54.豊穣祭
豊穣祭当日、尊姫は自ら会場となる繭ノ庄郊外の広場を見回っていた。
両隣には、雪と侍大将の生田広重が付き従い、尊姫を護衛している。
広場の中央には巨大な櫓が建造されていた。櫓は地面に接する土台が一辺十メートル程の四角形で、そこから緩やかな曲線を描いて上へ行くほど細くなり、櫓の頂上は一辺四メートル程の四角い舞台が作られていた。高さは五階建てのビルほどもあった。四方の側面がすべて板張りされており、さながら小さな城のようであった。
「祭り櫓にしては、かなり立派なものですね」
櫓を見上げながら、雪が尊姫に言った。
「祭りのクライマックスに、巫女があの櫓の内部の階段を登り、頂上の舞台で満月に向かって豊穣の祈りを捧げるのです。登っているのが丸見えだと興ざめなので、板を張っているのです。我々はあれを『拝月塔』と呼んでいます」
そう言いながら、尊姫が拝月塔を見上げる。塔の上の舞台では、四方に縄を張る作業をしていた。
「満月に向かって巫女が祈りをささげる情景は圧巻ですぞ。ぜひ雪様もご覧ください!」
侍大将の生田広重が、自慢げに雪にそう言った。この祭りは、繭ノ庄の人間にとってかなり思い入れのあるものなのだろう。
聳え立つ拝月塔を中心に踊りの場が配置され、その脇には土俵まであった。
「いつも豊穣際では、力士を招いて奉納相撲を行うのです。これまた盛り上がりますぞ!」
広重が土俵を指さして、嬉しそうに雪に言った。
これら拝月塔や踊り舞台、土俵などがつくられた中央の広場を取り囲むように屋台が並んでいた。既に多くの屋台の人々が準備を始めていた。
「豊穣際は夕方から始まり、満月が拝月塔の舞台あたりの高さに登る、二十時頃がクライマックスになります。今回は花火も多めに用意しておりますぞ! なにしろ三年ぶりの豊穣際、私も今から楽しみです!」
広重が興奮しながらそう言った。
祭りの準備は順調に進み、夕方、祭りの大会本部テントの尊姫のもとに、多比人がやってきた。
「これは多比人様、ようこそ豊穣際へいらっしゃりました。雪様をお借りしていますよ」
そう言って、尊姫が笑顔で挨拶する。
「それにしても、大きなお祭りですね。これほどとは思いませんでした」
多比人が会場を見回しながら、感嘆して言った。
「このあたりでは最も大きいお祭りです。良かったら、屋台を雪様と一緒に回られたらいかがですか。祭りが始まる前の、今がお勧めです。祭りが始まってしまうと、混雑でどこも並ばないといけなくなってしまいます」
尊姫がそう言って、雪に多比人と一緒に行くように促す。
雪が尊姫の護衛から外れることに戸惑っているのを見て、広重が言った。
「ここは私に任せて、少し屋台を楽しんで来てください。祭りはまだこれからですから」
「では、甘えさせていただきます」
雪はそう言うと、さっと多比人の腕をとって屋台を見に出かけた。
(楓にお金を渡して、遠くに行かせた甲斐があったというものです)
雪は、多比人と二人で屋台を巡る幸せをかみしめていた。本当なら綺麗な浴衣を着たいところだが、警護をしている身ではしょうがない。
「お腹減ったね~」
「はい。わたしも尊姫様の警護で緊張していたのか、お腹ペコペコです」
どの屋台からもいい匂いがしていて、多比人と雪はどこの何を食べようかと話ながら屋台を巡った。ふと、雪が足を止めると、牛串焼きの屋台の前で、うなっている十歳くらいの女の子がいた。
「多比人様、あの女の子……前に月影ノ庄で会った子ではないでしょうか」
雪の言葉に多比人が屋台の前を見てみると、確かに以前、祭りで出会ったおかっぱ頭の白い着物を着た女の子だった。あの場所とは結構離れているが、どういうことだろう。
雪が女の子に声を掛ける。
「あなた、この前月影ノ庄にいたでしょ。今日はどうしたの?」
女の子は雪の方を見ると、後ろの多比人に気づいてぱあっと笑顔になった。
「おお! 多比人! 多比人ではないか! 良いところにいた! 牛串買ってくれ! わらわは金を持っておらぬのじゃ!」
女の子は多比人の着物を引っ張って、牛串屋台の前に連れて行こうとする。
「ねえ、君はここまでどうやって来たの? ご両親は?」
「わらわはこの時期は、祭りを渡り歩いておる。そんなことより牛串買ってくれ~!」
多比人はこの女の子の両親は無類の祭り好きで、各地の祭りを子供を連れて渡り歩いているのだろうと思った。
「大変なご両親だね。ご両親がいるのに買ってあげちゃってもいいのかな?」
迷っている多比人に雪が言った。
「わたしにも買ってください。女の子の分も合わせて買ってください」
「まあ、雪がそう言うならいいけど」
多比人が懐から財布を出す。
「雪! おまえは雪というのか! 恩に着るぞ!」
女の子がぴょんぴょん飛び跳ねて喜んでいる。
多比人は自分の分も含めて三本の牛串を買うと、雪と女の子に渡した。
「うまい! うますぎじゃ!」
女の子が跳ねながら喜んでいる。
「これを食べたらご両親のところに帰りなさいね」
雪がしゃがんで女の子に言う。女の子は急に下を向いた。
「家には帰りたくないのじゃ。こき使われるのじゃ」
雪と多比人は顔を見合わせた。
どうやら複雑な家庭のようだ。
食べ終わった多比人達がほかの屋台を巡ろうとすると、女の子は多比人と雪の間に入り、二人の手を握って一緒に歩き出した。
雪が女の子を見て笑っている。
多比人は、まるで雪との間に出来た子供と一緒に、お祭りに来たみたいだなと思った。
「次はあれじゃ! 綿菓子じゃ! 綿菓子が食べたいのじゃ!」
多比人は綿菓子を三つ買うと、三人で食べながら歩いた。
いつか雪と子供を作り、こうして一緒に歩きたいなあと、多比人は思った。
「おお、じゃがバターではないか! 多比人! じゃがバター食べたいのだ!」
「ええ、まだ綿菓子食べてる途中だよ」
「多比人様、わたしもじゃがバター食べたいです!」
「じゃがバターは最高なのだ!」
多比人は屋台のおやじにお金を払いながら、女の子に言った。
「祭りが終わったら、ちゃんと家に帰るんだよ。みんなきっと心配しているよ」
「……わかったのだ……この祭りが終わったら帰るのだ……」
パンッ、パンッと、祭りの開始を知らせる花火が鳴る。
豊穣際の始まりだ。
すでに祭りの会場には、多くの人が来て楽しんでいる。
この祭りが無事に成功してほしいと、多比人は心から思った。




