43.聖剣を握る理由
万智ノ庄の隣の、風鳴ノ庄の宿屋の前で、多比人達が旅装姿の花姫と坂巻を見送ろうとしていた。
「多比人様のおかげで、無事に女官達は実家や親類の家に帰すことが出来ました。何から何まで本当にお世話になりました」
花姫が多比人に深く頭を下げる。
絆創膏だらけの顔で、多比人が頭をかきながら言う。
「そんな大したことしてないよ。それより、一応北ノ庄の北山さんに、良くしてもらえるように手紙書いておいたけど、効果なかったらごめんね。そもそも僕らが北山さんにはお世話になりっぱなしだからね」
「いいえ。防人様から防人様へお手紙を書いていただけるなんて、神界広しと雖もそんなことをしていただける者など他におりません。ありがとうございます」
多比人の書いた手紙を手に持って、花姫がお礼を言う。
「また学校に通えるようになるといいですね」
「ありがとうございます。雪姫様」
「元気で頑張ってね」
「はい」
雪と花姫が抱き合う。
「いや~、多比人殿。多比人殿には家臣がどうあるべきか教えていただきました。とんでもない過ちを犯すところでした。本当に、感謝してもしきれない」
これまた全身絆創膏と包帯だらけの坂巻が多比人に頭を下げる。
「家臣がどうあるべきかって、どんなことです?」
楓が多比人の顔を覗き込んで聞く。
「楓殿のようにしなさいって言われました。わははははは」
豪快に笑う坂巻に、楓がびっくりする。
「主、何ですか? 楓のようにって何ですか?」
多比人が懐から小判を一枚出した。
「これは餞別。少ないけどとっておいて」
「こんな大金頂けません! ただでさえお世話になりっぱなしなのに」
花姫が両手で多比人の手を押さえる。
「じゃあ、分かったよ」
そう言って、多比人はさらに二枚の小判を取り出し、三枚の小判を花姫の手に握らせて言った。
「これは投資だよ。僕から花姫様への。これからたくさん勉強して、たくさん経験を積んで、偉くなったら何倍にもして僕に返して」
「……わかりました。多比人様、何倍にもしてお返し出来るよう、頑張ります」
花姫は、そう言って多比人から小判を受け取った。
「わたし、燃え盛る館の中で、多比人様に言っていただいたこと、一生忘れません。これから生きていく上での道しるべにしたいと思います。多比人様、本当にカッコよかったです」
花姫は頬を赤らめながらそう言うと、深々とお辞儀した。
そして坂巻と二人、手を振って北ノ庄へと旅立っていった。
多比人達は二人が見えなくなるまで見送っていた。
「ところで、多比人様は花姫様に何とおっしゃったのですか?」
「え?」
「さっき花姫様がおっしゃっていたでしょう。燃え盛る館の中で言われたって。カッコよかったって。何を言ったのですか」
雪が静かに多比人に聞く。ちょっと目が怖い。
「いや~、僕も必死だったからなあ。よく覚えていないんだよ」
「花姫様は顔を赤らめていましたよ。何を言ったんですか。わたしに言えないことですか」
「そんなことないよ。本当に自分でも何言ったか忘れちゃったかも……あ、そう言えば!」
多比人は自分の手を見つめながら言った。
「死んでいい人間なんていないって言ったんだ……」
多比人は自分の手を握ってみた。
「そうだ。あの燃え盛る炎の中で、僕はそう言ったんだ。確か君にも言ったはずだ」
「はい。聞きました。多比人様が花姫様を助けに行こうとしたときに」
「そうだ、そんなこと今まで考えたことなかったのに、あの時自然と口から出てきたんだ」
考え込んでいる多比人を、雪が支えるように見つめる。
「死んでいい人間なんていない。そうか、そういうことか」
多比人が雪の目を見る。
「『神祓』が出てこない理由が今わかったよ。雪、君やみんなのおかげだ。僕は無意識に『神祓』で人を傷つけるのを恐れていたんだ。誰も殺したくなかったんだ」
目の前の霧が晴れたような顔で、多比人が言う。
「北山さんに、愛姫様が斬られても死なない。子供になって帰ってくるだけだって聞いた時、本当にほっとしたんだ。ずっと自分がほっとしたのって、どうしてだろうと思っていた。雪からお姉さんを奪ったり、いっぱい酷いことをしている神様なのに。僕はそれでも殺したくなかったんだよ」
「愛姫様だって、本当に悪いところばかりなんだろうか。一方的にすべて悪い人なんているんだろうか。無条件に殺していい人なんているんだろうかって思う。それが、『死んでいい人間なんていない』ってことだったんだよ」
「多比人様……」
雪の目に涙が浮かぶ。
「僕は誓う。『神祓』で誰も殺さない。誰も殺さずに雪のお姉さんや花姫様の御両親、みんなを救ってみせる」
多比人が右手を真横に伸ばす。
「それでも僕を助けてくれるというのなら出てきてくれ! 『神祓』!」
その時、多比人の右手には、燦然と白く輝く聖剣『神祓』が握られていた。
☆ ☆ ☆
ここは神館内に作られた『訴訟前裁き処』。
その奥の所長室に、一人の女性が泣きながら入って行く。
「時姫様、シノビからの連絡が届きました。ご報告申し上げます」
大きな机に向かって書類に目を向けていた時姫が顔を上げる。
「滝姫、どうしました。何かありましたか」
滝姫の目からは涙があふれ出していた。
「私の娘を、娘の命を多比人様が救ってくださいました」
時姫がやさしく滝姫を見つめている。
「私が『婿見せ』でここに囚われ、娘はわずか九歳で庄長となりました。以来ずっと気にかけておりましたが、昨今の祈祷札の高騰で、民から暴動を起こされたところを多比人様に救っていただいたのです。今は北ノ庄の北山様に無事に保護されていると聞きました」
時姫が椅子から立ち、滝姫のもとへ行くと優しく抱きしめた。
「良かったですね、滝姫。ずっと心配していましたものね」
「はい……多比人様から頂いたこのご恩、この滝姫、命を懸けて報いる所存です」
めったに涙など見せない気丈な滝姫が、声を出して泣いている。
その滝姫を抱きしめながら、時姫は思った。
(恐らく多比人様は意識もせずに、この優秀な滝姫を生涯の味方としました。こういうことはなかなか出来るものではありません。やはり賭けてみるだけの価値がある男のようです。変態であることと、性欲は別にして……)




