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ばあちゃんの遺品が聖剣だった!  作者: 渓夏 酔月


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60.防人の気持ち

 翌朝、囲炉裏を囲んで朝食を多比人達がご馳走になっていると、吉姫が言った。


「昨晩は土石流を防いで下さり、誠にありがとうございました。これで少し生きながらえることが出来ました」


 そう言って吉姫が頭をさげる。


 ご飯を食べながら、多比人が吉姫に言った。


「吉姫様、千両(ちぎり)ノ庄に娘さん夫婦がいると言っていたけれど、そこで暮らす気はないのですか。そのうちここも土石流にやられてしまいますよ」


 吉姫が笑う。


「昨日も言った通り、わたしはここで西ノ庄と運命を共にするつもりです。最後に防人様にお会い出来て、しかも聖剣に守って頂いて、良い冥途の土産になりました」


 その言葉を聞いて、多比人が言う。


「大変失礼ですが、言わしてください。吉姫様が昨日おっしゃった、兵馬様のことを想ってここに残るという話ですが、防人として言います。兵馬様は、そんなこと全然望んでなんかいないと思いますよ」


 吉姫がぽかんとした表情で多比人を見つめる。


「兵馬様は西ノ庄が、庄のみんなを好きだったのでしょう。守りたかったのでしょう。だったら誰一人死んでほしくないに決まっています。兵馬様が何を考えていたかは詳しく分かりませんが、吉姫様にこんなところで死んでほしくないって思うことだけは分かります」


 多比人が吉姫に言う。


「だから千両ノ庄の娘さんのところに行きましょう」


 吉姫はかぶりを振った。


「多比人様のお心遣い、大変ありがたいことではございますが、既に決めたことでございます」


「そう言うと思った」


 そう言いながら、多比人は食べ終えた茶碗を置くと、すっくと立ちあがった。


「土石流に飲み込まれて今日にでも死ぬかもしれない人を、ほってはおけません。兵馬様ならそう言うはずですよ」


 多比人は座っていた吉姫を、抱えて肩に担いだ。


「雪、楓、さあ千両ノ庄に行きますよ」


「た、多比人様! ちょっとお待ちください!」


 抱えられた吉姫が、目を白黒させている。


「吉姫様、何か絶対持っていきたいものってあります?」


「多比人様! 降ろしてください! ちょっと!」


「雪、楓、適当に吉姫様の必要そうなもの、見繕って持ってきて」


「ちょっと多比人様! 待ってください!」


 多比人は吉姫を担ぎながら駆け降り、丘の上の家から千両ノ庄まで行ってしまった。


 多比人は、観念した吉姫から娘夫婦の家を教えてもらうと、そこまで吉姫を運んだ。娘夫婦の家の戸を多比人が叩くと、驚いた吉姫の娘が飛び出してきた。


 多比人が娘の前に、吉姫を降ろす。


「お母さん……良かった!」


 そう言って、娘は母に抱き着いた。


「昨日はここまで山鳴りの音が響いていて、今日も今から母さんの様子を見に行こうと思っていたのよ!」


 娘は泣きながら母を見る。


 母も泣きながら、娘を見つめる。


「悪かったねえ……心配かけたねえ」


 吉姫が丘の上の家から降りてきたという話を聞いて、近隣から西ノ庄に住んでいた人達がわらわらと集まってくる。


「吉姫様! ご無事でしたか」


「心配しておりました! 吉姫様!」


「良かったです。良かったです、吉姫様!」


 吉姫の無事を聞いて、喜び、安堵して集まってくる人達は、どんどん増えてくる一方だ。


 それを見た多比人は、吉姫を囲む人だかりから離れ、静かに去ろうとした。


 雪と楓がついて行く。


「お待ちください防人様!」


 多比人を呼び止める吉姫の声に、三人は振り返った。


「防人様。この吉姫、こんなにも多くの西ノ庄の民に、心配をかけていたとは思いもよりませんでした。防人様にあの家から降ろしてもらって目が覚めました。西ノ庄は土地にあるのではなく、人にあったのですね。ありがとうございます」


 そう言って、吉姫が頭を下げる。


 娘夫婦が、西ノ庄の人々が多比人に頭を下げる。


「良かったです。お体に気を付けてくださいね」


 多比人はそう言って笑顔で手を振ると、歩き出した。


 吉姫達が見えなくなってから、雪が多比人に言った。


「わたし、多比人様が吉姫様を担いで歩き出した時、びっくりしてしまいました。こんな強引なことをしても良いのだろうか、西ノ庄の土地に殉じたいという吉姫様を尊重した方が良いのではと思ってしまいました」


「あれはわたしもびっくりしました」


 楓も頷きながらそう言った。


「でも、吉姫様も、娘夫婦も、西ノ庄の方々にも喜んでもらえて良かったですね。さすがは多比人様です」


 雪はそう言って笑った。


「強引さも時には大切なんですね!」


 楓もそう言って笑う。


 多比人は足を止めて、西ノ庄の方を見ながら言った。


「雪も楓も僕のことを買いかぶりすぎだよ。吉姫様を強引に降ろしたのだって、僕が嫌だったからだよ。西ノ庄のみんなが吉姫様を大切に思ってくれていたのは、吉姫様がいままでちゃんとしてきたことの結果だよ。今回たまたま良かったけど、いつもこういうのが上手くいくとは限らないよ」


 西ノ庄から視線を戻すと、多比人は再び歩き出した。


 多比人は、防人としての責任の重さに慄いていた。


 神界から下界に出て、神界への入り口を守れるのは防人と、防人が連れて出られるごく少数の人のみ。土石流から民を守るのだって、聖剣を持つ防人にしか出来ない。


 多比人は、西ノ庄の防人だった兵馬は、愛姫様に負けて、神館に幽閉されることで肩の荷が降りてホッとしたのではないかと思ってしまった。もういろいろな責任から逃れたくて、負けると分かっている愛姫様との戦いに臨んだのではないかと思ってしまった。


 そんな兵馬のことを想って西ノ庄で殉死されたら、兵馬はいたたまれないだろうと多比人は思ったのだ。


 そんなことを考えている自分自身が、多比人はとても恐ろしかった。


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