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ばあちゃんの遺品が聖剣だった!  作者: 渓夏 酔月


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48.朝焼けの荒野

 多比人達は、城郷ノ庄の郊外に広がる野犬の出る荒野を探し回り続けた。しかし、真っ暗闇の暴風雨の荒野での、雅姫達を気遣いながらの捜索は困難を極めた。


 やがて東の空が明るくなり、太陽が顔を出した頃、先程までの暴風雨が嘘のように静まり、美しい朝焼けが空をつつんだ。


 その朝焼けに染まった荒野で多比人達が見たものは、周りに散らばった五十匹以上の野犬の死骸と、血に染まった木の棒を持って立ち尽くす咲姫だった。


 咲姫の後ろでは貴頼が倒れていた。


 楓が貴頼に駆け寄る。


「主、貴頼様は生きています。ご無事です。気を失っておられるだけです」


 その楓の声に、咲姫が笑顔になる。


「……よかった」


 そう言って倒れ込む咲姫を、多比人が抱きかかえる。


 貴頼に雅姫が駆け寄る。


「貴頼~! 貴頼~! 生きていてくれてありがとう! ありがとう!」


「……母上……ご心配おかけして申し訳ありません……僕は……咲姫さんと……」


 目を覚ました貴頼が、雅姫にそう言って謝る。


「いいんだよ。母さんが馬鹿だったよ。ごめんよ」


 そう言うと、雅姫は咲姫の方に向き直った。


「……雅姫様……」


「咲姫……この野犬はお前が()ったのかい?」


「……はい……貴頼さんを助けるので必死で……」


 雅姫が咲姫の手を広げる。両手は血豆が破れて血だらけだった。一晩中棒を握って野犬から貴頼を守り続けたのだろう。


 雅姫は静かに咲姫の前に両手をついて、頭を下げて言った。


「私の大切な貴頼を守ってくれてありがとう。末長く、貴頼をよろしくお願いします」


 咲姫が多比人の腕から起き上がり、頭を下げている雅姫の前に膝をつく。


「雅姫様……わたしと貴頼さんのこと、認めてくださるのですか?」


 雅姫が顔を上げて咲姫を見る。


「あたりまえじゃないか。こんなこと、私だって出来ないよ。咲姫……お前には庄長を任せられるよ」


「雅姫様!」


「母上!」


 朝焼けが、貴頼親子と咲姫が抱き合う姿を包んでいた。


 雪と楓が笑顔で多比人を見る。多比人も笑う。


 その後ろで突然声がして、多比人が振り返る。


「若旦那、誰でもいい。俺を殺してくれ。大切な娘を、咲をこんな目に遭わせて、俺は父親失格だ。女房にも合わす顔がねえ。頼む! 俺を殺してくれ!」


 そう言って、留吉が座り込む。


「お父さん……」


 咲姫がつぶやく。


「わかった。殺してやろう」


 多比人のその声に、皆が多比人の方を向く。


「留吉さん。望み通り僕があなたを殺してあげよう」


 留吉は、その声を聞いて、素直にうなだれて首を差し出した。


 多比人が右手を真横に伸ばすと、朝焼けの荒野に白く光り輝く聖剣『神祓(かみはらい)』が現れた。


「聖剣だ!」


「防人様が現れた!」


「若旦那様は防人様だった!」


 女官や衛兵達が口々に叫ぶ。雅姫や留吉、咲姫に貴頼も驚いて目を見張っている。


「ひかえ~い、ひかえい! 者どもひかえい! この聖剣『神祓』が目に入らぬか! 一同ひかえ~い!」


 楓がそう大音声(だいおんじょう)を張り上げながら、多比人の脇へと移動する。


 雪も多比人の脇に立つ。


「こちらにおわすお方をどなたと心得る。恐れ多くも先の防人、春姫様の嫡孫にして東ノ庄の防人様、数馬多比人様の御前である。一同、頭が高い。ひかえ~い」


 楓の言葉に、雅姫も留吉も驚いて平伏する。咲姫も貴頼も女官や衛兵達も平伏した。


 皆が平伏する中、多比人が言った。


「留吉さん。僕はあなたをこの聖剣『神祓』で斬る。いいですね」


 留吉が答える。


「……若旦那様が防人様だとは知らず御無礼致しました。防人様の聖剣に斬られるというなら本望です。よろしくお願いします」


「お父さん!」


 咲姫が叫ぶ声にもかかわらず、多比人が掛け声とともに『神祓』を留吉の首めがけて振り下ろす。


「えい!!」


 目をつぶっていた留吉が、恐る恐る目を開けると、自分の肩の上で聖剣が止まっていた。


「留吉さん、これで今までのあなたは死にました」


「さ、防人様……」


「これからは生まれ変わったつもりで咲姫さんと貴頼さん、二人を大切にするのです。雅姫様と力を合わせてね」


「……う、う、う」


 留吉が泣いていた。留吉に駆け寄った咲姫も泣いていた。


「防人様。防人様の聖剣に斬られて今までの俺は、たった今死にました。明日からは……いや、今からは心を入れ替え、この防人様に頂いた命で、咲に胸を張ってもらえるような父親になってみせます!」


「防人様! 父を……父をありがとうございます!」


 咲姫と留吉が抱き合って涙を流す。


「留吉さん、これからはうちの不出来な息子のこと、よろしくお願いしますよ」


「雅姫様……かたじけねえ。ありがとう、ありがとう」


 雅姫と留吉が手を取り合う。


 女官や衛兵達も泣いていた。


 朝日が多比人達を照らす。


 雅姫が多比人に言う。


「若旦那様が防人様とは知らず、数々の御無礼お許しください」


「いいえ。雅姫様には大変よくしていただきました。母が子を想う深さ、思い知りました」


「息子のことを一度ならずも二度も助けていただき、我ら親子と将来の嫁をも救っていただきました。この大恩、決して忘れません。わたしは第一神官菊姫様の直参の家臣、神都側の人間ですが、息子の恩人は別です。これからは、何かあれば防人様にこの命、お捧げ致します」


 朝日に照らされながら、多比人は言った。


「そのようなことは気にしないでください。この庄は良い庄です。これからも神都と仲良くし、この庄を守ってください。みんなと一緒にね」


「……防人様」


 多比人は雪と楓を振り返ると言った。


「さあ、行きましょうか。あ、この前買ったお団子、楓の分だけどこかいっちゃった」


「え~! そりゃないですよ~って、わたしはハチベエですか! ハチベエ枠だったんですか! ちょっと待ってくださいよ~!!!」


 皆の笑い声のなか、多比人一行は朝日の荒野を行く。


 こうして多比人達は、再び次の旅路へと歩み出すのでございました。


 めでたし、めでたし。


 これにて一件落着!




☆ ☆ ☆




 ここは神館内に作られた『訴訟前裁き処』。


 その奥の所長室に、二人の女性が入って行く。


「時姫様、シノビからの連絡が届きました。ご報告申し上げます」


 大きな机に向かって、書類に目を向けていた時姫が顔を上げる。


「滝姫、ありがとう。今日は道姫も一緒ですか。どうしました」


 滝姫の後ろに立っていた、道姫と呼ばれた女性が前に出る。


「防人様が……多比人様が我が娘……咲姫を救ってくださいました」


 そう言って、道姫はその場に泣き崩れた。


 時姫が椅子から立ち、道姫に寄り添う。


「咲姫というのは、あなたが無実の罪でここに囚われて以来、庄に父親と二人で暮らしているという娘のことですか」


 時姫の言葉にうなずくものの、涙で言葉が出ない道姫に代わり、滝姫が答える。


「はい。シノビの報告によれば、野犬の群れを多比人様が聖剣で皆殺しにし、咲姫様をお救いなさったそうです。そして親に隠れて恋仲になっていた咲姫と、現庄長の息子、貴頼との結婚を双方の親に認めさせ、結婚させたというのです」


「あそこの庄長は第一神官直参のはず。それが咲姫との結婚を認めたというのですか」


「はい。そのようです」


(城郷ノ庄の庄長、雅姫は第一神官直参家臣団の中でも特に優秀と聞く。それが多比人様の御命令に従うとは……多比人様の人徳は、相当なものかもしれませんね)


 時姫は自分の妹の夫に備わった徳に、畏敬の念を感じた。


「そして今では咲姫と貴頼は、評判の仲の良い夫婦として幸せに暮らしているそうです。しかも肺を患っていた父親の病気が何故かすっかり良くなり、二人の新居を建てているそうです」


 道姫が顔を上げて時姫に言う。


「時姫様。防人様は私の大切な娘の命を救っていただいたばかりか、私が出来なかった、娘を幸せにするということまでしていただきました。この御恩、この道姫、命を懸けて報いる所存でございます!」


 そう言って涙を流す道姫の背中を時姫がさする。


「……それが……さらに報告には続きがございます」


 滝姫が言いにくそうに報告する。


「多比人様はその後、お銀? の入浴シーンが無かったと言って聖剣を振り回して暴れまわったそうです」


「……」


「その結果、怒り狂った雪姫様が顔面に噛付いたそうです」


「……そうですか……雪が……噛付きましたか……」


 時姫は思案した。


(これほどの情報を得ながら、この私が人物を推し量れないというのは初めてです。多比人様とはいったい……変態と強い性欲さえ除けば、良いお方なのかもしれませんね)


「時姫様、もう一つ報告がございます」


「何ですか」


「南ノ庄で発生した疫病の件ですが、拡大して死者も多数出ているようです」


「どのような疫病なのですか」


「まだ詳細には分かっていませんが、全身にまだらに発疹が出来るので、『斑病まだらびょう』と呼ばれているようです。引き続き詳細についてはシノビに探らせています」


「よろしく頼みます。神都への流入は避けねばなりません」


「心得ております」


 そう言うと、滝姫と道姫は退室していった。


 時姫は窓の外を眺めながら、南ノ庄から発生した疫病と、南ノ庄方面に向かう妹達のことを案じていた。


(私の神館掌握の歩みも、急がねばなりませんね)




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