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ばあちゃんの遺品が聖剣だった!  作者: 渓夏 酔月


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53.時姫の思惑

「波姫様、大変お忙しいところ恐縮なのですが、裁判の判決文書の記載と署名をお願いします」


 第三神官の執務室から出て行こうとする波姫を、時姫が呼び止めた。


「時、そんなこと言ってもお芝居始まっちゃう時間なのよ。明日じゃダメ?」


「期日内で判決が出るからこそ、波姫様に訴訟が多く持ち込まれ、寄進も多く寄せられるのです」


「分かっているわよそんなこと! でも、開演に遅れると、彼がうるさいのよ!」


 波姫は若い役者に入れあげ、今では半同棲し、彼と言って憚らない関係になっていた。


「では波姫様。恐れながらこの時が代筆させていただくというのはいかがでしょうか。判決文を私が書き、署名を『波姫(代 時)』として、きちんと波姫様の代筆であることが分かるようにします。当然後で波姫様には確認していただきます」


「……いいわね、それ。じゃあやっておいて!」


 すぐさま出かけようとする波姫に、時姫は言った。


「ただ、問題がございます」


「まだ何かあるの!?」


 波姫が面倒くさそうに時姫を見る。


「恐れながら、私は『姫』の称号を剥奪されています。畏れ多くも神官たる波姫様の代筆をした者が、時という単なる女官の名前であっては、判決を受けた者は納得しないのではないでしょうか。特に地方の者達は、そういうことにこだわりを持っています」


 やれやれと言った感じで波姫が言う。


「田舎者どもは地位とかにこだわるからね。いいわ、時。今から時姫と名乗りなさい。『姫』の称号は私が与えるわ。『波姫(代 時姫)』なら田舎者も納得するでしょう」


「波姫様の名を辱めぬよう、しっかりと代筆させていただきます」


 時姫が頭を下げる。


「じゃあ、時、よろしくね!」


 そう言って波姫は、執務室を足早に出て言った。


 隣に控えていた滝姫が時姫に言う。


「時姫様。これで正式に『姫』の称号を取り戻せましたね」


「はい。人を動かすために、こういうものは案外重要です。そのうち滝姫達にも『姫』の称号を戻せるようにします」


 滝姫が頭を下げながら言う。


「これからは神界の隅々まで、判決が時姫様の署名で出されることになります。実際の判決を誰が差配しているのか、より分かることとなりましょう。そうすればさらに寄進は集まり、武具なども手に入りやすくなるでしょう」


 時姫が滝姫にそっと耳打ちする。


「近々『訴訟前裁き処』の人員をさらに増やそうと思います。道姫のように無実の罪で幽閉されている有能な者がまだ多くいるはずです。その者達のリストアップと準備をお願いします」


「既にその準備を進めておりますが、作業を加速させます」


 滝姫はそう言うと、執務室から出て言った。


 時姫は波姫の執務机を見ながら思った。


(これで裁判の受付、下調べから判決文公布までの一連の行為を我々だけで行えるようになりました。これは司法という利権を手に入れたということです。利権は即ち権力。権力にはおのずと人と金が集まってきます。それをもとに私は神官の地位をめざします。神官になれば愛姫様と謁見でき、その弱点を調べることも可能となりましょう)




☆ ☆ ☆




 ここは紅ノ庄の居酒屋。人気のある店のようで、客が多く入り、繁盛している。


 その一つのテーブルでは、少女が一人で機嫌よく酒を飲んでいた。


「ぷは~、旨い! 主達に隠れて飲む酒は旨すぎる!」


 机の上にはこれでもかとつまみの品が並んでいた。


「それにしても、雪姫様ってお優しいよなあ。楓ひとりで紅ノ庄の偵察に行けって言われたときはムカついたけど、『楓、お金をあげるからなるべく遠くでゆっくりお酒でも飲んでおいで。いつも気を遣って大変でしょう。出来るだけゆっくり、のんびりしておいで』なんて言って頂いた。良い方だよな~」


 そう独り言をしゃべるともなしに話しながら、机の上のつまみは次々に楓の胃袋に収まって行った。


「わたし、馬刺しを一人前、すべて自分ひとりで食べたいって思っていたんだよなあ~。幸せ!」


 楓は嬉しそうに、馬刺しを食べながら酒を飲む。


「か~、この醤油、西の醤油だ。水飴入っているやつだ。馬刺しに合う~!」


 楓が馬刺しを満喫していると、店の入り口が騒がしくなった。


「いや~お客さん、今満席なんで、誠に申し訳ありません」


「ちょっと詰めれば俺達三人ぐらい入れるだろう!」


「いや~関取の方々の座れるスペースなんてありませんよ。ただでさえうちの店は狭いんです。お引き取りください」


 店の入り口では、相撲取りの力士とお店の人がそう言って話していた。


「あそこ、あそこの机! 一人しか座っていないじゃないか! 三人分イスが空いているぞ!」


 力士の一人が楓のテーブルを指さして言った。


「いやいや、あのお客さんはたくさん注文していただいていて、ごらんのとおり、お一人でも机に載りきらないほどの注文をいただいておりまして」


 力士は明らかに不満そうだ。


「こんなに混んでいるのに一人で机を占領しやがって! 相席するべきだろう!」


 店員は困惑しながら言った。


「しかも前金でチップも相当頂いておりまして……」


「ボンボンのガキか」


 力士三人は、そう言うと店員の止めるのも聞かず、楓が飲んでいる机までやって来た。


「おいガキ! 一人で机を占領しやがって! 混んでいるのが分からないのか!」


 楽しく飲んでいたのを邪魔されて、不機嫌になった楓が横目で力士達をちらと見る。


「おい! 聞こえないのか! 相席させろって言っているんだよ!」


 そう言って、力士の一人が楓の机をドンと叩いた。


 力士の大きな手によって叩かれた机は大きな音を立て、あれほど騒がしかった店内が静まり返った。


 体の大きな力士三人に囲まれて、小さな楓は周りからは見えないほどだ。


「うるせ~デブ!」


 静まり返った店に、楓の声が響いた。


「……ガ、ガキが……デブだと……俺達が一番気にしていることを……」


 力士達の顔が怒りで真っ赤に染まっていく。


「へっ、一応気にしているのか。だったら酒なんか飲まず、外でスクワットでもやってろ! 三デブ!」


 そう言って楓は旨そうに杯を空けた。


「大将! この焼酎お代わり! ロックで! あと馬刺しももう一人前追加で!」


 楓がお代わりの注文をする。


「……ろ……す」


 力士の一人が押し殺した声を出した。


「……こ……ろ……す」


 楓が呆れたように言う。


「ねえ、あんたら用がないんなら出て行って欲しいんですけど。デブは暑苦しくて嫌なんですけど」


「ふ、ふざけんな~! ぶっ殺してやる!!!」


 そう言って力士の一人が楓の机に拳を叩きつけると、机が真っ二つに壊れ、つまみを載せた皿が宙に飛んだ。楓は自ら飛び上がると、宙に浮いた皿をすべて回収して床の上に降り立った。


「何するんだデブ! つまみがひっくり返るだろ!」


「デブって言うな~!!!」


 怒り狂った力士達が、ひらひらとつまみを持って逃げ回る楓を追いかけまわし、店内は大混乱に陥った。


 どさくさに紛れて楓は厨房に侵入し、焼酎を瓶ごとラッパ飲みする。


「ふざけやがって! どすこ~い!」


 厨房めがけて力士の張り手が飛ぶ。厨房の柱が折れる。


 楓は棚から馬刺しをとって食べる。


 力士が張り手を繰り出しながら楓に迫るが、楓はすかさず目つぶしの呪文を唱えながら醬油とニンニクを力士の目にふりかけた。


「バルス!」


「目が~! 目が~!」


「クケケケケケ!!!」


 笑いながら飛び回る楓を、他の力士達が追う。


 そのたびに楓が、七味唐辛子やらワサビやらを力士達にふりかけ、目つぶしを喰らわせた。


「デブにわたしが捕まるか! クケケケケ! ほら、来い! デブさんこちら!」


「どどどどどすこ~い!」


 目つぶしを喰らった力士達は、やみくもにそこらじゅうを張り手で突きまくり、とうとう店は低い音を立てて崩壊してしまった。


 店の下敷きになった力士達がもがいている中、既に遠くの原っぱにいた楓は、最後の焼き鳥を食べながら言った。


「そろそろ我が主のもとに帰ろ~っと。カエルが鳴くからか~えろ!」





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