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ばあちゃんの遺品が聖剣だった!  作者: 渓夏 酔月


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57.拝月塔

「どすこい! どすこい! どすこい! どすこい!」


 地響きのように響く力士達の掛け声とともに、ゆっくりと拝月塔が傾きだした。


 ギ、ギ、ギ、ギ、という断末魔の叫びのような音とともに、ゆっくりと拝月塔が倒れていく。それに巻き込まれまいと民衆が逃げ惑う。


 ズ、ズ、ズ、ズ、という音とともに、豊穣祭の伝統であり、象徴でもあった拝月塔が倒れ、横倒しになってしまった。


 拝月塔の倒壊という事態に、あれほど混乱し、乱闘していた民衆の動きは止まり、豊穣祭の会場は静まり返った。誰もが拝月塔が倒れるという事態が、どれほど深刻なものか理解していた。


「……だ……だめだ……豊穣祭は……失敗だ……」


 豊穣祭のクライマックスの舞台である拝月塔の倒壊を目にして、尊姫が絞り出すような声でそう呻いた。


 尊姫は三年ぶりの豊穣祭の開催のため、寄付金を集めに商人などの家々を回った時のことが目に浮かんだ。


 それほど豊かなわけでもないのに、尊姫様がそうおっしゃるなら、庄民のためになるならと、誰もがなけなしのお金を寄付してくれた。


 街頭の募金活動では、小さな子供がお小遣いの中から寄付してくれた。


「尊姫様、おまつりたのしみにしています!」


 そう言って、募金箱にお金を入れてくれた子供の笑顔が忘れられない。


 それが今、すべて大失敗という結末を迎えたのだ。


 尊姫は唇をかみしめ、その目には大粒の涙が浮かんでいた。


 雪も多比人も広重も、あまりの事態に声も出ない。


 拝月塔倒壊直前に舞台から飛び降りて群衆に紛れた楓は、自分の巻き起こした事態に戦慄し、頭を抱えて身を隠した。


 豊穣祭会場脇の林の中から、勝姫が倒壊した拝月塔を茫然と見上げていた。


「こ、こんな酷いことって……」


 勝姫は嗚咽を堪え切れなかった。


 妹が必死の思いで三年ぶりに開催した豊穣祭が、こんなことになるなんてあまりにも酷すぎる。


 誰もが豊穣祭は大失敗、最悪の結果に終わったと項垂れたその時だった。


(シャリン。シャリン)


 静まり返った豊穣祭の会場に、鈴の音が響いた。


(シャリン。シャリン)


 鈴の音は決して大きくはなかったものの、人々の耳にはっきりと響いた。


(シャリン。シャリン)


 勝姫が鈴の音の鳴る方を見ると、横倒しになった拝月塔の、もとは頂上であった舞台の端に、神楽鈴(かぐらすず)を持った白い着物の少女が立っていた。


(シャリン。シャリン)


 少女は鈴を鳴らしながら、本来拝月塔の側面だった板の上を、高くなった土台の方向へと静かに歩いていく。


(シャリン。シャリン)


 会場に集まった民衆すべてが一言も発しない。誰もが少女を見ていた。


(シャリン。シャリン)


(あの子、さっきの子じゃない?)


 雪が小声で多比人に言うと、多比人が小さく頷いた。


(シャリン。シャリン)


 横倒しになった拝月塔の最も高い部分。元は土台だった場所に少女が到達すると、少女の正面には大きな月が浮かんでいた。


 少女は静かに鈴を置き、青い稲穂を懐から出すと、月に向かって祈るように歌いだした。


『人の世の 


 儚き夢の 瞬きに 


 豊穣祈る 今宵踊らん』


 美しい歌声だった。耳というより、直接心に響く歌声だった。


 その歌声は、さっきまで争い、怒り、悲しみ、混乱していた人達の心を癒し、落ち着かせた。自分達は何と愚かなことをしてしまったのだろう。人々のその後悔も、絶望も、その歌声はすべてを赦してくれる響きがあった。そして気づけば誰もが少女と一緒に、月に向かって豊穣を祈っていた。


 しばらくの静寂の後、祈りを終えた少女が振り返って民衆に絶叫した。


「これで今年は豊作間違いなしじゃ~! わらわは荒ぶる祭りが大好きじゃ! 喧嘩上等! 気に入ったぞ! 歌え! 踊れ! 飲め! 騒げ! 豊穣祭りはこれからじゃ~!!!!!」


 地響きのような大歓声が民衆から湧き上がった。花火が大量に打ち上がる。民衆が踊り狂い始める。太鼓にお囃子が鳴り響く。さっきまで殴り合っていた者達が、正明達が、樽彦達が、力士達が、輪になって踊り狂い、歌い狂い始めた。


 あまりの感動で、泣きながら踊っている者もいる。


 豊穣祭は、まさしくクライマックスに到達した。


 大勢の者に囲まれ、倒壊した拝月塔の上で楽しそうに踊る少女を見て、涙を流しながら尊姫が言った。


「あの少女のおかげで救われました。何とお礼を言えばよいのやら」


 雪も少女を見ながら言った。


「あんな凄い子だったなんて。牛串や綿菓子なんて安いものですね」


 多比人も楽しそうに踊る少女を見る。


「あの子は人の心を優しくする何かを持っている気がするよ。何だろうね。お祭りの会場のみんなの気持ちが一つになった気がして、何か大きな優しいものに包まれている気がするよ。こういうのって、愛っていうのかな」


 踊り狂う民衆の中で、正明と樽彦が言葉を交わしていた。


「樽彦! ところでお前の好みの女性の体形は? ミーはぺったんこ」


「ボキは爆乳」


「樽彦! 好みの女性の性格は? ミーは優しい娘」


「ボキは自分のことを忌み嫌っているきつい娘」


 二人の男はがっしりと友情の握手を交わした。


「「ボキ達は住み分けられる! ミー達に争いはない!」」


「フヒャフヒャフヒャフヒャ!」


「ニラニラニラニラ!」


 どうしようもない男達が友情を確認している横では、二人の女性がそれを冷めた目で見つめていた。


「変態が二人になりました~」


 杏がそうつぶやいた。その杏に、結良乃ゆらのが声を掛ける。


「あの……あなた、あのボキの人の従者ですか?」


「あなたはニセ金魚すくいの親玉の従者ですか~。変態のお守りはお互い大変ですね~」


「「ふうぅ~」」


 女従者二人は、深く、重いため息をついた。


 こうして、今年の繭ノ庄の豊穣祭は、歴史に残る大成功となった。しかもこの年、繭ノ庄は空前絶後の大豊作となった。これ以降、豊穣祭のクライマックスでは拝月塔を倒すことが慣例になったという。


○或る日の大神官様(その1)

「おお、女官達! ちょうどいいところに来た。愛姫様からの有難いお言葉である。心して聞くように。『この度『大神官様ファンクラブ』を結成したので、ぜひ入会するように』と、愛姫様はおっしゃっておられる」


「……」


「どうした。入会方法ならこのパンフレットを見よ。分かり易く書いてあるぞ。なんと私のちょこっとコラム付きだ」


(大神官様……お友達がいないからって……寂しいのね……お可哀そう)

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