64.大神官の怒り
「まだ東ノ庄の防人は見つからんのか!!」
神館の政庁では、大神官の怒鳴り声が鳴り響いていた。
「お母様、いま各庄長から報告させておりますので、もうしばらくお待ちください」
第一神官であり、大神官冬芽橘樹の長女でもある菊姫がそう言ってとりなす。
「防人は下界にとどまったまま、神界に入っていないのではないですか」
第二神官で次女の毬姫がそう言って母をなだめる。
「北ノ庄で堂々と北山と数馬は一緒にいたという。絶対に神界にいるはずだ。奴は我々の敵であり、あの春姫の孫だ! 必ず探し出せ!」
大神官の言葉に皆が平伏すると、大神官は大きな足音を鳴らしながら政庁から去ってしまった。
母親がいなくなった政庁で、娘の三姉妹は話し始めた。
「母さんの防人恐怖症ったらないわよね。わたし達にあたらないで欲しいわ」
そう言って長女の菊姫が嘆く。
「もう、東ノ庄も滅ぼしたのだし、いまさら防人だって何もしてこないんじゃない。北山だって何もしないじゃない」
次女の毬姫が同調する。
「神都兵も母さんが無理言って一千から四千に増やしたのよ。流石に防人と言えど、たった一人で四千の兵に勝てるわけないじゃない。何をあんなに恐れているのかしら」
そう言いながら、菊姫がやれやれと言った顔をする。
「そんなことより、わたしもう出かけるね~」
三女の波姫がそそくさと荷物を片付けている。
「ちょっと、あんたまたお芝居に行くの? そんなによく行けるわね。裁判の仕事は? あんたのところ、すごい案件多いんでしょ?」
出かけようとする波姫に、菊姫が聞いた。
「下女にやらせているのよ。わたしはその管理をすればいいってこと」
自慢そうに波姫が笑う。
「下女って、東ノ庄の庄長だった、時姫って娘? かなり優秀みたいね。でも、任せておいて、変な判決出したらヤバくない?」
毬姫が心配そうな顔をしている。
「あら、毬乃姉さん、その時は、時姫のせいってことで処分しちゃえばいいだけじゃない。自分が裁断するよりよっぽどリスクはないわ」
「波夜、あんた頭いいわね。うちの裁断も、その時姫ってのにやってもらえないかな。わたしももっとお芝居行きたい」
「いいわよ、毬乃姉さん。けど、マージンもらうわよ」
「ちょっと波夜! わたしもお願い!」
「菊乃姉さんまで? いいわよ。でもマージンはしっかりもらうからね」
そう言って波姫は政庁を出た後、控えていた時姫に言った。
「時、あんたの言う通り、姉さん達の分の裁判、すべて引き受けてきたわ」
頭を下げながら時姫が答える。
「お二人とも、ご自分の領地からの租税が十分にございます。裁判で得られる寄進などより、面倒の方がお嫌でございましょう」
三姉妹のうち、最も領地が多いのが長女の菊姫、次が毬姫であり、三女の波姫の領地は毬姫の半分もなかった。
「わたしがお金を得ようと思ったら、裁判を引き受けるのが一番手っ取り早いわ。時、あんたの言っていた人員増加と、『姫』の称号の件、すべて許可するからバンバン稼ぎなさい!」
「波姫様が大神官様になれるよう、我ら全力でお支えします」
そう言って平伏する時姫を見向きもせず、波姫は懇意にしている男の芝居を見に出かけて行った。
時姫が『訴訟前裁き処』の所長室に入ると、滝姫が入ってきた。
「時姫様、裁判の件はどうでしたか」
「波姫様が、菊姫様と毬姫様にお話しくださりました。これで我々が、ほとんどの裁判を処理できることになりました。人員増加の件と、称号の件も了承してくだいました」
「首尾は上々というわけでございますね」
「波姫様は今、男に貢ぐ金が必要なのです。裁判を、単なる寄進を得る手段としか考えていません」
「金は良い目くらましというわけですね」
滝姫はそう言ってにっこり笑う。
「これで我々は、ほぼすべての裁判権を手に納めました。菊姫様と言えど、ご自分の領内での裁判ですら、ここを通さずには裁断出来なくなったのです」
「これは大きな権力ですね」
「そう。それにこれからは、裁判の調査ということで、神界全体にシノビを放ち、すべての情報を得ることが出来るようになります。情報は力です。これは我々の大きな武器です」
「さらに言えば、こちらに都合のいい情報を流すことも可能ですね」
そう言って笑う滝姫を見ながら、時姫が大きくうなずいた。
「そういうことです」
滝姫が意外そうな顔をして、時姫に聞いた。
「それにしても波姫様は、よく我々に『姫』の称号を戻すことを許しましたね」
「波姫様はケチなのです。我々に『姫』の称号を与えて恩を売り、タダでこき使う方が安上がりと考えているのでしょう」
「これで時姫様は、百名ほどの『姫』を統べるお方となります」
「はい。私はこの立場をもとに、神官を目指します。神官になれば、愛姫様に謁見できる立場になり、弱点を探れる。そうすれば防人様の愛姫様への勝ちにつながり、今の神都のあり方を変えることが出来ます」
そう言って時姫は、滝姫と頷き合った。
時姫は、神都の政治を大神官から奪い取ろうと考えていた。そして、大神官に連なるものだけが良い思いをする現状を変えようとしていた。
「それで……ご報告がございます」
滝姫が言いにくそうにしているのを見て、時姫が言う。
「多比人様のことでしょうか」
「……はい……シノビから報告がありました」
「構いません。多比人様は防人様であり、我が妹の夫。どのようなことであれ、わたしは驚きません」
時姫は多比人のこととなると、もうロクでもない報告だと思うようになっていた。
「……では、ご報告します。多比人様は先日、繭ノ庄の豊穣祭りに現れたそうです」
「繭ノ庄の豊穣祭り……拝月塔が有名な、大変由緒あるお祭りと聞きます」
「それが、よりによってその拝月塔を多比人様が倒してしまったそうです」
「……なんと罰当たりな……」
時姫は絶句した。
自分はあまり信心深いほうではないが、これはやってはいけないことだと時姫は思った。
「さらには、西ノ庄に現れた多比人様が、吉姫様に欲情して抱き着いて離さなかったそうです」
「……西ノ庄の吉姫様と言えば、八十過ぎのお年……お独りで山の中で住まわれているとお聞きしましたが……」
「はい。吉姫様を自分のものにしようと抱えて山から降ろしてしまったそうです」
「……それで、雪はどうしたのですか」
「怒り狂った雪姫様は、多比人様を裸にして縄でぐるぐる巻きにしてしまったそうです」
「……そうですか」
「しかも縄で縛られて喜んでいたそうです」
「……」
先日は少女、今度は老婆。民の崇拝する拝月塔を倒した挙句、縄で縛られて喜ぶド変態とは……。もうどんな報告を受けても驚かないと思っていた時姫は、自分の思慮の浅さを恥じた。
(春姫様は多比人様に、愛姫様を討つためのあらゆる特訓を施したと聞いています。きっとその特訓が凄まじ過ぎて精神にひずみが出てしまったのでしょう。それにしても雪のことが心配です。変なプレイでもされていなければよいのですが……)
○或る日の大神官様(その2)
「もう祈祷札造りは飽きたのじゃ! お祭りに行きたいのじゃ!」
「愛姫様、休憩いたしましょう。さあさあ、かき氷をお持ちしましたよ」
「橘樹! 妾はかき氷、大好きなのじゃ!」
「こちらはメロン、パイナップル、いちご、キウイ、桃にりんごシロップです。お好きなシロップを……あ~! みんないっぺんにかけるな~!!!」




