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ばあちゃんの遺品が聖剣だった!  作者: 渓夏 酔月


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71.斑病

 多比人達が南下するにしたがって、斑病(まだらびょう)の猛威はすさまじいものになっていった。


 そしてそれ以上に凄まじかったのは、斑病に対する人々の反応であった。


 南の地方で発生した斑病は、徐々に北へと広がってきたため、南からの通行は厳しく制限された。ある庄と庄では、お互いに斑病を持ち込んだのはそっちだと言っていがみ合っていた。


 斑病で死んだ人の耕した畑の作物を食べると、伝染するという噂が広がった。そのため、穂や作物が実っているにもかかわらず、放置された水田や畑があちこちで見られた。


 各庄は自衛のために庄境の門を固く閉めたが、結局庄の内部で斑病は発生した。それでも一度閉められた門を開けようと言い出す者はおらず、結果として物流が滞り、そのツケは貧しい者達の命によって支払われた。


 しかし結局、貧しい者達の死は庄の労働力の不足を招き、庄全体の困窮を巻き起こし、徐々に自分の耕作地を離れ、豊かな神都を目指して北上していく者が絶えなかった。


 秋から冬に変わる季節の中で、冬を越せないかもしれないという不安が広がっていた。


「防人様! うちの娘を救ってください!」


「お願いまします、防人様! 母親を救ってください!」


 多比人は請われるたびに、聖剣『神祓(かみはらい)』を振るった。


 あまりにも患者が多い庄では、庄全体に向けて『神祓』を振るった。


 いつの間にか民衆は、多比人を神のように崇めるようになった。


 しかし防人であっても、食糧不足による飢えまではどうすることも出来なかった。斑病自体は治っても、飢えによる死者が多く出るようになった。


 そのような中、神界の南部では最大と言われる「月見(つきみ)ノ庄」に多比人達は到着した。庄境の関所には、庄長である初姫(はつひめ)が自ら出迎えに来ていた。


 初姫は年の頃は二十七、八歳。腰まである黒髪が美しく、目に意志の強さが宿った美人だった。


「東ノ庄の防人様。お初にお目にかかり光栄至極に存じます。わたしは月見ノ庄の庄長、初姫と申します。ようこそ我が庄へお越しくださいました」


 多比人達三人に対して、初姫以下月見ノ庄の侍大将、官吏の長、女官頭など、庄の幹部達が平伏する。


「おやめください初姫様。お立ちください。我々はただ旅をしているに過ぎません」


 そう言って多比人は恐縮する。ここまで庄の幹部勢ぞろいで出迎えてくれた庄など初めてだった。


 多比人の言葉を受け、立ち上がった初姫が言う。


「本日は我が庄館にお泊りください。斑病蔓延のさなか、十分なもてなしが出来ず心苦しいかぎりですが、ごゆるりとおくつろぎください」


「ありがとうございます。甘えさせていただきます」


 多比人がそう言って礼をすると、初姫が言った。


「時に防人様、庄にはびこった斑病を、防人様の聖剣『神祓』で祓えるとお聞きしましたが、真なのですか」


 多比人は右手を真横に出し、手を握るようなしぐさをすると、白く輝く聖剣『神祓』が出現した。


 庄の幹部達が感嘆の声を上げる。


 右手を高く掲げると、多比人は庄に向けて大きく二回、聖剣を振るった。


「これでこの庄の斑病の病神は祓われました。ただ、飢えまではどうすることも出来ません。ご了承いただければと思います」


 そう言って多比人は聖剣を手の中に納めて頭を下げた。


(最初に庄全体の斑病を祓わせることによって利を得、さらに僕の力も見極めようというわけか。さすがは神界にこの人ありと言われる初姫様だ)


 多比人は雪から事前に初姫のことを聞いていた。神界で初姫は、武勇、知略、知識、人格、そしてその美貌で、時姫と並び称されていたそうだ。そしてこの月見ノ庄は、東ノ庄と同じく金山を保有する神界有数の豊かな庄であり、精強な兵で知られていた。


 夜には多比人達を歓迎する宴が催された。


 それは斑病によって疲弊している最中とは思えない、豪華な宴であった。


 多比人と初姫が並んで酒を飲みながら舞を見ている最中だった。家臣が初姫に何かを報告して去った後、初姫が口を開いた。


「多比人殿、我が庄から斑病は駆逐されたそうです。礼を言います」


 多比人は自分の力を確かめるまでは、初姫は何も重要な話はしてこないだろうと思っていた。


「それは良かったです。お役に立てたようで何よりです」


 初姫に酒を注がれながら多比人がそう言った。


 多比人の隣に座る、雪に初姫が目配せをした。それを受けて雪が近づいた。


 初姫は懐から書状を取り出して多比人と雪に言った。


「これは時姫様から届いたものです」


「姉から!? 姉は神都に幽閉されているはず」


 雪がびっくりしてそう聞き返した。


「時姫様は幽閉中にもかかわらず、シノビを使って文を送ってくださいました。さすがはわたしの好敵手です」


 雪によれば、時姫はかつて度々月見ノ庄を訪れ、初姫と剣術の試合などをしていたらしい。


「時姫様によれば、各地で斑病が広がり、飢える民が出ているそうです。それにもかかわらず、神都は庄に対して物資を援助することもせず、祈祷札は病気も治すということで値が上がっていくばかり。民の不満は膨れ上がっているそうです」


 初姫はそう言って書状を多比人に手渡した。


「姉の字です!」


 雪が書状を覗き込んで言った。


「さらに時姫様はこうおっしゃっています」


 そう言って、初姫は多比人の顔を見た。


「今こそ兵を挙げ、神都討つべしと」


 多比人は初姫の言葉を聞いて、身震いがした。


「多比人様を総大将とし、月見ノ庄がその兵をもって立てば、おのずから四方より兵は集まり、民の賛同を得て神都を攻め落とすことが出来ましょう」


 初姫はそう言うと、多比人の前に集まった自分の家臣達に目を向けた。


 家臣達が口々に多比人に言う。


「多比人様、私は月見ノ庄の侍大将、西村義盛(よしもり)。初姫様の命に従い、現在兵を招集しています。来月までに千五百の精兵を用意させていただきます」


「近隣では、斑病を祓っていただいた多比人殿を慕っている者が多数おります。すぐにこの千五百は三千にも四千にも膨れ上がりましょう」


 多比人は囚われの身ながら神界全体を把握し、神都から遠く離れた月見ノ庄まで秘密裏に文書を届けられる能力を持つ時姫に感心した。インターネットどころか公的な郵便もない神界において、これは驚異的なことだ。


 そして月見ノ庄において、既にここまで開戦機運が盛り上がっていることに危うさも感じた。多比人は多くの人達の力を結集して愛姫様を討ちたいと考えていた。月見ノ庄には何か開戦を急ぐ理由でもあるのだろうか。


 多比人は雪の前に盃を向け、お酌をしてもらう。


「最初に告白させてください。大変申し訳ありませんが、私は臆病者なのです」


 そう言うと、雪にお酌してもらった杯を多比人は一気に飲み干した。


「私は人が死ぬのを見るのが怖いのです。それで斑病を祓ってばかりいます。みなさんをがっかりさせて申し訳ありませんが、神都との戦は反対です。戦をすれば、必ず人が死ぬからです」


 多比人が周囲を見渡すと、皆はどう反応してよいのか困っている顔をしていた。


 防人が臆病者とは、皆の期待を裏切ることなのだろう。自分は期待外れの臆病者の防人でもいいと、多比人は思っていた。それで開戦を避けられるなら、臆病者と思われてもかまわない。


 沈黙を破るように初姫が笑う。


「うふふふふふ。さすがは多比人様。神界を護る防人様です」


 笑う初姫に、家臣達はさらに困惑する。


「では、神都にもう一度チャンスを与えると言うのはどうでしょう。我々は別に好き好んで戦をしたい訳ではありません。民が飢えることなく、冬が越せればよいだけです。神都に御囲米の提供を今一度、要請してみましょう」


 家臣の一人が声を上げる。


「これまでも神都が備蓄する御囲米の提供を何度も要請したのに、何の音沙汰もないではありませんか。これ以上要請しても同じではないでしょうか」


「同じではありません」


 初姫が家臣達に言う。


「次はわたしと多比人様の連名で要請するのです。これで何も神都が動かなければ、斑病の病人を数多く救った防人様が神都を誅するのに、誰も異を唱えることはないでしょう」


 初姫が多比人に向き直った。


「多比人様。そういうことでよろしいでしょうか」


 月見ノ庄の庄長と防人が連名で神都に書状を出す。これは即ち、防人が月見ノ庄と手を結んだと神界全体に知らしめることだ。逆に言えば、初姫の手の内に防人がいることを内外に示し、初姫の権威を高めることになる。


 多比人はそのことに危うさを感じた。しかし、これは初姫が戦を嫌だと言う自分を尊重してくれた方策だ。こうまでしないと家臣達も納得しないということなのだろう。


「はい。そうして頂けますか」


 多比人はそう言って初姫に頭を下げた。


 ただ旅の途中で歓待されるだけのはずだったのに、いつの間にか初姫の思惑に巻き込まれてしまっている。


 多比人は自分より、初姫の方が上手だと思わざるを得なかった。


 ビジネスの世界でも、自分と違って初姫ならどんどん出世するだろうなと、多比人は思った。久々に美好課長のことを想い出して、胸がきゅっと苦しくなった。


 振られた女のことを想って心を痛めている多比人に対し、初姫は静かに頭を下げた。どうしてもこぼれ出てしまう、笑みを隠すためだった。


(この書状で、防人様を擁しているのはこの初姫だと神界に知れ渡るだろう。いずれ多くの庄が反神都の兵を挙げるにしても、最初に防人様を擁して兵を挙げた者が、その後の主導権を握ることになる。兵を挙げる口実など、たやすいものです。そしてわたしはこの神界を支配し、やっとあの時姫に勝つことが出来る)


 

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