫を殺してやる!)
赤備の騎馬武者達が、薄汚れた肌の露出の多い女が敵の総大将であると気づいたようだ。周りの騎馬武者が鈴姫めがけて突進してくる。
(何でわたしが狩られないといけないのだ! わたしはいつだって狩る側の人間だ! 嫌だ! わたしは神界を統べる女! こんなところで死にたくない! 誰か! 誰かいないのか! 役立たずどもめ!)
この平原には、身を隠すような場所もない。鈴姫が騎馬武者の攻撃を刀で防ぎながら逃げ惑う。
「誰かわたしを助けよ!」
鈴姫がそう叫んだ時、矢のようにたった一騎の騎馬武者が駆けつけ、鈴姫を襲う赤備に立ち向かった。
「鈴! ここは俺に任せて逃げろ!」
「お義兄様!」
鈴姫がそう叫んだ先では、節枝三洲穂がただ一騎で赤備の騎馬武者達を食い止めていた。
「馬をわたしにください! 徒歩では逃げられません!」
鈴姫が叫ぶ。
襲い掛かる騎馬武者達を前に、ここで馬を降りるということは三洲穂にとって死と同義だった。
しかし三洲穂は躊躇することなく馬を降りて鈴姫に走らせた。
三洲穂にとって義妹こそが命だった。
馬に鈴姫が飛び乗って逃げる。
「鈴! 逃げろ!」
三洲穂が叫ぶ。
しかし、馬を失った三洲穂はなすすべもなく赤備の騎馬武者達の槍に串刺しにされた。
(あいつ、わたし目当てにこんな近くにいたのか! キモ過ぎる! まあ役に立ったから良しとするか!)
鈴姫が一目散に戦場から離脱しようと馬を走らせる。
(立て直しだ。南ノ庄にいったん帰って立て直そう)
そう思って、鈴姫が前方を確認した時だった。
疾風のように一騎の赤備の騎馬武者が現れ、すれ違った。
鈴姫がその武者を確認しようと振り返ると、視界がぐらついた。
鈴姫の乗った馬が通り過ぎた後には、鈴姫の首がころころと目を見開いたまま転がっていた。
三洲穂の馬は、首のない鈴姫を乗せてどこまでも走って行った。




