70.節枝三洲穂
「下界に女を作って出て行った防人の一族か!」
「南ノ庄って防人様がいなくなったのに、いまだに威張っている残念な庄だろ!」
「はやく大神官様に庄を差し出せよ!」
三洲穂は神都の人間がどれほど南ノ庄のことを馬鹿にし、嫌っているのかを思い知った。
防人が南ノ庄から去ったことで馬鹿にされ、かつて防人がいたということで反神都の庄として差別されるのだ。
寄宿舎では上級生達から理不尽な制裁を受けた。神都の高官の息子だけでなく、そのとりまきの弱小な庄の息子達も面白がって三洲穂を殴り、一晩中正座をさせたりした。彼らにとって南ノ庄という格式の高い庄の息子をいじめるのは、自分達の劣等感の裏返しであった。
三洲穂は、自分より剣術でも勉強でも劣る者達からの理不尽ないじめを恨み、自分をいじめた者達を『復讐帳』と呼ばれる手帳に書き記した。
(いつか絶対に殺してやる)
その『復讐帳』の最上段に書かれていたのは『防人』だった。
三洲穂は自分が理不尽ないじめに遭っている諸悪の根源は、『防人』だと考えていた。
(防人が始めから南ノ庄にいなかったら、防人が南ノ庄から去らなければ俺はこんな目に遭わなかったのに)
『復讐帳』に連なる名前は日々増えていった。
(この恨み、絶対に晴らしてやる)
或る時、理不尽な制裁に耐えきれなくなった三洲穂は、いじめの中心だった神官の息子を殴ってしまった。
三洲穂は退学させられた。
それでも三洲穂は、実家に責が及ぶのを避けるため、神官の家に謝罪に行った。その時、たまたま居合わせた大神官に声を掛けられた。
「もう、いまさら実家には帰れないだろう。私のもとで働いてみるか」
偉くなるまでは決して南ノ庄には帰ることは出来ない。大神官のもとで働き、功を立てることが出来れば取り立てられるかもしれない。三洲穂は実家を捨て、大神官の密偵として働くことにした。
三洲穂は各地を転々とし、それぞれの庄で雇われると、内部事情を探った。
神都に不満を持つ庄があれば、密告した。
さっきまで偉そうに自分に命令していた庄長が、取り潰されて着の身着のままで放逐される様を見るのは楽しかった。自分が庄長になれない、自分が義妹と結ばれない鬱憤を晴らすかのように、三洲穂は密告を繰り返した。
「今回成功すれば、直参に取り立ててやろう」
大神官から直々に言われて向かったのは東ノ庄だった。
防人がいたという理由で、格式が高いと偉そうにしている東ノ庄は気に食わなかった。
三洲穂はそこの侍大将に取り入り、部下になった。
失恋した侍大将に大酒を飲ませ、爆睡しているうちに神都軍を引き入れ、東ノ庄は壊滅した。これで直参になれる、そう思った。
「防人の力を見誤った」
大神官からはそう言われて、直参になることは叶わなかった。
また自分を不幸にするのは防人なのかと、三洲穂は思った。
「防人を見つけるのだ」
防人を発見、監視する命令を受けた三洲穂は、防人の噂を拾って、南へ、南へと追跡した。
そして斑病に罹患した。
和名倉ノ庄では無料で医者に診てもらえると聞いてすぐにやってきた。庄民しか無料では見てもらえないという受付に、自分は大神官に仕えていると言ってもダメだった。
そして今、こうして橋の下の河原に横たわり、三洲穂は死を待っていた。
「鈴……お前を愛している……最後に逢いたい……」
節枝三洲穂は、死ぬ前に一目義妹に逢いたいと願った。
その時だった。
「防人様が、斑病を祓われた!」
誰かがそう叫んでいた。
「治ったぞ! 斑病が治った!」
「防人様のお力だ! 治ったぞ!」
同じように河原で死を待っていた斑病患者が、起き上がって口々に叫ぶ。
三洲穂は自分の腕を見てみた。
(発疹が消えている!)
がばっと跳ね起きてみる。体が軽い。
全身の皮膚に広がっていた発疹が、きれいさっぱり消えていた。
河原で寝ていた患者達が、立ち上がり歓喜の声を上げている。
(防人が斑病を祓っただと!?)
三洲穂はかつて見た東ノ庄の防人を思い出してみた。
(なんてことはない、冴えない弱そうな奴だった)
あんな男が斑病を祓い、自分の命を救ったとはとうてい思えなかった。どう考えても自分の方が剣の腕は立ち、頭脳でも上回るはずだ。あんな男より自分が劣っているわけがない。しかしこれだけ多くの患者を一気に救うことは、常人では成し得ないことだ。
自分より劣る男が防人だなんて許せない。自分の人生は防人に弄ばれ続けてきた。防人がいなくなったせいで南ノ庄は馬鹿にされ続け、防人の力を見誤ったと直参にしてもらえず、今度は死にかけた命を勝手に救われた。
「やはり、俺は防人を殺す」
そう低く呻くようにつぶやき、三洲穂はゆっくりと立ち上がった。




