74.使者を斬る
「……月見ノ庄からの使者を……斬り殺した……だと……」
呆然とする大神官、冬芽橘樹の前で菊姫が当然とばかりに報告する。
「だって、お母様。神都への請願には回答はしないのが慣例。請願した者はその後の神都から出されるお触れから、請願の結果を類推するのが習わしです。それにもかかわらず、回答をよこせと無礼を働いたので斬るように申し伝えました。当然のことをしたまでです」
菊姫は、自分は悪くないのに何故母からそのような態度をとられるのかという不満を隠そうとはしなかった。
「……斬られた使者の人数と年齢は?」
橘樹の問いに、菊姫に代わり女官が答える。
「四名でございます。いずれも高齢な、月見ノ庄の高官の方々です」
「……そうか」
(初姫は、使者にあらかじめ斬られて来いと命じていたな。それで戦の役には立たないが、忠義の深い年寄りばかりを人選していたという訳か)
橘樹は、必要とあらば家臣の犠牲をも平然とやってのける初姫と、事の重大さを理解出来ない自分の娘を比べて愕然とした。
教え諭すように、橘樹は娘に言った。
「確かに菊姫、お前の言っていることは正しい。しかしこれでは戦の口実を与えてしまうことになる。向こうは斬られて当然のことをする。こちらはそれを決して斬らない。そういう戦いもあるのだ」
「でもお母様。それでは神都の威信はどうなります。正しいものは正しく、間違っているものは間違っているのです。それを行わなければ、民は神都に失望することとなりましょう」
橘樹の目をまっすぐ見て、そう信じて疑わない菊姫を見ながら橘樹は思った。
(散々不正な蓄財をしておいていまさら何が正しいだ。母が何も知らないとでも思っているのか。いずれにしてもタイミングが悪すぎる。まだ祈祷札の配布に取り掛かれず、斑病の猛威も収まってはいない。ここで月見ノ庄を刺激することは、他の庄にも反抗の火種が広がりかねない)
「密かに南国街道の刈坂関に兵を集めよ。決して初姫に感づかれることの無いように。あと、すぐに頼光を呼べ」
橘樹の命令を受け、女官達が伝令を伝えに下がっていく。
(やってしまったものは仕方がない。やるなら、早いほうがいい)
自分の右中指にはめられた粗末な木の指輪をさわりながら、橘樹はそう思った。
☆ ☆ ☆
ここは大神殿の中の一室、愛姫様による必死の祈祷札製造がおこなわれていた。
愛姫様の左の机の上に、うず高く積まれた白い紙の札の山。
そのひとつを愛姫様がとり、額の前で念じると、さっと白い紙が赤く染まる。
その赤くなった札を右の机に積んでいく。
こうして造られる祈祷札は、農作物の豊作、病の治癒、子宝、豊漁に商売繁盛など、何にでも効果をあらわす万能の札として、民衆が絶大な憧れを抱いているものであった。
この札造りを、朝から四時間もぶっ続けで愛姫様は行っていた。
「うぎゃ~! もう限界じゃ! 限界なのじゃ~!」
愛姫様はそう叫ぶと、近くにあったお菓子を食べてお茶を飲んだ。
そして深いため息を吐くと、また黙々と祈祷札造りを再開した。
ひたすら念じ続け、愛姫様が自分自身でも何をやっているのか分からなくなってきた頃、ふっと作業の手を止めて、立ち上がった。
「……お兄様が来ている……」
愛姫様はそう言うと、ふらふらと歩き出した。




