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ばあちゃんの遺品が聖剣だった!  作者: 渓夏 酔月


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65.織江の詩

「悪い子は、『エロオヤジノヤカタ』に連れて行くよ!」


 織江がわがままを言うと、母親はよくそう言った。


 『エロオヤジノヤカタ』がどういう意味かは分からなかったが、何か恐ろしいところに連れて行かれそうな気がして、織江は恐かった。


 織江の家は、裕福な家庭だった。


 医師をしていた父親は優しく、患者さんからの評判も良く、繁盛していた。


 お嬢様育ちの母親はとても美しく、織江は大きくなったら母のような綺麗な女性になりたいと思っていた。


 その幸せはあっけなく壊れた。


 患者から当時の流行り病を伝染された父親は、あっけなく死んでしまった。


 相当あるはずだった父親が残した遺産は、世間知らずな母親が親戚に騙されて無くなってしまった。


 お嬢様育ちの母親は、何か仕事が出来るわけもなかった。その日の食べ物にも困る生活は、織江の母親には耐えられなかった。そのストレスは織江に向けられ、毎日のように怒られた。


「『エロオヤジノヤカタ』に連れて行くよ!」


 そう言って、母親は織江を叩いた。


 織江は必死に謝った。『エロオヤジノヤカタ』にだけは連れて行かないでと。


 そんな母親に、再婚の話が舞い込んできた。


 母親は化粧をして、出かけることが多くなった。


 織江にとって、綺麗になった母親を見るのは嬉しかった。


 母親の相手先の人からもらったという大きなお饅頭は、幸せの味がした。


 或る日、いいところに連れて行ってくれると母親が織江に言った。


 その日の母親はとてもやさしく、お店ではお菓子を買ってくれた。


 まるで父親が生きていた頃に戻ったようで、織江は嬉しかった。


 母親が大きな黒い塀の建物の入り口に入ると、ちょっと忘れ物をしたからこの中で待っていてくれと織江に言った。すぐ戻るからと。


 そこはがらんとした部屋だった。


 置いてあったお手玉で織江が遊んでいると、同い年位の女の子が入ってきた。


 その子は織江を睨んでいたが、自分の着物をつかんでいた手は小さく震えていた。


 織江達がいる場所が、『エロオヤジノヤカタ』であることをその女の子が教えてくれた。


 自分はわがままで良い子じゃなかったから、『エロオヤジノヤカタ』に連れてこられたのだと、織江は思った。


 織江が五歳の頃だった。




☆ ☆ ☆




 和名倉(わなくら)ノ庄は、大きな庄ではなかったが、交通の要衝に位置していた。


 東西に大きな街道が交わる場所に位置し、ほとんどの庄で徴収されている関所の通行税が無いこともあって、商店が軒を連ね、流通の拠点も多かった。


 通行税を無くすことで庄の収益が減っても、多くの商店や流通の拠点が集まることで、結果的により大きな収益が上がっていた。


 しかも、最近の(まだら)病の流行で庄境を閉じる庄が多い中、ここはそのようなことは一切なく、人で賑わっていた。


 それもそのはず、この和名倉ノ庄は、神界で人臣の位を極めた大神官の長男、冬芽(ふゆめ)鹿野(しかの)が庄長を務める庄であった。祈祷札は湯水のように神都から供給され、庄民なら誰でも安価に受診出来る診療所では、斑病への祈祷札による治療が行われていた。


 多比人達も南へ行くにあたり、この和名倉ノ庄を訪れていた。


「あるじ~、最近にしては珍しく賑やかな庄ですね」


「そうだね。庄境を閉める庄が多い中、ここは別世界だね」


「多比人様、ここは大神官様の長男が庄長をしている庄です。気を付けましょう」


 雪はそう言ったが、楓は久しぶりに見る賑やかな露店に、興味津々だった。


 その露店の一つに、アクセサリーを扱う店があった。


 多比人は雪に何か贈り物をしたかったが、ずっと贈ることが出来ず、気になっていた。


 須山の店で買ったネックレスも、東ノ庄が襲撃された際にどこかに行ってしまった。


「雪、何か欲しいものある? たまには買ってあげるよ」


「よろしいのですか」


 雪が笑顔になって、露店の商品を覗き込む。


 髪飾りにネックレス、指輪や腕輪に帯留めなど、なかなか品のいい意匠のものが並んでいた。


「奥様にプレゼントですか」


 露店の若い女店主が多比人に声を掛ける。


「はい。妻には苦労ばかり掛けて、普段何も買ってやれないものですから、たまにはと」


「そんな、多比人様。わたしこそ多比人様にご迷惑をおかけしています」


「そんなことないよ。いつもありがとう、雪」


「ああ、多比人様、そんな」


「あの~店の前でイチャイチャするのやめてください。お店の人困ってますよ」


 楓の平板な物言いに、多比人と雪が急に離れて赤くなった。


「うふふふふ。お二人とも仲がよろしいのですね。お嬢ちゃんは……お子さん……じゃないわよね」


「違います。ただの使用人です。使用人風情です」


 楓は多比人が北ノ庄のちりめん問屋の主人を演じている時は、ちりめん問屋の使用人という設定になっていた。当然それが気に入ってはいなかった。


 露店の女店主は、使用人と名乗る謎の少女に困惑しながらも、多比人がお金を持っていそうだと踏んで、奥からとっておきの髪飾りを出してきた。


「これなど、奥様にお似合いだと思いますが」


「まあ綺麗!」


 思わず雪が声を上げる。


 上質な漆塗りに、丁寧な螺鈿(らでん)が施されていて一目で高級そうなのが分かる。


「雪、気に入った? ならこれをください」


「いいんですか! 多比人様。結構お高いのでは」


「いいよいいよ。たまには僕から雪にプレゼントしたいんだよ」


 女店主は心の中でガッツポーズした。男の買い物は、女の前だとカッコつける分だけ値が張るのだ。


 思っていたよりはるかに高い値段に、動揺していることを悟られないように多比人が財布から金を出す。


 女店主はにっこりと笑顔で言った。


「ありがとうございます。またのお越しをお待ちしております……()()()様、()様」





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