77.刈坂関
大勝利だった。
奇襲を露ほども警戒していなかった刈坂関の五百の兵は、月見ノ庄の騎馬隊五百騎が襲い掛かると、大混乱に陥り、抵抗らしい抵抗も出来ずに刈坂関は落ちた。
昼頃、月見ノ庄兵一千を率いて刈坂関に入った多比人を、初姫は出迎えた。
「馬上のお姿が様になってきましたね」
「月見ノ庄でみんなに特訓していただいたおかげです」
多比人は月見ノ庄に滞在している間に、馬に乗れるよう特訓していたのだ。轡をとってくれているのは楓だ。
総大将である多比人の到着に、全軍が起立して迎える。
千五百の兵達が自分を迎える光景は圧巻だった。
多比人は、自分が戦国武将になったような気がして、ワクワクしてしまった。
月見ノ庄軍が神都側の兵を打ち破ったというのは、神界全土に衝撃をもたらした。
神界ではいくら神都が横暴なことをしようが、神都に敵う訳がないという常識のようなものがあった。その常識がいとも簡単に覆されたのだ。防人様を擁していれば、神都に勝てる。神界の住民達はそう思った。
時姫によって、月見ノ庄軍勝利の情報は、神界の津々浦々まで広まった。
刈坂関には、周辺から神都に不満を持っていた庄が加わり、日に日に兵が膨れ上がって行った。
特に、南ノ庄の庄長である鈴姫が二千の兵を率いて加わった時は、刈坂関に大歓声が上がった。
南ノ庄は、現在では防人はいないものの、もともと東ノ庄、北ノ庄、西ノ庄と並び、防人を擁する格式の高い庄だ。格の高さでは月見ノ庄など足元にも及ばない。その名門の庄が加わったということは、自分達の正統性が認められたと皆が思った。
その上、鈴姫は男の庄兵達から絶大な人気があった。三十代前半の鈴姫は、むっちりとした体をしており、緩めに着た着物の襟からは爆乳の谷間がのぞき、裾からは太腿があらわになっていた。厚めの唇に真っ赤な紅を引き、優しく微笑む妖艶な美女だった。
ただ実際には、鈴姫のような名のある庄からの参加は少なく、集まって来るほとんどは、食うものにも困った小さな庄や、目先の利益に目がくらんだ山賊や盗賊まがいの有象無象も多く集まっていた。
軍議は難航した。
誰もが多比人を総大将にすることには異論はなかったが、実際の指揮を誰が執るかは大いにもめた。
指揮は、初姫が執るべきだという初姫派と、鈴姫が執るべきだという鈴姫派に二分された。
もともと最初に旗を上げたのは初姫であったが、防人が総大将の軍を、防人の地であり家格の高い南ノ庄の庄長が指揮するべきと言うのが鈴姫派の言い分だった。
結局、もめにもめ、収拾がつかなくなって、どちらが指揮を執るべきかは多比人の裁断に任せられることになった。
「総指揮は初姫が執る。さらに、月見ノ庄兵一千五百の指揮は初姫、その他六千の指揮は鈴姫が執ることとする」
という多比人の一言によって、ようやく争いは収まった。
これは、事前に密かに初姫から提案されていた内容であった。
鈴姫は、総指揮こそ執れなかったものの、自分の配下に南ノ庄の二千に加え、各地から集まった四千もの大軍を従えたことに満足した。
「さすがは防人様。ご英断にございます」
そう言って鈴姫は、胸の谷間を多比人に見せつけながら妖艶に笑った。
多比人は見てはいけないとは思いながら、谷間に目が釘付けになっていた。
総指揮権は初姫が得たものの、そのような歪な軍の指揮系統だったこともあり、常に軍議は難航した。
すぐに神都に攻め上るべきだと主張する鈴姫と、近隣を確実に攻略し、神界各地での蜂起を待ってから神都に攻め込むべきだという初姫の主張は相容れないものだった。
要は、初姫は神都の正規軍が出て来ては、こちらの七千五百に膨れ上がった兵をもってしても敵わないと思っていた。一方鈴姫は、じっとしていては七千五百の兵糧は厳しくなり、寄せ集めの兵は不満も出てくる。それよりも兵糧を奪いながら進軍すれば、神都に近づくにつれどんどん新たな兵も加わり、数で圧倒出来るというものだった。
多比人は軍議を聞いていても、どちらの言い分も正しいような気がしてよく分からなかった。とりあえず、いろいろな人が集まったのだから、お酒でも飲んで親交を深め合ってはどうかと提案してみた。
これが凄いことになった。
多比人は総大将になって、心の底から良かったと思った。
神界では庄長をはじめ、組織のトップは女性が多い。しかも何故か美人ぞろいだ。その美人ばかりが集まった中で、総大将の多比人一人だけが男なのだ。
美女達が我も我もとひしめき合って、多比人にお酌しようと集まってくる。
自分に魅力があるのではなく、立場の保証や戦後の褒賞などを考えてすり寄って来ていると、頭では理解出来た。しかし、多比人はこの世の春を謳歌していた。
なかでも鈴姫は凄かった。
おっぱいが三分の二ぐらい着物からはみ出していて、それを多比人に押し付けてくるのだ。さらには着物から出たむっちりとした太腿が多比人の足を挟む。
そうしながら鈴姫が、食べ物を多比人に食べさせてくれる。
「総大将様、あ~ん」
「ぱく!」
「鈴姫様ばっかりずるいです。はい、総大将様、あ~ん」
「ぱく!!」
「あら~総大将様、わたしのくわえたポッキーたべてください」
「ぱく!!!」
「お酒をお注ぎしますね、総大将様。あ~股間にこぼしてしまいましたわ。お拭きいたします!」
「はわわわ~ん!」
極楽浄土というのはここのことを言うのだろうか。
生まれて初めてこんなにモテた。しかもこんな美女だらけだ。
多比人は神界に来て本当に良かったと思った。神界は最高だ。
防人というのはちょっと辛そうな名前だけど、総大将って何だかカッコイイ! 総大将最高!
ふと、多比人が気づくと何かが自分の袖を引っ張っていた。
「なんだ、楓か。どうしたの?」
楓が後ろの方を黙って指をさす。
多比人が何気なく後ろを振り返ると、鬼のような形相の雪と、最低のものを見る軽蔑のまなざしをした初姫が立っていた。
(やっべ~~~!!!!!!!!!!!!!)
多比人は雪と初姫に対して、誰が聞いても納得するような言い訳を、脳を最大回転させて考えた。
(自分は総大将だ! 何か絶対考えつくはずだ! お釈迦様でも騙せる言い訳を!)
そして総大将、数馬多比人が考えついたのは……。
多比人は一目散に走って逃げた。
しかし、それが大変なことになった。
突如走り出した総大将を追いかけて、美女達も走り出した。総大将がそれに驚いて方向を変えると美女達も方向を変える。
とんでもない追いかけっこが始まってしまった。
美女軍団に追われて逃げ回る自分の主を指さし、楓が聞く。
「え~と、どうします、雪姫様? 初姫様?」
「とりあえず、部屋に帰ってきたらぶん殴ります」
「わたしは、時姫様にご報告いたします」
翌日、顔面をボコボコに腫らしてうなだれる総大将を見て、すべての将兵が雪姫にビビるようになり、鈴姫ですら敬語を使うようになった。




