82.狩り
一万人の将兵が整列した様は圧巻だった。
多比人は反神都軍の総大将として、一万の将兵を総覧した。
男子の本懐とは、このようなことを言うのかと多比人は思った。まるで戦国武将か大名にでもなった気分だ。この兵を率いて戦ってみたいとウズウズするのを感じた。
しかし、軍議はグダグダだった。
会社での時間が長いだけで、決まらないムダな会議を多比人は思い出した。
特に最近加わった庄長は、やたら鈴姫におべっかを使うのが多い。家柄的には月見ノ庄の初姫より、南ノ庄の鈴姫の方が名門だからなのだろう。
まだ大して戦ってもいないのに、既に神都占領後の領土を分ける話まで出てきている。
鈴姫は、自信満々に神都はもう攻め落としたかのような口ぶりだ。さらには勝手に庄長達に領土を分け与える話をするものだから、鈴姫の周りにはいつもご機嫌伺みたいのがくっついている。
こういうのは総大将である自分が注意するべきなのだろうかと、多比人は思い悩んだが、総指揮権を持つ初姫様は何も言わない。
会社で上司が、自分を飛び越えて部下にあれこれ指示を出して困ったことを多比人は思い出した。初姫の頭越しに何か言うのはまずいだろう。多比人は自分が戦国武将というよりも、調整で思い悩む管理職みたいな気がしていた。
しかも、以前はやたら近くに来て体を密着させていた鈴姫は、多比人のところに最近ぱったりと来なくなった。これではそれとなく注意しようにも難しい。
朝の軍議で、とうとう鈴姫の腰ぎんちゃくの女が、総指揮権は鈴姫に与えるべきだと言い出した。
驚くべきことに、軍議に参加しているほとんどの庄長がそれに同調した。多比人は既に鈴姫による根回し工作が完了しているのを理解した。
皆さまがそう言われるならと、初姫はあっさりと指揮権を返上した。
何故か雪も清々とした顔をしている。
誰も総大将の多比人の意見を聞こうともしない。
軍議の部屋を出て行った初姫を多比人は追った。初姫は自分の部屋に多比人を入れると、話を切り出した。
「先日、神都の正規軍四千が出発したと、時姫様より連絡がありました」
「正規軍ですか」
「はい。正直言って、今の状態では勝ち目がありません。我々はこの軍から抜けさせていただきます。わたしは正規軍が出てくるのは、もう少し神都近くまで行ってからと考えていました。完全に大神官様に裏をかかれました。私の不手際です。申し訳ありません」
そう言って初姫は頭を下げた。
「勝てないって、この一万の大軍が四千に勝てないってこと?」
「はい、そうです。訓練された正規兵には、烏合の衆の一万では勝てません。その巻き添えを食う訳にはいきません。しかも敵の指揮官の廻目様は非常にカッコ良……いえ、優秀な将です。我々は月見ノ庄での決戦に備えます」
「初姫様、僕もついて行っていいですか」
初姫が、予想していたと言わんばかりの顔で多比人を見る。
「ここにいても、多比人様の言うことを誰も聞かなそうですからね。時姫様からもそうするようにと言われております」
そう言って笑った初姫の行動は早かった。
その日の昼には兵をまとめて撤退を開始した。
多比人が反神都軍を抜けるというのは、鈴姫には好都合だった。これで大手を振って鈴姫が反神都軍の総大将だ。初姫達が抜けても兵力は九千ほども残っている。多比人などいなくても、簡単に神都は落とせる。鈴姫はそう考えていた。
塩屋関を見渡せる丘の上を、多比人達が月見ノ庄に向けて撤退している最中だった。
塩屋関の北側に位置する林の中から凄まじいスピードで、赤備の甲冑に身を包んだ武者を乗せた騎馬隊が、何の隊列も組んでいない鈴姫軍に襲い掛かった。
多比人はそれを見て、初姫が撤退を急いでいた理由を理解した。
それは狩りだった。強い者が弱い者をいたぶるように、一方的に蹂躙していた。
逃げ惑う鈴姫軍は、神都軍に嬲るように狩られていた。
塩屋関の広大な平原が、多比人が将兵を総覧した平原が、さっきまで味方だった将兵の死体で満たされていく。
隊伍もなく団子になったり散らばったりして逃げていく鈴姫軍は、大きな魚に食べられる小魚の群れのように、逃げ惑い、そして狩られていく。
これは戦ではない。一方的な狩りだ。
多比人はちょっとでも、将兵を総覧して男子の本懐などと思ってワクワクしたことを後悔していた。
戦争とは、思い描いていたようなカッコイイものとは全く違った。
弱い者が容赦なく殺される、残酷なものだった。
多比人は右手を横に伸ばした。手を握ると、そこには白銀に輝く聖剣『神祓』が出現した。
残り僅かになった鈴姫軍と、狩ろうとする赤い神都軍の境をめがけて、多比人は丘の上から聖剣を振った。
たちまち空間が唸るもの凄い音がして、神都軍と鈴姫軍残党の間の大地が抉れ、一直線の亀裂が伸びた。剣戟の端は山に達し、その峰に亀裂を入れた。
防人の規格外の力に、神都軍は鈴姫軍を狩るのをやめ、散開して林の中に退避していく。
それに比べて鈴姫軍は退避する力も残っていないのか、よたよたと思い思いの方向に歩いていた。
多比人は今日初めて、戦がどのようなものであり、自分が何をしようとしていたかを思い知った。
足の震えが止まらなかった。




