49.女山賊
(わたし、どうしよう)
雪は暇つぶしに通りを歩きながら、ふと足を止めた商店の品を見ながら思う。
(多比人様のこと、どんどん好きになってしまっている)
雪は多比人のことを考えていた。
(この前の多比人様、かっこよかったなあ。燃え盛る館に飛び込んでいった……あんなかっこいい男いないよぉ。やっぱり聖剣かっこよすぎる。スラァっと出てくるところ、最高だった。雅姫様達の件だって、多比人様がいたからみんな幸せになった。多比人様はヒーローだ)
雪は自分の頬に両手を当てる。
(そんな素敵な多比人様の妻がわたしなんて……幸せ過ぎる)
そう思いながらも、雪は少し不安になった。
(でも、多比人様ってかっこいいから女の人からも人気あるんだろうな。咲姫様だってお綺麗だったし、花姫様だってかわいかった。そう言えば、この前、楓とお風呂に入っていたのは偶然だって言っていたけど、楓や花姫様みたいなぺったんこの娘が多比人様の好みだったらどうしよう)
雪は着物の上からそっと自分の胸に手を当てる。
(わたしのような発達しすぎた胸はお嫌いだったらどうしよう。でも、ときどきすごくいやらしい目でわたしの胸を見ているから、大丈夫かな?)
商店に陳列されている、髪飾りを手に取りながら雪は思う。
(わたしは、いつも多比人様に頼ってばかりいる。少しは多比人様から、『雪のおかげで助かったよ』と言われたい)
雪の口からため息が出る。
(でも、わたしに出来ることなんてそんなにない。旅に出てからは家事すらしなくなった。たぶん、これから多比人様の周りには、もっと綺麗な女性が現れるのだろう。他の女に多比人様を盗られたくない)
雪は手に取った髪飾りを見つめる。
(わたしはあまり着飾ったりしないし、目も少しつり上がっていてきつい顔だってよく言われる。こういうかわいい髪飾りをつければ、少しはかわいく見えるかな)
こんなかわいらしい髪飾りが自分に似合うのだろうかと思案していると、突然横から話しかけられた。
「やあ、綺麗なお嬢さん。髪飾りをお探しですか。よかったらこの店の髪飾り、ボキがすべてプレゼントしてあげましょうか」
鼻につくしゃべり方にイラっとして雪が横を向くと、茶髪の派手な服装の男が一輪の薔薇を差し出していた。
「美しい女性には薔薇を……ボキの御挨拶代わりです」
そう言ってその男は、雪の手を取ると薔薇を握らせた。
そう言えば、花を男性からもらったことなどなかったなと、雪は思った。
「ああ、あなたのような美しい女性の前では薔薇とて霞んでしまう! すでにボキはあなたの虜! ボキと結婚してください!」
自分のことをボキという男が、跪いて胸に手を当てている。プロポーズだろうか。
「わたし、人妻ですけど」
雪が左手の薬指につけた指輪を見せる。
「お~う、恋は障害が多いほど燃え上がるもの! ボキは隣の紅ノ庄の庄長の息子、樽彦。きっとあなたの夫より、経済力も地位もあり、そしてイケメンです。どうですか? このボキに乗り換えてみては?」
気がついたら雪はその男を殴っていた。
二十回転くらいして男は通りの端まで転がって行った。
「あ、雪! 待った? ごめんね待たして。用事終わったよ」
多比人が小走りに雪のところへやってきた。
「いいえ、全然。さあ、多比人様行きましょう」
そう言って雪は、多比人の腕を取ると歩き出した。
通りの隅では、雪に殴られた男が鼻血を出しながら二人を見ていた。
「雪さんっていうのか、あの女神は! しかもあれが夫か! 全く冴えないじゃないか。ボキの方が雪さんに相応しい。ああ、虫けらを見るような目でいきなり殴るなんて……最高だ! 最高の女性だ! ボキは運命の人に巡り合った!」
男はそう言うと、殴られた自分の頬をさすりながら恍惚とした表情を浮かべていた。
☆ ☆ ☆
多比人と雪は、この先の繭ノ庄へ行くために、山の中の峠道を歩いていた。
「本当は、紅ノ庄を通った方が早いけど、あそこの庄長は第一神官の家臣らしいからね」
「まあ、雅姫様のような方はなかなかいらっしゃらないでしょうし、用心にこしたことはありません。一応、紅ノ庄は楓に探ってもらっていますし」
夏の暑さのピークが過ぎ、秋の乾いた空気が感じられるようになった峠道を、木漏れ日を浴びながら二人は歩く。
さやさやと流れる風が気持ち良い。
落ち葉を踏みしめながら二人で歩く。
適当な理由をつけて楓を別行動にしておいて良かったと思いながら、雪は多比人との二人きりのハイキングを満喫していた。
ふと、何かを感じて雪は左手で多比人を制し、前に出る。
「ふふふ、感がいいようだな!」
そう言って峠道の両脇から、刀を手にした男達が現れた。その中心に、燃えるような赤い着物を着た女が立っている。着物からは溢れんばかりの胸が四分の三ほど見えていた。
雪はさっと状況判断をする。賊の数は三十人程。このまま多勢を相手にするのは分が悪い。
「貴様何者だ! 名を名乗れ!」
雪が仕込み刀をいつでも抜けるように身構えて叫んだ。
赤い着物の女がふてぶてしく答える。
「我らに気づいた褒美に教えてやろう。我が名は勝姫。ここを通る金持ちから通行税を徴取している。おとなしく払えば命まではとらん。安心しろ」
「ふざけるな山賊風情が! どうせ数を頼みの臆病どもだろう! 弱虫女!」
雪が啖呵を切る。
「何だと……誰が弱虫だ! おもしろい、一騎討ちだ! わたしに勝ったらここを通してやろう!」
勝姫はそう言うと、手下どもを下がらせて前に出た。
雪が刀を抜いて構える。
(ゆ、雪……大丈夫なの?)
多比人が小声で雪に聞く。
(一対一なら負けません。雪にお任せください)
雪は自分が多比人の役に立てるのは、今この時だと思った。
「ほう、おもしろい。お前相当出来るな。その天狗の鼻、へし折ってやろう」
勝姫はそう言って、刀を抜く。
「先手必勝!!!!」
勝姫はそう叫んで飛び込んできた。
勝姫の凄まじい一撃をかわすと、雪が下から目にもとまらぬ速さで斬り上げる。
勝姫の長い黒髪が切れて宙に舞った。
☆ ☆ ☆
戦う二人の女性を囲んで、遠巻きに男どもが座っている。
「あれ、おまえのカカアか? すげえなあ」
「はい。僕の妻です。結構強いんですよ」
「うちのお頭と互角に戦う奴なんて、初めて見たよ。お前も結構大変なんじゃないか?」
「いやあ、この前殴られた時は、壁を突き破って隣の部屋まで飛ばされました。まあ、僕が悪いんですけど」
「……兄ちゃん……頑張れよ」
戦い始めて一時間以上たっているのに、二人の戦いは終わる気配がなかった。
待っている男達は、座って見学しながら雑談を始めていた。
「でもよお、おまえのカカア、美人だよなあ」
「そう思います? そうですよね、かわいいですよね」
「ああ、うちのお頭も美人だろ」
「はい。ああいう気の強そうな女性っていいですよね」
「だろ! そうだろ! 兄ちゃんよく分かってるね! お頭最高だよなあ!」
「しかも着物からはみ出そうな胸が動くたびに揺れて、最高です」
「そうなんだよ! 一緒に戦っていても、お頭の胸が気になっちゃって目が行っちゃって、いままでそれで敵にやられそうになったことが何度あったか」
「男って悲しい生き物ですよね」
「こればっかりはしかたねえ」
山賊の男達と多比人が友情を深めていると、女二人の剣戟の音が止んだ。
「おまえみたいな強い女は初めてだ! 気に入った! わたし達の砦に招待しよう!」
勝姫がそう言うと、雪が答えた。
「姉ほどじゃないけど、あなたもなかなかね。山賊の砦、おもしろそうだ!」
そう言うと、勝姫と雪は二人で峠道から離れ、山の中へと入って行った。
男達はその後をぞろぞろとついていった。




