6.はじめての実家挨拶
雪の実家は代々この庄の長、庄長をしている家柄であり、その居館は、雪達が居住する母屋と、東ノ庄の政庁が一体となった造りになっており、庄館とよばれていた。庄館は黒く塗られた塀に囲まれ、さながら小さな城塞のようだった。
(何だかこの館、見覚えがあるような……)
多比人は不思議な懐かしさを感じながら庄館に入って行く。
既に多比人が来ることは知らされているらしく、庄館の使用人が雪と多比人を出迎え、奥へと案内する。
案内された広間では、大勢の人が集まっており、その奥に年配の女性が座っていた。
雪がその女性の前で平伏するのを見て、多比人も平伏する。
「鷹姫様、春姫様のお孫様であり、防人様をお継ぎになった数馬多比人様をお連れしました。この方との結婚をお許しください」
広間に集まった者たちがどよめきの声を上げる。
「顔を上げなさい。多比人、わたしのことを覚えているか」
鷹姫の言葉に多比人は顔を上げると、鷹姫が優しく微笑んでいた。
(春ばあちゃんにそっくりだ。あれ、この感覚、前にもあったような……)
「多比人、お前は昔、一度だけ春姉に連れられてここに来たことがあるのだよ」
(……それでこの館に見覚えがある気がしていたのか。そうだ、お饅頭をたくさん御馳走になった気がする)
「その節は、美味しいお饅頭をたくさんありがとうございました」
「はっ、はっ、はっ、覚えていてくれたか。嬉しいぞ。こうして立派に成長した多比人を見ることが出来て、今日はめでたい日だ。春姉は、多比人は防人になりたいとは思わないだろうと言っていたので、もう会えないものと思っていた」
確かに、防人になってくれと言われても絶対拒否していただろうと、多比人は思った。
「でも春姉は、『私に策があるから案ずるな。必ず多比人を防人にしてみせる』と言っていたが、よくぞ防人になることを決心してくれた。私からも礼を言う」
そう鷹姫から言われて、自分が祖母の策にまんまとはまっていることに多比人は気がついた。いつの間にか神界に来て、桐箱の聖剣を使って防人ということになってしまった。
「しかも、雪と結婚すると聞いた。真か?」
「はい」
「雪と結婚すれば、恐らく愛姫様から『婿見せ』の呼び出しがあろう」
「はい」
「覚悟は出来ているのか」
「……覚悟は正直、まだ十分には出来ていません。ただ、雪と結婚すると僕は決断しました。いずれ来る愛姫様との勝負の日までに、覚悟が固まるように頑張ります」
優柔不断で決断できない自分とは決別するのだと、多比人は思った。
美好課長の笑い声が頭の中に響いていた。
「よくぞ申した。それでこそ春姉の孫、そして今代の防人様よ」
広間に集まった者達から歓声が上がる。その歓声が落ち着くのを待って、鷹姫が言う。
「では、雪との結婚を認めよう。結婚の日取りは、愛姫様を討つすべての準備が相成ってからだ。これから我が東ノ庄の総力を挙げて愛姫様の弱点を調べ上げ、十分に対策を練り、多比人の勝利に向けて全力で臨もう。必ずや愛姫様を討ち取り、神界の皆を救うのだ!」
「応!!」
広間の者達が鷹姫の決意に応える。
鷹姫は、漆塗りの台の上に用意されていた指輪を、多比人と雪の指にはめた。
「多比人、雪、これでお前達は婚約したことになる。力を合わせて愛姫様を討ち取るのだ」
「必ずや、愛姫様を討ち取ってごらんに入れます」
雪がそう言って頭を下げる。それに合わせて多比人も頭を下げた。
「では、今日は二人の婚約祝いだ。皆の者、存分に飲むがいい!」
鷹姫のその言葉を合図に、広間には食事や酒が運ばれてきた。
「多比人様と雪姫様の御婚約を祝って乾杯!」
広間の人の乾杯の音頭に合わせ、宴が始まった。
「こほん!」
宴が始まってしまうのを引き留めるように、わざとらしい女の子の咳払いが聞こえた。
「そうそう、多比人に楓を紹介するのを忘れておった」
鷹姫はそう言って、いつのまにか多比人の前に現れて、平伏している娘を見た。
「この者は楓、シノビの者だ。防人には必ずシノビがひとり仕えることになっている。楓は生まれた時から防人様のシノビになるために修行してきたのだ。年は若いが頼りになる。情報収集、物資調達、身体警護だけでなく、防人の家令としての役割も担う『防人のシノビ』だ。今日から多比人の家人とせよ」
「楓と申します。我が主、よろしくお願い申し上げます」
そう言って顔を上げたのはまだ十五、六歳ほどのショートカットの黒髪の少女だった。
「よ、よろしく」
多比人がそう言うと、いつの間にかその少女は消えていた。シノビというのは変幻自在に現れたり、消えたり出来るものなのだろうか。
宴もたけなわになり、酔っぱらった者達が多比人を取り囲んでいる。
「多比人様、一度、聖剣『神祓』を見せてくだされ!」
「聖剣を見ると、その一年は風邪をひかないと言われております!」
「そうそう、聖剣『神祓』! 防人様の手から出てくると聞いとります。ビシッと出してくだせえ!」
あの剣は『神祓』という名前だったのか、何という物騒な名前だと多比人は思った。しかし、剣は多比人の右手に吸い込まれてしまって、どうしたら再び出せるのか多比人も良く分からない。
「すばらしい剣でした。多比人様、願わくばわたしももう一度見てみたいです」
雪も目を輝かして多比人にお願いする。それに便乗して周りも盛り上がる。
「実を言うと、だ、出し方、よく分からないんだよね」
「春姉は、右手をパッと横に出して手を握ると、聖剣が出現していたぞ。ほれ、こんな感じだ」
鷹姫が、春姫がかつて聖剣を出現させた様子を手振り身振りで多比人に説明する。
「こ、こうですか? えいっ……そやっ……とうっ」
多比人は鷹姫に見せてもらったように、見よう見まねでやってみるが、いつまで経っても剣は出てこなかった。だんだん周りが落胆してきたのが分かる。
「わ、わたしが見たときは凄かったんですよ」
雪がたまりかねてフォローする。
「前は凄かったのに、全然ダメな時もある。男衆は女よりも繊細なのだ。あまり無理をさせるな」
鷹姫の誤解されかねない慰めの言葉で、この日の宴はお開きになった。
そしてこの夜、雪はある決心をしていた。
(結婚の申し込みから実家への挨拶、一日で怒涛のコンボでした。さらに念には念を入れなくては……)




