8.はじめて婚約者の父親に会う
翌朝、雪が多比人を起こしに来た。
「広間に朝食が出来ております」
多比人が渡り廊下を通って広間に向かうと、庭の大木に簀巻きにされた男達が吊るされているのが見えた。
よく見ると、昨日寝室を覗いていた者達だった。
(……いったい誰が……こんな酷いことを)
簀巻きの男達が、雪を見て怯えていた。
多比人が朝ごはんを食べていると玄関の方が騒がしい。ご飯をよそう雪が教えてくれる。
「庄の者達が多比人様にお供え物を持ってきているのです」
「お供え物?」
「そうです。春姫様がご存命中は、愛姫様もこの東ノ庄には手を出せませんでした。今回、多比人様がいらっしゃったことで、また東ノ庄を守っていただけるものと期待しているのでしょう」
「ふうん……責任重大だね」
雪がにっこりと笑う。
その天使のような笑顔を見て、本当に雪は可憐でかわいいなと多比人は思った。
こんな心優しい女性が自分と結婚してくれるなんて、最高に幸せだ。
「皆、防人様が東ノ庄に来てくださったことを喜んでいるのです」
そう言いながら雪がご飯を多比人に渡す。
「会社があるから、今日はいったん下界に帰るよ。また来週来るからよろしくね」
「お待ち申しております。そ、それで……ちょっと不本意ではありますが、楓をお連れください。あれで身辺の警護など、お役に立つこともありましょう」
「楓って下界に行けるの?」
「防人様と手をつなげば神界の者も下界に行けると聞いております。本当ならわたしが行きたいところですが、鷹姫様の補佐をしなくてはなりません」
「雪も大変だね。あんまり頑張りすぎないようにね」
「は……はい。ありがとうございます」
雪はそう答えるとしばらくうつむいていた。顔が真っ赤だった。
この娘は今まで、あまり人から気遣われたことがないのだろうかと多比人は思った。
多比人が朝食を食べ終わると、お膳を下げる雪と入れ替わりのように鷹姫がやって来た。
「とりあえずの餞別だ。来週、またちゃんと来ておくれ」
そう言うと、鷹姫は多比人に小さな布の包を渡した。その包は大きさの割にずしっと重かった。多比人が中を見てみると、親指ほどの大きさの、不揃いな金の塊がたくさん入っていた。
「鷹姫様、これって、ものすごく高価なものですよね」
「東ノ庄には、黒平良という金山があってな。そのおかげでここは栄えている。それは黒平良で採れたものだ。お前にも持っていてほしい」
鷹姫は、多比人に笑顔で言った。
「ただ、最近は黒平良が神都から狙われていて、何かと要求が多い。皆、それを不安に思っているのだ。多比人がいてくれれば皆も安心すると思う。頼んだぞ」
「はい。また来週お邪魔します」
「お前は姉の孫、私の大切な家族だ。ここはお前の家なのだから、お邪魔などと言わず帰ってきなさい」
「ありがとうございます」
多比人は下界では、親族と呼べるものがほとんどいなかった。それがこの神界に来て、一気に増えたような感じがして嬉しかった。
多比人が準備をして玄関から出ようとすると、集まっていた庄の人達がその場に平伏した。
「防人様、どうか東ノ庄をお救いください」
「愛姫様を討って時姫様を取り戻してください」
「黒平良を愛姫様から守ってください」
口々に、防人への願いを唱えている。鷹姫が言ったように、神都からの要求を庄の人達は不安に思っているのだろうか。
「防人様のお通りだ! 道を空けよ!」
楓の一喝で、集まった人達が道を空ける。
「ほらそこ! 邪魔だ邪魔だ! 頭が高い! 控えおろう!」
楓がしっ、しっ、と手を払って人を遠ざける。
「か、楓、そんなぞんざいにみんなを扱わないでよ」
多比人が慌てて楓に言う。
「いいんですよ主、こいつらすぐ調子に乗るんで。民衆なんて、都合のいい時だけすり寄って来て、都合が悪くなると防人様のせいにする輩ですから」
楓は多比人の言葉にも素知らぬ顔だ。
ふと、足元に捨てられて砂だらけになった紙を多比人が拾う。文字が印刷されている。見てみると、『東ノ庄タイムズ』と書かれていた。
「あ、それ瓦版ですよ。ろくでもないこと書いて、民に買わせようとするクソな奴らが売ってるんです。読まない方がいいですよ、パーになりますよ」
多比人はつい読んでみた。
『東ノ庄タイムズ
とうとう降臨した新しい防人様!
その名は数馬多比人様。春姫様のお孫様という由緒正しき御家柄。
あの剣豪で知られる雪姫様を小手先であしらった挙句に嫁にして、愛姫様を聖剣『神祓』で討つと宣言した! 鷹姫様も太鼓判!
これで春姫様がいなくなって以来、東ノ庄に課せられた重税や祈祷札の購入も無くなること必定。黒平良も安泰。じきに時姫様も戻られることでしょう。
みんなで新しい防人様の『神討ち』を応援しよう!
多比人様のファン倶楽部入会は東ノ庄タイムズ防人様係まで』
(なんじゃこりゃ。僕が剣でねじ伏せて雪を嫁にしたみたいに書いてあるし、僕に期待しすぎだよ)
多比人は開いた口がふさがらなかった。
「ねえ、楓。神界って女性が結婚を申し込んだ人から拒否されると、死なないといけないって本当?」
「はあ? 主は気でも狂ったんですか。そんなわけないでしょう」
「……やっぱり」
通りを多比人と楓がてくてく歩いていると、後ろから馬に乗った人が追いかけてきた。
「お待ちください! 多比人様!」
振り向くと、年配の男性が馬上で叫んでいた。
「雪様のお父様の基久様です」
楓がそう教えてくれる。
基久は馬を降り、息を整えてから多比人に話しかけた。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。わたしは雪の父、基久と申します。いままで庄の外に出かけており、御無礼仕りました」
「こちらこそご挨拶が遅れ大変申し訳ありません。数馬多比人です。昨日雪さんと婚約させていただきました。御義父上に許しもなく申し訳ありません」
多比人が深く頭を下げる。
「頭をお上げください防人様。お礼を言いたくて急ぎ参った次第です。雪は昔から自分より強い男としか結婚しないと言って、婚期を逃して私はやきもきしておりました。しかも姉の時がいなくなってから、雪はさらに鍛錬を積んで強くなる一方。もう嫁の貰い手はないものと思っておりました」
楓が差し出した水筒から水を飲むと、基久は続けた。
「それが防人様と婚約したと昨晩聞いて、出かけた先から急いで帰ってまいりました」
基久は多比人の手を取って言った。
「多比人様、雪をどうぞよろしくお願いいたします。あれはもともとおっとりした優しい子でした。それが時が奪われて以来、姉を取り戻すために無理に頑張っているのです。姉さえ帰ってくれば、自分のことなどどうでもいいと思っているようです。笑っていただいて結構ですが、私は神討ちなんかより、雪に幸せになってほしいのです」
多比人は基久の手を強く握り返して言った。
「お任せください基久様。僕は雪さんを幸せにします。時さんを取り返し、雪さんも必ず幸せにします」
「おお、ありがとうございます、ありがとうございます。お願いいたします」
その場に泣き崩れる基久を支えながら、多比人はやっと雪本人の幸せを願っている人に出会えて安心した。
(なんか、いい話しているみたいなんで黙っておきますが、雪姫様がおっとりした優しい子というのは異議ありです。剣術の稽古と称して雪姫様が男子達をボコボコにしているのは周知の事実。昨晩覗きをした男達は簀巻きで吊るされた上に鞭で叩かれていました。親バカというのはこういうことを言うのですね)
楓は、新郎と義父が手を握り合って涙を流しているのを見ながらそう思った。




