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ばあちゃんの遺品が聖剣だった!  作者: 渓夏 酔月


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45.城郷ノ庄

 城郷(しろさと)ノ庄はもの凄く豊かな庄だった。


 田畑にはこれでもかと作物が生育し、家々は立派でそこかしこで新たな館が建築されていた。庄を歩く人達の身なりは整っており、商店や屋台には物があふれていた。


「第一神官直参の家臣ってすごいんだね」


 多比人は花姫がいた、貧しい万智(まち)ノ庄との違いに呆れてしまう。


「はい。ここには祈祷札がタダ同然の値段で配布されていますから」


 貴頼(たかより)が多比人に答える。


「タダ同然って、いくら?」


「一枚十神銭です」


 十神銭……下界で言えば、十円である。


「ほんとにタダ同然だね」


 多比人はここでは十神銭で手に入る祈祷札を、万智ノ庄の民が奪い合っていたのかと思うと悲しくなった。


 庄館は綺麗なナマコ壁で囲まれており、瓦も所々に細かい彫り物などが施されていた。第一神官直参の威光を感じさせる。


 多比人達が貴頼と庄館に入ると、母親である雅姫(まさひめ)がすっ飛んできた。


「貴頼! 大丈夫だったの!? 怪我はない!? 野犬は大丈夫だったの!?」


 我が子に抱き着きながら、雅姫が貴頼の心配をする。


「母上、危ないところをこちらの旅の方々に助けていただいたのです」


「それはそれは! 本当にうちの貴頼がお世話になりました。さあ、どうぞどうぞおあがりください。何もないところですがお好きなだけごゆっくりしていってください」


 雅姫は玄関まで下りると、自ら多比人達の靴をとって靴箱に入れ、履物を用意してくれた。


「これは雅姫様、恐縮です。私は北ノ庄のちりめん問屋の多比之介と申します。こちらは家内のお銀です」


 雪が頭を下げる。第一神官直参の庄ということで、偽名を使うことにしたのだ。


「まあ、北ノ庄の商人の方でしたか。北ノ庄は都会ですからこちらではなにかとご不便をかけると思いますが、田舎にもなかなかいいものもあるんですよ。とくにお蕎麦は絶品。あと豚肉なんかも最高! ぜひ召しあがって行ってくださいねえ」

 

 雅姫はもの凄く愛想が良かった。


 多比人達が案内された客間は、中庭に面しており、新しい畳からは良い匂いがした。


「何かお入り用なものがございましたらすぐにその鈴を鳴らしてください。あと、お風呂が沸いておりますので、そちらの角を曲がったところに浴室がございます。お着替えは脱衣所に浴衣を用意してありますのでお使いください」


 庄館の女官達も非常に親切だった。


 多比人達は風呂上りに、それとなく庄館の中を散策してみたが、女官など、庄館で働く人々はきびきびと動き、笑顔で働いていた。中でも雅姫は、誰でも身分の分け隔てなく接し、自ら率先して働いていた。


 夕食は豪華なものだった。華美なものではないが、どれも意匠を凝らした器に、この地方の特産という豚料理など、どれも見た目も美しく、美味しい料理だった。


 城郷ノ庄の地酒を、雪のお酌で多比人が堪能していると、部屋に雅姫が入ってきた。


「若旦那様、いかがですか? 田舎料理ですけどお口に合いますでしょうか?」


「いや雅姫様。どの料理も美しく、大変美味しいです。しかもこの地酒にどれもよく合います」


「それは良かったです。北ノ庄からいらしたお方のお口に合うか、心配しておりました」


 そう言うと、雅姫は居住まいを正し、多比人の前に手をついて頭を下げた。


「若旦那様。貴頼から聞きました。何十匹もの野犬に囲まれ、もう少しで嚙み殺されるところを助けていただいたと。息子は私の命です。この御恩、どのようにお返しすればよいでしょうか」


「雅姫様、顔をお上げください。僕は旅の途中でたまたま通りがかっただけです。そんな恩だなんて、こんなに美味しいお料理やお酒を頂けるだけで十分です」


「ありがとうございます若旦那様。何もお構いできませんが、せめて気のすむまでこの庄館におとどまり下さい」


 そう言うと雅姫は顔を上げ、にっこりと笑った。


 多比人は地酒を一杯口に含むと、遠慮がちに言った。


「それで雅姫様。野犬に襲われた時、貴頼さんは咲姫(さきひめ)さんという方と一緒にいましたが、御存じですか」


 しばらくの沈黙の後、雅姫は言いにくそうに口を開いた。


「旅のお方に大変お恥ずかしい話でございます。貴頼はあの娘、咲姫のことを好いており、結婚を望んでいるのでございます。ただ、私が反対しているのであのような野犬が出る危険なところで逢っていたのでしょう」


「僕の見たところ、大変美しくてやさしそうな娘さんでしたが」


「はい。咲姫は私から見ても美しく、性根の優しい良く出来た娘でございます。ですがそれだけではダメなのです」


「……それだけではダメと言いますと……」


「貴頼と結婚するということは、いずれこの庄の庄長になるということ。あの心優しい咲姫では到底務まりますまい。恥ずかしながら私はこれでも神都の第一神官菊姫様の直参の家臣。まだ菊姫様が貧しい時からお仕えしていました。神都の宮仕えはそれは厳しいものです。私は古参の家臣なのでまだよかったものの、菊姫様の機嫌ひとつで同僚が翌日には死罪になっていたり、牢獄送りにされる世界です。特に大神官様はとても厳しいお方です。本人どころか一族郎党処刑された者もおります。」


 雅姫の身からは、その苦労がにじみ出ているようだった。


「今でも、神都には贈り物を欠かさず、気を遣っております。命令ひとつで神都にはすぐに馳せ参じます。そのおかげでこの庄では祈祷札が安価で手に入り、民達は豊かに暮らせるのです。それが庄長の務めなのです。あの心優しい咲姫では、この厳しい務めはつとまりますまい」


 視線を畳の上に落とし、雅姫が続けた。


「だからと言って、それで咲姫はダメだと言えば、咲姫を全否定することになってしまいます。それよりも、罪人の元庄長の家の娘だからと、家のせいにした方が咲姫も、貴頼もまだ救われましょう」


 雅姫が、顔を上げて多比人の目を見る。


「若旦那様は万智ノ庄の花姫様をご存じでしょうか。おかわいそうに、母親が神都に囚われ、幼くして庄長を継ぐことになった娘です。とても聡明でいい娘でしたよ。あたしゃ健気に頑張る花姫様がいじらしくってねえ。近隣の庄長達と話し合って、何とか援助しようと考えておりましたが、神都の目を盗んでの支援など、なかなか出来ません」


 雅姫は自分の力の及ばなさを、歯がゆく思っていたようだ。


「何せ花姫様の母親は『婿見せ』で敗れた者。こちらでは十神銭ほどで手に入る祈祷札を買うのに、万智ノ庄が神都から買おうと思ったら、一枚百万神銭もとられます。あんな貧しい庄に、それは酷な話です」


 目元に涙を浮かべながら雅姫は言った。


「祈祷札の使用場所などはすぐに神都にバレてしまいます。私は何とか三枚だけ、神都の目を誤魔化して花姫様に差し上げたのですが、なんともならなかったようです。花姫様は先日、こともあろうかあれほど大切に思われていた民から暴動を起こされ、いまだに行方知れず。悲しいったらありませんよ。わたしゃ悔しくってねえ」


 雅姫が多比人の目をまっすぐ見る。


「庄長とは、何かあれば命が奪われる厳しいものです。あの心根の優しい咲姫にその責を負わせるなど、誰も幸せにはなりません」


 ふっと笑いながら雅姫は雪を見て言った。


「見たところ若旦那様の奥様はしっかりされておられます。きっと人には言えないご苦労もされていることでしょう。貴頼の妻となる女性は、あなた様のような方を見つけてこなくてはなりません」


 雪がそんなことはありませんと首を振る。


「申し訳ありません。旅のお方にこのような犬も食わない愚痴なんかをしゃべってしまいまして。なかなか身内には言えないものです。ご容赦してくださいね」


 そう言って、雅姫は一礼すると、部屋から出て行った。


 雪が多比人の顔を見て言う。


「何か、事前に想像していたのと違いますね」


「そうだね。雅姫様は、咲姫さんや、貴頼さんのことを考えて結婚に反対しているんだね」


 多比人は現在の庄長が、元の庄長家の娘を嫌っているという単純な話ではないことが分かって、思い悩んだ。



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