62.行き倒れ
汚い身なりの痩せ細った男が、道の真ん中に倒れていた。
「主、行き倒れですね。変な病気を持っているかもしれませんから、隅っこを歩きましょう」
そう言って楓は道の隅を歩く。
ここは大きな街道だが、誰もこの行き倒れを気にかけてはいないようだ。
「まあ、そうは言ってもさ」
多比人はそう言うと、行き倒れの男を抱えて起こした。
「どうしましたか? 大丈夫ですか?」
「……み、水……」
多比人が自分の竹筒の水筒を男の口に当てると、男は急に水筒を手に取ってごくごくと飲み始めた。
多比人の水筒を空にすると、その男は言った。
「……腹が減って、死にそうだ」
それにしてもよく食べる。
男の横には空になったカツ丼のどんぶり三つ、天丼のどんぶり三つが重なり、今は親子丼を食べている。
多比人は男を近くの定食屋に連れて行ったのだが、先程までほとんど動かなかった男が、食べ物が来ると急にガツガツと食べ始めたのだ。
男の顔にはところどころ瘡蓋があり、無精ひげが生えていた。それになにより貧相だ。
一心不乱に親子丼を食べる男に楓が言う。
「それにしても貧相な男ですね」
「よく惨めな男って呼ばれるっす。すれ違いざまに『哀れだなあ~』ってしみじみ言われたことあるっす」
そう言って、楓に向けた笑顔も貧相だった。
「あんなところで倒れていて、いったいどうされたのです?」
雪が男に聞く。
「いや~、神都に住んでいる妹に会いに行こうかと思ったんすけど、お財布落とした上に体調も悪くって、気がついたら倒れていたっす」
「お財布落とされたんですか?」
「いや~奥さん、俺、よくお財布落とすんです。あと、すれ違った馬車の泥かぶったり、鳥の糞が頭に落ちてきたりするっす」
「……運……悪いんですね」
雪が気の毒そうに見る。
「そうっす。俺運悪いんすよね~」
そう言って笑う顔が、運が逃げていきそうな笑顔だ。
「そうだ、自己紹介していなかったな。僕は数馬多比人、こっちは妻の雪、こっちはお手伝いの楓だ」
「多比人さんすか~、良いお名前で。私は草安と申します! ごちそうさまっす! ところでご飯をおごってもらった上にさらに厚かましいお願いですが、今晩一緒に宿に泊めてもらってもいいでしょうか。お財布ないんす」
貧相な笑顔を見ながら楓が言った。
「お前、貧相な割に図々しいな」
「よく言われるっす」
そう言って貧相な笑顔を向ける草安に、多比人が言った。
「でも、僕らは南の方に行くんだけど、神都へ行くには方向が違うんじゃない?」
「いや~最近野宿が多かったんで、宿に泊まれるんならどこでもいいっす」
「じゃあ、一泊だけ一緒に泊まろうか」
「ありがとう多比人さん! 恩に着るっす! ウイッスウイッス~!」
定食屋から出ると、多比人達は南の方角にある、拳母ノ庄に向かった。
「俺、拳母ノ庄から来たっす。案内するっす」
そう言って、草安は多比人達の道案内をしてくれた。
歩いていると、草安は時々ゴホゴホと咳をする。
「お風邪を引いているのですか」
「いや~奥様。風邪というか、いつも咳が出るっす。おしっこの時も咳が出て、手元が狂うっす」
貧相なだけじゃなく、女性もこれでは逃げていくだろうと雪は思った。
拳母ノ庄に入ると、何故か活気がなかった。
この庄も神都から睨まれている庄なのかと思い、楓がそれとなく庄の人に聞いてみると、そんなこともないらしい。
多比人が入った宿屋の帳場では、十二、三歳くらいの女の子が対応してくれた。
「いらっしゃいませ~。四名様のお泊りですか?」
「はい。一泊でお願いします。お嬢ちゃん、お店の手伝いかい? 偉いねえ」
多比人が感心して聞く。
「いえ、母が先月、斑病で死んでしまって。それで厨房のお父さんと一緒に働いています」
「斑病?」
「お客さん達は北から来たので知らないのですね。最近南の方から流行ってきている病気です。全身に赤い斑点が出来て死ぬんです」
「そうなんだ」
「何が原因で伝染るのか分からないのですが、お客さん達も気を付けてくださいね」
そう言って女の子はにっこり笑った。
先月母親が死んだばかりだというのに気丈な子だと、多比人は感心した。
ひと風呂浴びた後、部屋で夕食を食べているときに多比人は聞いてみた。
「草安さん、斑病って知っていますか」
「はい。すいません」
「いや、結構流行っているって聞いたけど、そんなに流行っているの?」
「そうですね~、なんか大変なことになっているみたいで、申し訳ないっす」
「罹ったら死んじゃうの?」
「罹った人の半分くらいは死んじゃうみたいっす」
申し訳なさそうに話す草安に、雪が言う。
「まるで草安さんが悪いみたいに話すんですね。お優しいですね、草安さんは」
「奥様みたいな美人に言われると、いたたまれないっす」
「まあ、美人だなんて……素直な方」
雪には、とりあえず褒め倒しておけばよいのかと、楓は思った。
「多比人様、これから南ノ庄方面に行きますけど、大丈夫でしょうか」
雪が不安そうに多比人に聞く。
「さすがのわたしも、流行り病には何にも出来ません」
楓もそう言って不安そうな顔をする。
「多比人さん達はたぶん大丈夫っす」
草安がそう言った。
「どうしてそう思われるのですか?」
雪が不思議そうに聞く。
「いや~たぶんそういう気がするってだけっす。ウイッスウイッス~」
それにしては、まるでそうであることを知っているかのような口ぶりだ。
草安は何か不思議な男だなと、多比人は思った。




