50.勝姫と尊姫
勝姫達の砦は、大岩が積み重なる山の中腹にあった。
夜になり、山々の上に星が瞬くようになると、篝火が燃え上がり、山賊達は酒を飲み、肉を食い、宴を楽しんでいた。
「おい、雪! お前の旦那は優しそうでいい奴だな!」
「さすがは勝姫! あなたにも多比人様の良さが分かりますか!」
勝姫と雪は意気投合したようで、酒を酌み交わしている。
その隣にいた多比人は、奥の方でうごめくものに気づいた。
「勝姫様、あれは何ですか?」
勝姫が多比人の指差した方を見る。
「……あ~! 忘れていた! あいつ、峠で身ぐるみ剥いだらいきなりわたしに求婚してきやがったんだ。しかも自分は紅ノ庄の庄長の息子だって言うんで、身代金を頂こうと思ってここまで連れてきたんだ」
裸で縄にぐるぐる巻きにされた男は、体をよじって猿轡をずらすと言った。
「愛する勝姫~! もっとボキを罵ってくれ~!」
その声を聞いて、勝姫が露骨に嫌そうな顔をする。
「人質として連れてきたのは良いんだけど、ずっとあんな感じで気持ち悪いんだ」
「わたし、あの人知っています。いきなり声を掛けて来て求婚されたんで、ぶん殴ってやりました」
雪が吐き捨てるように言った。
「マジでキモいよな……」
勝姫が毛虫を見るような目でぐるぐる巻き男を見る。
「ああ、僕の人妻までいる! 女神様が二人もいる! 二人でボキを蹴って! 叩いて! 罵って! あうっ!」
ぐるぐる巻き男は山賊の男に蹴られていた。
その時、一人の女性が入ってきた。山賊達が頭を下げる。
「姉さん、その人は誰?」
「尊、こいつは雪、そいでこいつはその夫の多比人だ。わたしのマブダチだ! 怪しいもんじゃない」
「そう。ならいいですけど」
「雪、多比人、こいつはわたしの妹の尊だ。繭ノ庄の庄長をやっている」
「どうも、尊と申します。姉が世話になっています」
「尊姫様、雪と申します。こちらは夫の多比人です。よろしくお願いします」
尊姫は勝姫と違い、丁寧な物腰だ。
「お~い、いつもの持って来い!」
勝姫がそう言うと、男が大きな木箱を抱えてきた。
尊姫が開けると、中には旅人達から奪ったお金がたくさん入っていた。
「姉上、いつもありがとうございます。……でも、あまり危険なことはしないでください」
尊姫が申し訳なさそうに勝姫に言う。
「しょうがないだろ。うちは神都から睨まれているんだ。祈祷札を買うには金が要る。わたしは裕福そうな旅人からしか奪っていないから気にすんなよ!」
「……ありがとうございます。いただきます」
そう言って、尊姫は木箱を受け取った。
尊姫は多比人達を見ると、気まずそうに言った。
「すべて、わたしが悪いのです。わたしの我儘のせいで、姉にこんな山賊まがいのことをさせてしまっているのです」
「尊が悪いんじゃねえ! 悪いのは神都のやつらだ!」
勝姫が吐き捨てるように言う。
申し訳なさそうに、尊姫が多比人達に話してくれた。
「わたしが、神都から来た縁談を断ってしまったのです。お相手は、第三神官の家臣の息子さんで、最初は庄のためにも良いと思ってお会いしたのです。そうしたら、わたしを見て『ぺったんこ、ぺったんこ』と罵るばかりで他には何も言わないのです。確かにわたしは姉と違って胸は全くありませんが、そのような酷いことを言う方はあんまりだとお断りしたのです」
「そうしたら、それ以来神都から嫌がらせを受けるようになりました。以前は祈祷札を一枚五万神銭で頂いていたのが、急に五十万神銭になったのです。何故か先方はわたしのことを気に入ってしまったらしく、結婚するならもとの五万神銭どころか、もっと安く出来ると言ってきてくださるのですが……」
「絶対そんな男と結婚しても、尊のためにも庄のためにもならない! それでわたしが行方不明になったということにして、山賊稼業でなんとか金を稼いでるって訳さ」
勝姫はそう言って、グイッと杯を空けた。
「金のことは心配するな! 姉ちゃんがしっかり稼いでやるからさ! そんなことより、豊穣祭やるのかよ?」
尊姫は顔を上げると言った。
「はい。豊穣祭は秋の豊穣を祈り、愛姫様に感謝を捧げる祭り。楽しみにしている庄民も多いのです。こういう時こそ庄が一体となるのが大切かと」
「何度も言っているけど、わたしは反対だね! 祈祷札一枚五十万神銭? ふざけるなって話だよ! そんなことを許している愛姫様に感謝だと? 虫唾が走るわ!」
そう言って勝姫はさらに酒をあおる。
「でも、豊穣祭は昔から行われていた伝統の祭り。資金不足で最近は行われていませんでしたが、今年こそは行い、民の気持ちを勇気づけたいのです」
勝姫も妹の真摯な気持ちには弱いのだろう。舌打ちしながら言った。
「まあ、愛姫様のことはいい。でもよ、その豊穣祭をぶち壊して、尊、おまえへの民の信頼を落とそうって神都の奴らが計画しているって聞いたぞ。お前も知っているだろ!」
「……はい。聞いております」
「しかも繭ノ庄の庄兵は、経費節減で減らしに減らし、今はたった五人しかいないじゃないか。わたしの手下より庄兵が少ないってどういうことだよ。そんなんで祭りの会場の警備なんて出来るのかよ」
「庄の民から警備のボランティアを募集しております」
「……ボランティアで暴動を防げるかよ……わたしが警備してやりたいのはやまやまだけど、山賊が庄長とつるんでましたってバレるわけにもいかないしなあ」
勝姫が雪を見る。
「いた。すげえ強い奴がここにいたよ。一騎当千の強い奴が。雪なら一人で神都の奴らにも負けはしねえ。そこの旦那さんも、少しは役に立ってくれるだろう」
尊姫も雪を見つめる。二人に見つめられて雪が慌てる。
尊姫が雪に頭を下げる。
「雪様。どうか豊穣祭の警備をお願いします。初対面の方にこんな大変なことをお願いするご無礼は承知の上です。わたしには他に頼れるものが無いのです」
雪が多比人を振り返る。
「雪、いいんじゃないかな。お祭りの警備、手伝ってあげようよ。これも何かの縁だよ」
多比人が笑顔でそう言った。
「多比人様がそう言われるなら構いませんが……」
尊姫の顔がぱあっと明るくなる。
「ありがとうございます、ありがとうございます、雪様、多比人様! 明日からは我が庄館にお越しください。祭りは今週末です。それまでは精いっぱいおもてなし差し上げますので、ごゆるりとご滞在ください」
尊姫が雪と多比人に握手している最中、向こうで山賊の男が声を上げた。
「あの野郎! 逃げやがった!」
☆ ☆ ☆
茶髪の全裸の男が、峠道を笑いながら駆け降っていた。
「フヒャフヒャフヒャ! ボキは脂性で汗っかきだから、ボキが本気になればあんな縄、ヌルヌルにしてすぐに逃げ出せるのだ! それにしても繭ノ庄の庄長と山賊が姉妹だったとは! 神都兵に乗っかり、豊穣祭をぶち壊せば雪様と勝姫様、どちらの女神様もボキのことを罵って、ギリギリに縛って鞭で叩いてくださるかも! そうしたらその後は雪様をボキの第一夫人、勝姫様を第二夫人にするのだ!」
自分のことを、神も驚くほどの頭脳明晰さだと自己評価し、この男は笑いが止まらなかった。
「フヒャフヒャフヒャフヒャフヒャフヒャフヒャフヒャフヒャ!」




